剣が重い。
 ただでさえ両手剣はでかくて重たいものだけど、今はそれがずっしりと腕にかかる感じ。あたしの体力をガシガシ削ってるのは、このバッタ野郎の攻撃じゃなくて、この剣の重さなんじゃないかって気がしてきてしまう。
 なんで急にこんなに重くなったんだろう――そう考えて、あたしはようやく気がついた。ああ、祝福《ブレッシング》が切れてるんだ。
 だけど、もう少し。あと一発食らわせれば、こいつももうもたないはず。
 あたしは渾身の力を振り絞って、剣を高く振り上げた、――つもりだった。
「……あ、あれ?」
 腰に力を入れた途端、膝が砕けた。あたし自身、そんなに食らってたんだっけ。
 バッタ野郎が腕を振り上げる。最後の一発のチャンスはあっちにあったってことか。
 冗談じゃない。まだいけるはず。だって。
「ヒール」
 ほらね。
 その声と同時に、光があたしを包み、たちまち傷が癒される。
 あたしは今度こそ両手で剣をしっかり掴み、全身に力を込めてぶん回した。
「バーッシュ!!」
 確かな手応え。見るも無惨に、バッタは粉砕された。すでに見慣れたとはいえ、ちょっとグロいかも。
 あたしは大きく息を吐いて、剣を地面に突き刺し、その場に座り込んだ。そして、そのまま首を後ろにそらすと、黒髪のアコライトが息を切らせて走ってくるのが見えた。トレードマークのリボンが揺れている。
「サンキュ、助かったよ、真冬」
「もう……どうして……いつもいつも……無茶ばっかり……」
 あたしのそばにたどり着くと、彼女もぺたんと地面に腰を下ろした。大きく息をついている。長く艶のある黒髪が風に乱れて、ちょっと気の毒になった。
「もうロッカーぐらい余裕だと思ったんだけど」
「それは万全の状態なら、でしょ? 連戦連戦で、ほとんど回復もせずに……いくら剣士だって、底抜けの体力がある訳じゃないんだから……」
 じろっと彼女、真冬はあたしを睨んだ。その瞳も、髪と同じように漆黒。吸い込まれそうな深い輝き。
 彼女が怒っているのは、あたしのことを心配しているからだ。それがわからないほどには、あたしもガキじゃなかった。
「ごめん、気をつけるよ」
「ジョルジュは口ばっかり」
 ぷい、と真冬は顔を背けてしまった。姫様のご機嫌はだいぶ斜めのようだ。
 まあ、こんなことを何度も繰り返してるから、しょうがないんだけれど。あたしが無茶をやれるのは、真冬を信頼しているからこそだけど、それは云ってみれば甘えでしかない。
 そう、わかってはいるのだ。
「ほんと、ごめん」
「……もう、いいわ」
 苦笑しつつ、真冬は許してくれた。あたしはほっと一息ついて、そこに寝っ転がる。青い空が目にしみた。
「私は無茶な相棒に振り回される運命みたい」
「……葉月、だっけ?」
「そう、一人で世界を見てきたいって旅に出ちゃって……もうじき約束の日だけど、覚えてるかどうか、心配」
 そう云って、真冬は柔らかく微笑んだ。
 一人で行動しているときから無茶な戦いをしていたあたしを見かねて、真冬が声をかけてきたのが、あたしたちが組むきっかけだった。彼女の友達と似ている、というのが、真冬があたしを気にかけた理由らしい。
「……ねえ、ジョルジュ」
「ん、なに?」
「聞いてもいい? ジョルジュがどうして、そんな無茶をしてまで、強くなりたいのか」
「……」
「云いたくないなら、いいんだけど。ただね、葉月も同じようなとこがあって、自分一人の胸に押し込めて、思い詰めちゃってたから……」
「……」
「だから、もし、私にできることがあれば、云ってほしいの」
「……ありがとう。でも、……ごめん」
「……そっか、うん、いいよ。気が向いたら、話して。いつでもいいから」
 変わらない真冬の微笑みに、胸が痛んだ。
 ――云えるわけがない。
 殺してやりたいほど、憎い相手がいるだなんて。