あと一秒遅かったら、あたしの負けだった。
 ルルージュの詠唱が完成するぎりぎり間際に、あたしは両手で握りしめたバスタードソードを叩きつけた。
 とっさにルルージュが詠唱を止め、杖でガードしようとする。けれど、十分勢いに乗ったあたしの剣はその杖を折り砕き、ルルージュの体を吹き飛ばした。
 地に倒れたルルージュに駆け寄り、その首筋に剣先を突きつける。
 ルルージュはそれでも動じた風もなく、鬱陶しげにあたしを見据えた。
「あたしの、勝ちだ」
「……云わなくてもわかっていますわ」
 冷笑が浮かぶ。どんなときでも変わらない態度。
 思わずカッとなったあたしに、けれどルルージュは意外な言葉を放った。
「強くなりましたこと」
「……!」
 褒められた、わけではないと思う。ただ事実として認識したことを、ルルージュは口にしただけだ。
 でも、認めさせた。あたしは強いって。そのためにあたしは頑張ってきた。
 ――それなのに、あたしは単純にそのことを喜ぶことはできなかった。
 自分でもその理由がよくわからなくて、あたしはそのもやもやした気持ちをごまかすように、もう一つの事実を口にした。
「あたし一人じゃ、勝てなかったさ」
「……?」
 怪訝そうに眉をひそめたルルージュの視線が、あたしの背後に向けられた。ゆっくり歩いてくる黒髪のプリーストを認めて、ルルージュは再び冷笑を面に刻んだ。
「あのときのアコライトですわね」
「……」
 律儀に、彼女――真冬が、頭を下げる。ルルージュは感情の読めない視線を空に向け、呟いた。
「やはりあのとき、殺しておくべきでしたわ」
「……この……っ」
 その言葉に、あたしは手にした剣を振り上げた。
 やっぱりこいつは変わってない。邪魔なものはすべて、虫けらのように焼き尽くしてしまう。それがかつて、自分にとってかけがえのない、大切なものであったとしても。
「やめて、ジョルジュ」
 静かな声がかけられる。
 あたしは振り向かなかった。振り向けなかった、と云った方が正しい。
 今、真冬のあの黒い瞳に見つめられたら、あたしの内にある獣が意気を挫かれてしまいそうで。
「私、そんなことのために、あなたを助けたんじゃないよ。お願い、やめて」
「――真冬だって、許せない奴がいるはずだ」
「それは……でも」
 真冬が口ごもる。彼女の傷につけこんでまで、自身の行いを正当化しようとしている自分に、嫌気が差した。
 でも、あたしは許せない。許しちゃいけないんだ!
「……何をためらっていますの」
 退屈そうな、つまらなそうな呟き。
 いつだってそうだった。こいつはいつもそうやって、気のない仕草で――。
「あなたにその弱さがある限り、またいずれ、大切な誰かを喪う日が来るでしょう」
「――!」
 あの日の光景が。
 目の前に浮かんで。
 あたしは。
「ジョルジュ、ダメ――!」
 振り下ろされる白刃。
 その瞬間、ルルージュが確かに微笑んでいるのを、あたしは見た。