★ヒカルの碁 小説★
「家族会議」 <1> |
静かな朝。
塔矢アキラは、父である塔矢行洋と、朝の日課である散歩のあと、碁を打っていた。
ふすまの向こうからは、朝食のみそ汁の香りがほんのり流れてきているが、二人の朝の碁はまだまだ続きそうだった。
おもむろに、父が
「今日は家族会議の日だったな。」
と、つぶやいた。
塔矢家では、1ヶ月に一度、家族会議というものを開いている。というのも、父は仕事が多忙なため、家を空けがちだったし、母は母で趣味のパッチワークに精を出していた。アキラはアキラで、学校のこと囲碁のことなどで、お互い家族でありながら、なかなか一緒に普段のことを話し合う機会が少ないと言うことで、父が提案したことだった。
実際のところ、アキラは大変学校でも優秀だし、性格も大変よい子なので、普通なら何も心配のいらない子供なのだが、いささか情緒的なことにかけ、父はそれが心配であった。自分の悩んでいることなどを、親に心配かけまいと無意識に判断して隠そうとする性格も、父にはよくわかっていたし、そういう場を設けないことには、アキラの本当の姿を見られない気がしていた。
碁盤上での打ち方で、碁打ち同士の意志の疎通は十分できても、やはり、家族は言葉での思いの交換も必要だと、父は家族会議を数年前に始めた。もちろん、誰も反対することはなく、それはそれから毎月月末に開かれた。父が主に司会をし毎回の会議のテーマを決めた。母はかわいらしいノートを買ってきて書記をつとめた。
「今日のテーマはもう決めてあるんですか?」
アキラは、碁盤からは目を逸らさずに、たずねた。
「うーん。そうだな・・。」
「・・・・・。」
父はこれといってテーマはすぐに思いつかなかったが、この頃気になっていることならあった。
「・・アキラは・・最近悩んでいることはないか?」
「ありませんが。」
アキラは即答した。またも碁盤からは目を離さずに。
「ふむ。」
アキラの答えに、父はやや不満げである。訊き方を変えてみた。
「・・進藤君は・・進藤君はどうしてるかね?」
「進藤」の名前がでた途端、アキラの視線は、碁盤から離れた。
「進藤?」
「そう。進藤・・名前の方はなんといったかな・・。」
「・・ヒカルです。」
「そうそう。進藤ヒカル君。彼とは最近会ったのかね?」
「・・・いえ・・。」
アキラは、父から目をそらせて答えた。
実際には、毎日のように彼の動向をいろいろな手を使って探っていて、会っていない気はしないくらいだが、面と向かっては会っていないので、嘘を言ってはいない。しかし、父の目を見て答えれば見抜かれると思った。
実際は目をそらした時点で、父にはもう全部わかっていた。
それは、母・明子がインターネットでパッチワークのショップを開いていることもあり、独学で勉強してパソコンに多少強かった。家にあるアキラのパソコンと母のノートパソコンは家庭内LANで繋がっていて、最近になって、はやりのウイルスがアキラのパソコンに感染していないかチェックしていると、アキラのパソコンに「sindou」と言う聞き慣れない名前のフォルダがあるのを発見した。その中に日々画像ファイルや文書ファイルが増えていることを、母は父の耳にも入れていたのだ。
『やはり・・あれは全部隠し撮り・・。アキラ・・。』
父の心は、きゅっと痛んだ。申し分ない優等生のアキラがそれほどまでに常識を逸してまで手に入れたい相手を見つけたという喜びよりも、その唯一の願いも叶えられない我が子が不憫になった。
「・・?。お父さん?」
瞳をうるうるさせながら、自分を見つめている父に、アキラはいぶかしげにたずねた。
「・・決めたぞ。」
父はすっくと立ち上がった。
「アキラ、今日の家族会議はいつも通り19時からだ。忘れるな。」