静かな夜だった。
 耳を澄ませれば、雪の降り積もる音さえ聞こえるような気がする。
 街の中心には、飾り付けられた大きなクリスマスツリーがそびえ、その周りにたくさんの人たちが集まっているはず。だけど、そこから少し歩けば、もうそんな喧噪も届かない。
 闇の中、静かに雪だけが降り続く。
 しばらくただ雪の音を聞きながら立ち尽くしていると、誰かが私の後ろに立った。
「お嬢さん、こんな日に、こんな淋しい場所で一人きりかね?」
 振り向いた先には、小太りな体型にもじゃもじゃの白髭、赤い衣装に身を包んだおじさんがいた。
「こんばんは、サンタクロースさん」
「はい、こんばんは。せっかくのクリスマスに、どうしたね?」
 私の挨拶に、サンタのおじさんは柔和な瞳で微笑み返した。
 ここ、ルティエの街にはサンタが住んでいて、子供たちにプレゼントを配っている。そういえばそんな話があったな、と思い出した。
「人に逢いに行くところです」
「ほうほう、待ち合わせじゃったか。これは野暮なことをした。道中、気をつけてな」
「はい、ありがとうございます」
 下げた頭を持ち上げたときには、もうサンタのおじさんの姿は消えていた。
 私は周囲を見回し、軽く肩をすくめる。クリスマスなんだから、こういう出来事があってもいい。ちょうどいい土産話ができた。
 頭に積もった雪を払って、私は歩き出した。
 目的の場所には、すぐ辿り着いた。
 雪をかぶった墓標に、私は微笑みかける。
「メリークリスマス。……さっき、サンタさんに会ったよ」
 ――へえ、そいつはすごい。なんかもらったか?
「……そう云えば、何もくれなかったな」
 ――バカだな、靴下用意してなかったんだろ。
「そうね、来年は忘れずに持ってくる」
 たわいない会話が浮かぶ。
 思い出せるのは、笑顔だけ。いつでもどんなときでも、彼は笑ってくれた。
 そう、この腕の中で、永遠の別れを告げたときも。
「……靴下、あってもダメかな」
 ――どうして?
「私の願いは、サンタさんでも絶対叶えられないもの」
 逢いたい。
 もう一度抱きしめて、笑ってほしい。
 私の願いは、ただそれだけ。
 こぼれそうになった涙を、唇を噛みしめてこらえた。
 私が泣くと、彼はいつも困っていたから。
「ごめんね、変なこと云って。――また、来年、来るから」
 そう云って、私は踵を返した。
 あまり長居すると、歩けなくなってしまう。ただ雪の中に埋もれて、時間を止めてしまいたくなる。
 だけど、それは彼の願いを、無にしてしまうことだから。
 私は、これからも、歩き続ける。
 降り続く雪が、私の足跡をすぐに隠した。