「……どうしました?」
「――え?」
呼びかけられ、はっと我に返った。
こんな大事な儀式の最中に、意識を他に向けるなんて。何をやっているのだろう。
顔を上げると、神父様が心配そうに、私を覗き込んでいた。
「顔色が悪いようですね。巡礼の疲れが出ましたか」
「い、いえ、少し緊張してしまって……申し訳ありません」
深々と頭を下げる。おかげで、きっと蒼白になっていた私の頬に、少し血の気が上ってきた。
けれど、それも束の間、私は畏れで再び心臓を鷲掴みにされる。
また、嘘をついた。神の御前で誓いを立てる、こんなときにも。
私は今、漆黒の僧衣をまとって、プロンテラ大聖堂に立っている。
ずっと憧れていたその僧衣に袖を通すとき、おかしいぐらい手が震えた。喜びや感動のせいじゃなく、ただただ、恐ろしくて。
とても罪深いことをしているように思えた。だって、私がプリーストとしての力を求めた、本当の理由は――。
「怖いのですか?」
「――!」
心情を正確に言い当てられて、私は隠しようもなく息を飲んだ。
愕然と目を見開く私に、けれど神父様は、変わらず優しい慈愛に満ちた眼差しを向けていた。
「お気持ちはわかります。己を捨て、弱き者を救うために生きる聖職者の道は、まさに荒野をひとり往くようなもの。しかし、あなたがアコライトとしてこれまで歩んできた道も、また同様だったはずです。あなたはただ、その志をより堅固に守っていけばよろしいのです」
「……神父様……」
違う。違います。
私を慰め、鼓舞してくれるその言葉に、思わず叫び出しそうになった。
目を閉じて、取り乱すのをどうにかこらえる。そして、息をひとつ大きく吸ってから、瞳を開いた。
「……絶対に許せないことがあるんです」
不思議と、声は震えなかった。聖職者としての資格を剥奪されることを覚悟の上で、私は話し始めた。
それは単に、罪悪感から逃れるための自暴自棄な行いだったのかも知れない。だけど、もしもこのまま、聖人面してプリーストになってしまったら、それこそが私のこれまで歩んだ道を無にしてしまうことのように思えた。
「私にはすべてを許すことも、何もかもを愛することもできません。人を教え、諭し、導くことなんてできない。そんな資格ありません。だけど――」
だけど、私はプリーストになりたい。大切なひとを守る力がほしい。そして何より――。
「あなたの目に怒りがあることは、気づいていました」
「……え?」
いつの間にか、挑むように激しい視線で見上げていた私に、神父様は静かな瞳を向け続けていた。
私は虚をつかれて、目を丸くしてしまう。神父様はその私の様子に、小さく微笑んで言葉を続けた。
「けれど、けっして憎しみに濁ってはいない。あなたなら、道を誤ることはないでしょう」
「神父様……」
「勘違いしてはいけません。資格がある者が、プリーストになるのではない。プリーストになったときから、常にあなたはその資格を問われ続けるのです。その覚悟があるのなら、真冬、あなたにプリーストの位を授けましょう」
「……」
「あなたの生きる道を、選びなさい。恐れることなく」
――その言葉は。
どんなに激しく叱咤されたり、口汚く罵倒されることより、心にこたえた。
私は神父様に云われたことを、胸の内で繰り返す。
覚悟。
そうだ、何を迷っていたんだろう、私は。この腕の中で彼を看取ったあの日に、私は自分の生き方を決めた。消えないよう、心に刻みこんだんだ。
「……はい、私はプリーストになります」
微笑んで、私は頷いた。