鬱蒼とした森は、ただそこにあるだけで、人を拒んでいるように思えた。
 ゲフェンの森。
 自分自身が枯れ枝を踏む音にも身をすくませながら、私は歩いていた。
 アコライトだからなのかどうかわからないけれど、私は気配に敏感な方だと思う。それがこういう場所では、かえって仇になる。まるで何かに囲まれているみたい。
 なんて、私がただ臆病なだけか。
 自嘲と同時に気合いを入れて、少し大股に足を踏み出そうとしたとき。
「……え?」
 物音が、した。気のせいなんかじゃない。背後の森で、何かが動く音。
 私がゆっくり振り向くと同時に、そいつは醜悪な叫びを上げながら飛び出してきた。
「オークウオーリアー……!」
 最悪の相手に出くわした。万に一つも勝ち目はない。
 そう認識した私は、すぐに身体を翻して駆け出した。詠唱の隙が稼げれば、テレポートで……。
「――!」
 甘かった。囲まれてる。前方からも迫る禍々しい影があった。
 こんなことなら、速度増加を極めておくんだった。つまらない後悔をしながら、私は覚悟を決めて、武器を構えた。囲みさえ切り抜けられれば――。
「ファイアーボルト」
「……!!」
 文字通り、天から降り注ぐ炎の矢だった。屈強なオークどもがたちまち打ち砕かれ、燃え尽きていく。
 私が茫然と周りを見回していると、焼けこげた木立の影から、緋色の姿が現れた。
 瞬間。私は、オークなんかが姿を見せたときよりずっと禍々しい気配に、身体を震わせてしまった。
 整いすぎた美貌。突き刺すような冷たい瞳。暗く燃え立つような緋色の髪。
 きっと、この人だ。
 私は息を飲みつつ、まず頭を下げて、助けてもらった礼を述べた。
「あ、ありがとうございます」
「……」
 彼女は答えず、私のそばに歩み寄ってきた。
 ――いや、私に興味があったわけではないようだ。自分が倒したオークどもを検分している。
「あ、あの」
「私は私の獲物を狩っただけ。礼を云われる筋合いはありませんわ」
 ちろりと流し目で、彼女が私を見やる。かすかに口元をゆがめて、嘲笑をかたどった。
「むしろ、私の方がお礼を申し上げるべきかも知れませんわね」
「え?」
「格好の囮がいて、助かりましたわ」
「……」
 云い捨てると、彼女はもうここにはなんの興味もないように背を向けた。
 私は、彼女のあまりの言い草に言葉を失っていたけれど、慌ててその後ろ姿に声をかけた。
「ま、待ってください!」
「……」
「ルルージュさん? そうでしょう?」
「……」
 私を無視して歩き去ろうとしていた彼女が、足を止めて、軽く振り返った。変わらず冷たい瞳を向ける。
 その視線に負けないよう、私は拳を握りしめつつ、言葉を続けた。
「私、真冬と申します。お話ししたいことがあります。……その、ジョルジュのことで」
「……」
 その名を聞いたとき、彼女の目を一瞬よぎった光がなんだったのか、そのときの私にはわからなかった。