ねこ猫ヒカル
【4話 一つのお布団!】

夜も更けてきて、道を過ぎる人は少なくなってきていた。誰も気づかなかったが、その中をいくつかの小さな影が、素早く移動していた。
「いたか?」
「いや、こっちは駄目だ。」
「どこへ行かれたのか・・。」
「雨が降って、匂いも消えている・・。」
「朝が来たらやっかいだ。早く見つけるんだ。見つけて帰らなければ帝に大目玉だぞ。」
 こそこそと話ながら、小さな影達は方々へ散っていった。
「全く、どこへ行かれたのだ。『ヒカルの君』は・・。」


 部屋には布団が二つ引いてあった。部屋の広さは余っているのに、ご丁寧に真ん中に寄せて二つピッタリと並んで敷いてある。
「ふにゃ・・もう寝るの・・おやすみなさい・・。」
 ヒカルは部屋に着くやいなや、もぞもぞとおとなしく、布団に入っていった。塔矢は、ヒカルに布団を着せてやって、自分はさっき邪魔された宿題の続きをはじめた。本当なら、寝る前に父と一局碁を打ちたいところだが、さすがに、今日はなんだか疲れてしまった。
 宿題は程なく終わり、まだ眠る気になれなかったアキラは、碁盤に棋譜を並べて検討を始めた。別に今日はこのまま寝ても構わなかったが、いつも通りのことをして、自分のペースに戻したかった。今日は拾ってきた猫、ヒカルに振り回されっぱなしで、自分でも自分がわからなくなるほどの感情に翻弄され続けたのだ。明日は、もっと自分のペースで過ごしたい。その決意を新たにするためにも、碁を打って気持ちを落ち着けたかった。
 部屋には碁石を置く音と、ヒカルの寝息だけで満たされていた。時々、ヒカルが、何か寝言を言っていた。その様子を横目に見て、塔矢は寝ている時は天使みたいだと思った。
「んー、んー。」
 急にヒカルがうなされはじめた。
「んー、あー、にゃ・・。」
 布団を両手で力一杯握り、足をばたばたさせている。
「どうしたんだ?」
 アキラは、ヒカルの方に近づいた。ヒカルは眉間にしわを寄せて、閉じた瞼の間からうっすらと涙を流していた。
「いや・・怖い・・。寒い・・。寂しいのはいや・・。」
 ヒカルは、とぎれとぎれに言葉を紡いだ。
『雨の中さまよっていた時の夢を見ているのか?』
 塔矢は、ヒカルがかわいそうになって、その黄色の前髪を撫でてやった。耳の付け根も撫でてやると、ヒカルは少し安らかな寝顔になった。
「ん・・塔矢ぁ・・。」
 ヒカルはアキラの名を呼ぶと、満足そうに口元をゆるませ、深く眠ったようだった。
「ん?」
 ヒカルが安らかな寝息を立てるのを確認して、離れようとすると、くっと、アキラは引き戻された。ヒカルがいつの間にかアキラのパジャマの裾をつかんでいたのだ。
「まいったな・・。」
 アキラは、なんとか取り返そうと、ヒカルの手を開こうとしたり、パジャマを引っ張ったりしたが、意外としっかり握っていて、取り返すことができない。
 しょうがなく、アキラはとりあえず裾をヒカルが離してくれるまで待とうと思い、ヒカルの横に並んで横になった。すると、
「塔矢ぁ・・むにゃ・・大好き・・。」
と、ヒカルは、パジャマをつかんでいない方の手でさらにアキラの手を捕まえて、ぎゅっと握った。
「にゃー。」
 ヒカルは、寝ながら満足そうに笑った。アキラは、そんなヒカルを見て思わずくすっと笑った。なんとかわいいことだろうか。
『弟とか・・妹がいたら・・こんな感じだろうか・・。』
 アキラは、ヒカルの顔がよく見えるように、布団に頭をのせた。繋いだ手が温かい。トクントクンと感じる鼓動は、自分の物なのか、ヒカルの物なのか。それとも両方の鼓動を感じているのだろうか。何かとても心地よい感じがした。
『兄弟と言うよりは・・なんだか、母親の気分だけど・・。』
 アキラは、布団からヒカルの肩が出ているのに気づいて、そーっとかけ直してやった。
『さっき風呂で・・引き寄せられたのも、母親が赤ちゃんにキスするような気持ちかな。』
 アキラは、そう思いついて、風呂でのことを思い出してみた。かぁっと頬が熱くなるのを感じる。
『・・・ちょっと違うかも・・しれない・・。母親の気分ならこんなぽーーっとしないだろうな・・。なんだろう。この感じ。なんていうか、大事にしたくて・・愛おしくて・・宝物にそっと触れたいような・・。自分の中にこんなむずがゆい気持ちがあるなんて・・。』
 アキラは、うっとりとヒカルの寝顔を見つめながら、夢のような心地でこの気持ちを分析していた。
『ワクワクするのとも違うし・・ドキドキはしているけど、なんていうか、緊張感とかじゃないんだ。全然違う。進藤を見ていると・・どうしてこんな気持ちになるんだろう。猫だから?かわいいから?ほっておけないから?ボクが拾ったから?いや・・どれも違う。違うということだけはわかる。なんだろう・・。そのうちわかるかな。毎日進藤と接していたらきっと・・。』
 アキラは、少しうとうとしてきて、知らぬうちに眠りについてしまった。


「?」
「あら、アキラの部屋、まだ電気がついてる・・。」
 そろそろ寝ようと、寝室へ向かう父と母が、階段にアキラの部屋の灯りが少し漏れているのに気がついた。
「めずらしいわね。いつも10時には寝てしまうのに。」
「ああ、今日は碁を打ちにも下りてこなかったしな。」
「きっとヒカルちゃんが一緒だから、時間を立つのを忘れているのね。うふふ。アキラもかわいいわよね。猫を拾ってくるなんて。」
「その事なんだが・・明子・・。」
「なんですの?」
「いや・・その・・アキラはあの猫のことをどう思っているんだろうか・・。」
「どうって?」
「なんというか・・猫に接している時のアキラは普段見せないような表情を見せるのでな・・。」
「あら、いい事じゃないですの。アキラさんってちょっと子供らしくないところがあるから・・きっとヒカルちゃんが来たことで少し自分の感情を出せたんじゃないかしら。ほら、動物とふれあうと、人間って自然に癒されるじゃないですか。」
「うむ。そうか。それなら心配なかろう。」
「何を心配していらっしゃったんですか?変な人。」
「変とはなんだ、変とは。」
「あなたって心配性ね。意外と。」
「・・・。」
「さ、寝ましょ。アキラもじきに寝るでしょう。」
 母は、まだ2階に気をとられている父をくすくす笑いながら、自分たちの寝室へと向かった。


 どれくらい寝ていたのだろうか。アキラはハッと目が覚めた。ヒカルはすやすやと眠っていて、もうアキラの手は離していた。
「ん・・。電気消してちゃんと寝なくちゃ・・。」
 電気のひもを引いて、アキラは電気を消した。カチカチという、ひもを引く音で、ヒカルが少し
「うにゅ・・。」
と、寝返りを打った。アキラは、起こさないようにと、そーっと様子をうかがって、ヒカルが目を覚ましていないのを確認すると、自分の布団に入った。自分の布団から見ると、ヒカルは背を向けてい寝ている。なんだか、少し寂しい気がしながら、アキラは目をつむった。
 しばらくして、アキラが半分夢の中に足を踏み入れようとした時、鳴き声が聞こえて、一気に現実に引き戻された。ヒカルがうなされていたのだ。
「う〜ん、うにゃ・・・やだよ・・。」
 アキラは、心配になって身体を布団から起こして、近寄った。すると、背を向けていたヒカルが急にこっちに寝返りをうってきて、がばっと腕を伸ばしてきた。
「うわっ。」
 ヒカルの腕がアキラの首にかけられて、アキラは、ぼすっと布団に倒れ込んだ。ヒカルは、アキラをぎゅうぎゅうと抱きしめて、アキラの肩に顔を埋める。しばらく、
「う〜ん。」
と言っていたが、じきに静かになった。アキラの首筋にヒカルの息がかすめた。
 アキラは、驚きながらも、ヒカルがアキラの首に回した腕をはずそうとしないので、あきらめて、そのまま寝ることにした。こうして誰かとひっついて寝るのは初めてのことで、朝まで眠れないのではと思ったのだが、規則正しいヒカルの寝息を聞いていたら、自然に眠ってしまったアキラだった。


 次の朝、めずらしくちっとも起きてこない息子を起こしに行った父が、二人が仲良く一つの布団で寝ているのを見て、言葉を失ったのは言うまでもない。

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