「……唯笑ちゃん、何してんの、こんなとこで?」
「あー、信くんだぁ。メリークリスマス」
「……メリクリ」
相変わらず屈託のない唯笑の言葉に、信は苦笑しつつ挨拶を返して、その隣に腰を下ろした。
ちなみに、そこはカフェ「ならずや」の前。それもオープンカフェになっている場所ではなく、ただの縁石の上だ。
「こんなとこで座り込んでたら、さすがに静流さんに怒られるだろ」
「ほえ? 静流さんにはさっき会ったけど、風邪引かないように気をつけてねって云われただけだったよ?」
「……やっぱ、あのひとは大物だな」
溜息混じりに信が呟く。
その本当に意味するところに気づかず、唯笑は「そうだよねえ。静流さんってすごいよね」としきりに妙な感心をしている。信はますます苦笑するしかない。
「で、唯笑ちゃんは、なんでこんなとこで座ってるわけ?」
「んーとね、雪が降らないかなあって思って」
「雪?」
「うん! だって、今日はクリスマスイブなんだよ? 雪が降ったら、すごいロマンチックじゃない?」
「そうだけど……」
目を輝かせて、唯笑は空を見上げた。しかし、その見上げる先にあるのは――。
「統計的に見ても、12月24日に雪が降る確率は、めちゃくちゃ低いんだぜ? ましてや、今日はさ……」
信も唯笑と同じように、空を見上げた。吐いた息が白く舞い上がる。
二人の瞳には、等しく、冬の青く澄み切った空が映っていた。
「いい天気だねえ」
「……だよ」
「だからね、ここでこうやって、お祈りしてたんだぁ。雪降れー、雪降れーってね」
「それはお祈りというか、すでに呪いのような……」
「ぶぅ。呪いじゃないもんっ」
「あはは、ごめんごめん」
たちまちむくれた顔になる唯笑に、信は笑いながら頭を下げた。
「よーし、じゃあ、俺も一緒にお祈りするよ。雪降れー、雪降れーってね」
「ほんとっ?」
「ああ」
そして、たちまち笑顔になる唯笑。
いつまでも変わらない彼女。時の流れなど忘れさせてしまう、その笑顔。
けれど、その次の瞬間、唯笑は信が知らなかった表情を面に浮かべていた。
「……唯笑ちゃん?」
――いや、違う。本当はよく知っていた。
あの頃。痛みと傷を隠し、それでもその名前に込められた願いの通り、ただ笑おうとしていたときに見た、笑顔。
だから、俺は――。
「信くんは、優しいよね」
「な、なんだよ、今更気づいたのか?」
おどけてみせることで、信は今見たものを気のせいにしようとした。
しかし、それは成功しない。昔と同じように。
「ううん、昔から信くんは優しかった。その優しさで、唯笑も智ちゃんも、たくさん助けてもらった。でもね」
「……」
「優しいだけじゃ、ダメなんだと思うよ、唯笑は」
静かな呟きだった。
信に気を遣い、迷いながら口にした言葉ではなく。諭すように、云い聞かせる風でもなく。
まるで自分自身の気持ちを、確かめているみたいに。
そうわかったから、信は泣きたいような気持ちになりつつも、いつものように軽薄な笑いを刻んでみせることができた。
「誰にだって分け隔てなく優しいのは、唯笑ちゃんのほうだろ? 俺は別に」
「そんなことないよ。唯笑は優しくなんかない」
あくまで静かに、唯笑は信の言葉を遮った。
いつも子供みたいで、実際よりずっと幼く見られるくせに、時にこうしてすべてを包み込むような眼差しをする。とても、悲しげな瞳の色で。
「唯笑は、智ちゃんが好き。智ちゃんを守るためなら、きっと誰かを傷つけることもできるよ。智ちゃんを傷つけてまで、誰かに優しくすることもできないんだ」
「……唯笑ちゃん……」
「誰かを好きになるって、そういうことだよね?」
そう云って満面の笑顔を浮かべると、唯笑はうーんと伸びをしながら立ち上がった。信は腰を下ろしたまま、そんな唯笑を見上げた。
「もう行かなきゃ。こんな時間だよ」
「……お祈りは、もういいのかい?」
「うん、残念だけど、しょうがないよ。智ちゃんが待ってるからね」
「そっか。……智也によろしく。俺が代わりに祈ってるよ」
「もう、信くん、全然わかってない。せっかくのイブなんだよ? そんなことより、他にすることがあるでしょ?」
腰に手を当てて、まるで小さな子供を叱るような調子で唯笑は口をとがらせた。
そんなこと、はないだろう。自分が先に云い出したくせに。
反論をぐっと飲み込み、信は軽く手を振ってみせる。唯笑はぶんぶんと手を振り返しながら、雑踏の中に歩いていった。
信は溜息をひとつついて、何気なく空を見上げる。そして、目を見開いた。
「……嘘だろ」
さっきまであんなに晴れていたのに、黒い雲が空を覆い始めている。せっかくのイブが雨になるのか……それとも、まさか雪に……?
「すげーな、呪いパワー。……いや」
イブだからか? 信はそんなことを考えそうになって、もう一度苦笑した。
唯笑の云うことは、正しいと思う。自分はただ、傷つくことも傷つけることも怖がっているだけの臆病者だ。
それでも、己のスタンスを変えるつもりはなかった。
だけど、こんな日は。世界中が浮かれているこんな日にだけは、らしくないことをしてみてもいいのかも知れない。
我ながら言い訳がましい、と考えながら、信は携帯電話をダイヤルした。
「……ああ、俺だけど。メリクリ。……いや、用って云うか、その……今日……逢えるかな」
あとがき
わはは、イブに間に合いませんでしたー。まあ、いいや(をい)。
メモオフSSの範疇に入れちゃったけど、実は正しくは、この作品はメモそれSSです。
久々にPC版でメモそれをプレイしていて、信ってずいぶん変わったよなーと改めて思ったもので。ですから、これはメモそれの時間軸上のお話です。
ちなみに、プレイした方ならご存じのはずですが、メモそれでは信にかなり近しい女性の存在が匂わされております。「特別」な存在であることは確かなのに、信は「恋人」ではない、と断言するひとが。
……率直なところ、真冬を連想しました、私は(^^ゞ。実際には、誰をイメージしてるんですかねえ、シナリオ上は。
ということで、最後に信が電話した相手が誰かは、ご想像にお任せします。
ご感想などいただければ、幸いですm(__)m。