もうダメだ、と思った。
 調子に乗っていたのだ。プロンテラ周辺のモンスターは、みんな余裕で倒せるようになって。歯ごたえがないな、と思って、クリーミーに手を出したのが失敗だった。
 私の攻撃なんてほとんど当たらないし、当たってもダメージは雀の涙だ。反対に、クリーミーの一撃一撃はとてつもなく重くて、私は気が遠くなりそうになる。
 死ぬのが怖いというより、ただひたすら悔しかった。
 まだ私は何もしていない。私が生きた証を、何も残していないのに。こんなところで、終わってしまうなんて。
 最後の一撃が、来る。
 血と汗と、涙が視界を霞ませた、その瞬間。
「ヒール」
 涼やかな声が響くと同時に、私の全身を眩い光が包んだ。どれも致命傷に近かった傷が、たちまち癒されていく。
「……え……?」
 振り向いた先には、漆黒の僧衣に身を包んだ女性が立っていた。
 とても穏やかな、慈愛に満ちた笑顔を浮かべて。

     *

「……それが、私がプリーストになろうと思ったきっかけかな」
「ふーん」
「……ちょっと、葉月、人の話ちゃんと聞いてた?」
「聞いてたよー」
 答えながらも、葉月は周りをきょろきょろと見回している。いかにも適当な返事。
 これから冒険者をめざそうという彼女のために、とっておきの思い出話をしてあげたっていうのに。
「いい話でしょ? なんか感想ないの?」
「まあ、確かに、いい話ではあるけどー」
 ようやく私の方を葉月が振り返った。面には、からかうような笑みが浮かんでいる。
 ……嫌な予感。
「で、真冬ちん、なんで、あんたは殴りアコなわけ」
「そ、それは……」
「人を癒すプリースト様に憧れたんじゃないの?」
「……そのあと、そのプリさんが、にっこり笑ってクリーミーを瞬殺してくれて……ああ、かっこいいなあって……」
「……やっぱり、そういうオチなんじゃん」
「いいでしょ! アコライトはアコライトなんだから! 他の職業だったら、こんな風にサポートしてあげられないんだからね」
「はいはい、じゃ、次、行こっかー」
 さっさと立ち上がって、葉月は次の獲物を探し始めた。
 私もため息混じりに立ち上がり、その後を追う。
 まあ、気持ちはよくわかる。初めて冒険者としてこの地に踏み出したとき、私もただ歩いているだけで楽しかった。自分はこの世界で何ができるのか、何を残せるのか。想像するだけで胸が弾んだ。
 今の私は、まだまだ自分の夢にも遠い存在で、偉そうなことは云えないけど。
 それでも、葉月にも、やりたいこと、なりたい自分を見つけてもらえたらと思う。そんなきっかけがあればいいなって。
 ……って。
「ああ、もう! ベコベコは叩いちゃダメだってば!!」