good times, bad times

笑顔をよく見せるようになって、詩音はたちまちクラスの――特に男子の――人気者になった。この休み時間もまた、読書中の詩音を何人かの男連中が取り囲んでいる。
 詩音のためには喜ぶべきことなんだろうけど――、俺は、つい憮然とした表情になってしまう。
 中でも一番許せないのは、これだ。

「詩音ちゃんはさ……」

 詩音ちゃん呼ばわりだとぉ? 詩音と呼んでいいのは俺だけだっ!
 そう叫びたいのをぐっとこらえて、横目で様子を見守る。詩音が助けを求めるようにこちらをちらっと見たような気がしたが、連中を追い散らすのも大人気ないような気がするし、それに気恥ずかしい。
 授業開始のベルが鳴り、連中も渋々、席に戻っていく。俺と詩音は、同時に安堵のため息をついた……ような気がした。

     *

 すでに季節は冬と呼んでもいい頃になっている。外で食事をするにはもう北風が厳しかったが、それでも彼女はそのいつもの場所で、文庫本を片手に弁当を広げていた。

「こんにちは」

「こんにちは」

 パンを片手に俺が声をかけると、詩音は微笑みながら顔を上げて答えた。
 他人行儀な挨拶、と人が見れば思うかもしれないが、俺たちにはこれが自然だった。
 詩音の隣に腰掛けて、パンをかじり始める。詩音もまた文庫本に目を落として、続きを読み始めた。
 いつもどおりの、静かな時間。普段ならなんの居心地の悪さも感じないんだが、今日の俺はなんだかそわそわしていて、詩音に話し掛けてしまった。

「なあ、どうして今でも、ここでひとりで弁当食べてるんだ? 女の子の友達もできただろ?」

 そう云うと、彼女は本から目を上げて、不思議そうに俺を見つめた。
 そんな風にまっすぐに視線を向けられると、思わず心臓が高鳴ってしまう。

「ひとりじゃ、ありませんよ?」

「……え?」

「智也さんが、来てくれます」

 朝になれば日が昇る。そんな当たり前のことを云うように、彼女は俺に答えた。
 俺が言葉を失っていると、詩音はまた本を読みながら、話を続けた。

「それに、教室にいると、最近、本が読めなくって」

「……ああ、そうだよな、ほんと、迷惑な連中だ」

 激しく同意しながら、俺はふと気づいた。ひょっとして俺も今、詩音の読書の邪魔をしてるのかな?

「えっと……俺も、邪魔かな?」

 詩音が、三度顔を上げる。そして手にしていた本を閉じてしまった。

「どうしてですか?」

 問い返す詩音の表情は、本当に不思議そうだ。
 彼女にとって、昼休みにひとりで座っていれば俺がやってきて、本を読んでいる間、俺がそばにいて……そんなことは、当たり前のことなんだろうか?
 だったら、それは……すごく……。
 俺はにやけているのか、泣き出しそうなのか、自分でもよくわからない表情をしていたと思う。
 詩音がまた小さく微笑んだ。

「今日の智也さん、なんか変ですよ?」

 そう云ったあと、かわいらしくあくびをした。

「あ、ごめんなさい。通学時間が長くなって、電車の中で本が読めるのはいいんですけど、朝が早くて……。それに、あんまり学校で本が読めなくなったから、つい夜更かししちゃうんですよね」

「そういうときは授業中、寝ればいいんだよ」

「授業中も本を読んでます」

 ……そういえばそうだった。
 詩音はゆっくりと体を傾け――、俺の肩に、こつんと頭を乗せた。
 風が彼女の長い髪を揺らし、俺の頬をくすぐる。甘い香りに、包まれているような気になった。

「しばらく……こうしてても……いいですか……?」

 俺の返事を待たずに、もう彼女は寝息を立てていた。
 ――俺は、前へ進むために彼女の手を取った。
 だけど、こうしていると、どうしても考えてしまう。このまま、時間が止まればいいと――。

     *

 そして、今日もまた詩音の周りには男連中が群がっている。
 その中のひとりが、詩音にぶしつけな質問をした。

「詩音ちゃんは、三上とつきあってるってほんとなの?」

「……え……」

 頬を染めて、当惑する彼女。けれど、次の瞬間にははにかんだ笑顔を浮かべて、頷いていた。

「はい」

 連中から失望の吐息が漏れる。同時に、俺は拳を握り締めて叫びたい気分になった――無論、やらなかったけど。
 その代わりに、立ち上がって詩音の席まで行く。敵意を持った眼で振り返る奴らを、しっしと手で追い払った。

「そういうわけだ。さっさと散れ、お前ら」

「ちぇーっ。独り占めかよ」

「当たり前だ。それに詩音は今、本読んでるだろ。邪魔するなよ」

 ぶつぶつ云いながら、連中は解散した。
 振り返ると、俺のことをじっと見上げている詩音と目が合った。急に自分のやったことが照れくさく思えて、目をそらしながら頭をかく。

「ありがとうございます」

「いや……これで、読書に専念できるよな」

「そうではなくて……」

「……え?」

「……なんでもありません」

 うつむいた詩音は、少し頬を赤らめながらも、読書を続けている。
 俺は詩音の机の端に腰掛けて、何をするでもなくぼんやりと立っていた。
 時間は、止まらなくてもいい。
 こうして、ふたりの時間を積み重ねていけるなら。
 そんなことを、考えながら。




2001.3.11

あとがき

詩音シナリオクリア記念です。このままひとり一本書ければすごいけど、さすがにそうはいかないでしょうね(^^ゞ。
2回目のプレイでは、とりあえずやっぱり王道狙いで唯笑かな、と思っていたのに、気がつけば足繁く図書館に通ってしまっていました(^^ゞ。
詩音の話はまた書きたいですね。彼女にはもうつらい想いはさせたくないので、今度もこういうほのぼのしたものになるといいんですけど……。
ご感想などいただければ、幸いですm(__)m。


トップページへもどる