その少女は、まるで獣だった。
元は綺麗な黒髪だったろうに、なんだか安っぽい染料をぶちまけたように、斑に紅く染められている。それもざんばらで、傷み放題だ。
体も擦り傷だらけ。まあ、あんな小柄で、ブーマ二匹とやり合ったあとのようだから、当然だろう。もっと古い傷もたくさんありそうだったけど。
それにしても、あの剣は大きすぎる。あれじゃ剣に振り回されて、疲れるばかりだろう。
「ラフィール、どうした?」
「んー……ちょっとね、あの子」
相棒のレイキャスト――男性型アンドロイド・レンジャー――、アインが、不思議そうに振り返った。そして、私が見ている少女に気づいて、ため息を吐き出した。彼がヒューマンやニューマンだったら、きっと眉間にしわを寄せていただろう。
「また、お前の悪い癖か? 放っておけよ」
「そうもいかないでしょ? あの子、怪我してるし」
「自分の始末は自分でする。それができない奴は、ハンターズじゃない」
確かにその通りなんだけど。
だけど、どうしても私はその場を立ち去りがたくて、座り込んだまま荒い息をついているその少女を見つめていた。
可哀想、とか、そんな感情じゃない。
同じニューマン同士で同情したというわけでもない。
ただ彼女のその瞳が、とても気になった。
品のない髪の色とは全然違う、鮮やかに紅いその瞳。何かを激しく思い詰めたその眼の光が、どうしても引っかかった。
「ラフィール」
「……拾っていくわ」
「勘弁してくれ」
アインが肩をすくめる。我が相棒ながら、ほんと、彼は人間くさい仕草が得意だ。そういうところが、気に入っているんだけど。
「あの剣を見てみろ。あんな子供が持つには不相応な業物だ。……盗品だぞ、きっと」
「そんなことわからないじゃない。決めつけるものじゃないわ」
「……まったく。俺は知らんぞ」
彼の言葉を背中に流しながら、私はその少女に近づいていった。
草を踏む足音に、彼女がはっと顔を上げる。疲れ切った体を意外なほど敏捷に立ち上がらせ、大きすぎる剣を構えた。
真紅の瞳が、敵意に燃える。
本当、獣だ、この子は。
「怖がらないで。怪我してるんでしょ? 手当てしてあげるから、一緒においでよ」
「……」
少女は全く警戒を解かない。それどころか、大剣を握る手に力を込めた。
後ろで、アインが銃を構える気配がする。私は手を軽く上げて、それを制した。
しかし、その私の動きにびくっと彼女は体を震わせ、同時に、驚くほどの勢いで斬りかかってきた。
「――!」
しょうがない。
私は素早く体をかがめ、彼女の大剣の描く軌跡をくぐり、彼女に接近した。紅い瞳が、驚愕に見開かれる。
「手荒になるけど、ごめんね」
云いながら、拳をみぞおちに叩き込んだ。
「……っ……」
すでに消耗しきっていた少女は、それだけであっけなく気を失って崩れ落ちた。音を立てて、大剣が転がる。
私は彼女の体を受け止めた。思った通り、とても軽かった。
「云わんこっちゃない」
憮然とした口調で、アインが近づいてくる。足元の大剣を拾って、値踏みするように陽にかざした。
「人に斬りかかってくるなんざ、まともじゃないぞ。関わるべきじゃないね」
「よほど怯えてるのよ。……何かから、逃げてきたのかも」
「だから、関わるなと云っている。わかっているんだろう」
「そう云われても、結局、私が関わってしまうだろうってことも、わかってるんでしょ?」
長いつきあいなんだからさ、という意志を込めて、ウィンクをして見せた。
アインは深いため息と同時に、太い首を振った。
「戻るか。俺が担ぐ」
「ありがと」
アインの腕に少女を預け、代わりに、私が大剣を持った。これまた、彼女の瞳のように、炎のごとく紅い剣だった。
意識を失った少女は、まだとてもあどけない顔をしていた。
*
少女は丸々一昼夜、目を覚まさなかった。
手当をしながら彼女の体を見れば、その消耗具合は明白だった。大小の傷は数え切れなかったし、栄養状態も最悪だったようだ。
そして、彼女は、ハンターズではなかった。ギルドが発行するライセンスを持っていなかったのだ。念のため照会してみたが、彼女のような特徴を持つ人物はいなかった。
それならこんな子供が、なぜラグオルにいたのだろう?
ラグオル地表で生活していた? ――そんな、バカな。
「……ん……」
私の当てのない想像は、小さなうめきで中断された。
ベッドに目を向けると、少女が軽く寝返りを打ち、やがてゆっくりと目蓋を開いていった。
「……」
真紅の瞳を何度か瞬き、周りを見回す。きょとんとした表情。
「お目覚め?」
できるだけ優しい声で云ったつもりだったが、その声を聴いた途端、はっと彼女は我に返った。たちまち面を険しくし、起きあがろうとする。
が、すぐにバランスを崩し、ベッドに倒れた。
「まだ起きられっこないわ。寝ていなさい」
「……」
爛々と光る紅い瞳。どれだけ体力が衰えていようと、その意志の力は全く陰りを見せない。本当、この子は――。
「野獣だな」
いつの間にか、ドアにもたれて、アインが立っていた。
少女がびくっと体を震わせて、アインの方に視線を向ける。その炎の眼力も、アインの電子眼に冷たく弾き返された。
「助けてもらって、ありがとうも云えんのか。文字通りの狼少女でもあるまいし、言葉ぐらい知ってるんだろう」
「……」
「アイン、挑発するのはやめて」
アインは肩をすくめて、部屋を出て行く。彼なりに心配して見に来たんだろうに、不器用な男だ。
「具合はどう?」
「……」
少女はやはり答えない。ただ、こちらに向ける視線から少し敵意が和らいだような気がした。相変わらず、警戒しきってはいたが。
「私はラフィール。さっきの彼はアインよ。あなたは?」
「……」
やはり無言。まさか本当に言葉が喋れないのだろうか? 何かのショックで、一時的に失語症に陥るのは、よくある話だ。
私がそう心配したとき、彼女はためらいながら、口を開いた。
「ミア……」
「ミア?」
再び、彼女が口をつぐむ。何かを思い悩むように唇を噛みしめ、次の瞬間、はっきりと強い口調で名乗った。
「ジョルジュ」
「ジョルジュ……それがあなたの名前?」
「……」
「でも、ジョルジュって、男の人の名前よね、普通?」
「……」
「ま、いっか。それじゃあよろしく、ジョルジュ」
私が立ち上がると、彼女――ジョルジュは、再びびくっと体を震わせた。
安心させるよう微笑んで、私は声をかけた。
「何か食べるもの持ってくるわ。休んでいなさいね」
「……」
やっぱり返事はしない。私はアインのように肩をすくめ、歩き出した。
部屋を出る瞬間、振り返ると、ジョルジュは丸めた膝を抱えて座っていた。
まるで世界中の誰もに置き去りにされたような、そんな心細さを感じさせる姿だった。
*
スープの皿を渡しても、ジョルジュはすぐ口をつけようとはしなかった。
とても空腹なのは、見ていればわかる。生唾を飲み込んでいるし、腹が鳴る音も聞こえてきそうだ。
それでも彼女は、食欲をじっと堪えていた。
「どうしたの? 食べていいのよ」
「……」
ジョルジュが私のほうに目を向ける。探るような光。
それで、彼女が何を警戒しているのか、わかった。
「変なもん入ってないってば」
私は彼女から皿を取り上げ、スプーンで一口食べて見せた。ごくっと大きな音を立て、ジョルジュがもう一度唾を飲み込む。
「ほらね」
私が皿を差し出すと、ジョルジュは奪うようにそれを取り、すごい勢いで食べ始めた。スプーンなんかいらないんじゃないかってぐらいだ。
あっという間に空になった皿をじっと見つめる彼女に、私は笑いかけた。
「お代わり、いる?」
「……うん」
今度は声に出して頷いた。そのことがなんだか嬉しくなって、私はお代わりは大盛りにしてやった。
やはり目の前で毒見をしてから渡すと、ジョルジュはそれも瞬く間に平らげてしまった。
嬉しそうな表情で、口元を拭っている。そんな風にしていると、この年頃の女の子と全然変わらない。
しかし、じっと見つめている私の視線に気づくと、たちまち彼女は表情を険しくして、私のほうを睨んだ。
「……なんで、助けたの」
「なんでって……」
「あたしを、利用するの?」
「利用?」
何を云っているのかわからない。
けれど、彼女が毒見が必要なほど何かを警戒している理由はわかった。やはり彼女は、何かから逃げてきたのだ。
「利用も何も、私はあなたのこと、なんにも知らないもの。利用しようがないでしょ」
「……知らない? ほんとに?」
「そうよ。偶然出会っただけなんだから」
「じゃあ、どうして助けたのさ」
「どうしてって……だって、怪我してたじゃない、あなた。そういうの、放っておけないわよ」
「……」
私の言葉に納得したのかどうか。ジョルジュはふい、と視線をそらして、横になった。
そのまままた寝てしまうだろうか――そう考えたのも束の間、何かを思い出したように、彼女ははっと飛び起きた。
「ど、どうしたの?」
「ドラゴンスレイヤーは!?」
「ドラゴン……スレイヤー……?」
「あたしのドラゴンスレイヤー! どこへやったの? 返して!」
「ちょ、ちょっと、落ち着いて」
「返せ!」
ジョルジュは細い腕で掴み掛かってきた。悪いけど、その程度の力じゃ、私を押さえ込むことはできない。
私は彼女の弱った体を痛めつけないよう気をつけながら、腕を押さえた。
「ちょっと、落ち着きなさいってば」
「返せ! 返せ! あたしのドラスレ!」
「だから、何のこと云ってるのよ。それって……」
「これのことだろう」
声と同時に、一度出て行ったアインが戻ってきた。手には、ジョルジュが持っていた紅い大剣を提げている。
その剣を見るや、ジョルジュは目を大きく見開いて、手を伸ばした。
「返せ! あたしの!」
「……これがドラゴンスレイヤーか。噂に聞いたことはあったが、確かに見事な業物だな」
ジョルジュの激昂など知らぬげに、アインはその大剣――ドラゴンスレイヤーを掲げて、感心した風に呟いた。
確かに、超一級の大剣だ。拵えも見事だし、とんでもない威力を秘めていそう。あれを自在に振り回す力量があれば、だけど。
「アイン、知ってるの、それ?」
「龍殺し、だろ。噂だけはな。真にこの剣を使いこなすものが振るうと、その刀身には炎をまとうそうだ」
じろっと、アインの目が動く。私が押さえた腕の中で、未だアインに飛び掛ろうと暴れているジョルジュを見据えた。
「子供が振り回すには物騒すぎるおもちゃだ」
「うるさい! それはあたしのだ! 返せ! 返せったら返せよ!」
しばし考えた。どうするべきなのか。
そして、私はアインに向かって、口を開いた。
「返してあげて、アイン」
「……!」
「おいおい……本気か?」
アインだけじゃなく、ジョルジュまで驚いて私のほうを見た。私はアインに頷いたあと、ジョルジュに向き直って、微笑みかけた。
「私たちは、あなたの敵じゃないもの。剣なんか必要ないけど、取り上げておく必要もないからね」
「……」
ジョルジュは決まり悪げに、視線をそらしてしまう。それでも暴れるのはやめてくれたので、私は彼女から手を離し、アインの立つ場所へ歩いていった。
「貸して」
「ラフィール」
「大丈夫よ」
深いため息と一緒に渡された大剣・ドラゴンスレイヤーを持って、ジョルジュの元へ戻った。
差し出すと、ジョルジュは奪うように手を伸ばし、ドラゴンスレイヤーを掴んだ。そのまま胸に抱きしめて、とても安堵した笑みを浮かべた。
その笑顔は、なぜだかとても胸を締め付けられた。
「……休んでいなさいね」
云い残して、私はドアに向かった。アインを促して部屋を出て、ドアを閉める。鍵は、しなかった。
「本当にいいのか?」
「大丈夫よ。犯罪者ってわけでもなさそうだし」
「そんなことはまだわからんさ」
「私の人を見る目が信用できない?」
「そうは云わんが……」
「心配性ね」
苦笑しつつ、私は棚からグラスを二つ取り出して、テーブルに置いた。それぞれのグラスをワインで満たす。
アンドロイドであるアインは、酒の相手を務めてはくれない。だけど、こういうのは気分の問題だ。アインもそのことは承知していて、乾杯の真似事だけしてくれた。
「アインも見たでしょ。あの剣を手にしたときの、あの子の顔」
「……まあ、な」
「よほど大事なものなのね。あれだけが、きっと今の彼女にとって、信じられるものなんだわ」
「……」
「悲しいわよね、そういうの」
なんだか酔えそうにない気分だった。
*
数日が経過した。
ドラゴンスレイヤーを返したことで、私たちを信用してくれたのか、ジョルジュは少なくとも暴れたりはしなくなった。
相変わらず、自分のことは何も話そうとしなかったけど。一日のほとんどをベッドで過ごし、食べては眠り、腹が減っては目を覚ます、という感じだ。
とにかく自分の体を癒すことを最優先しているようで、その行動もまた、獣を連想させた。
彼女の回復力は驚異的だった。元々、私たちニューマンはヒューマンより新陳代謝に優れているけれど、それにしても。若いってことかしら。
とりあえず、当面の問題は――。
「この髪、よね」
私は、今もガツガツと食事をしているジョルジュの髪に手を伸ばし、軽く梳いてみた。
ジョルジュが食事の手を止めることなく、瞳だけじろりとこちらに向ける。
「いったい、何で染めたのよ。まさかペンキかぶったんじゃないでしょうね?」
「……」
まさか図星だったんじゃないだろうか。
ジョルジュは食べ終えた皿を私に突き出すと、さっさと横になってしまった。シーツを頭までかぶって、髪を隠そうとする。
「元は黒髪だったんでしょ? 黒い髪って、ニューマンじゃ珍しいのに、もったいない……」
ぴくっと、彼女の頬が動いた。シーツの影から覗く表情はとても険しく、唇を噛みしめている。
「落としてあげるよ。元に戻そう」
「――嫌だ」
「ジョルジュ?」
「嫌! 嫌!! 絶対、嫌!! 黒い髪なんかいらない! あたしは紅い髪がいいの!!」
「……」
ただのわがままとも思えない。彼女自身の黒髪が、彼女のトラウマになってる……?
だけど、このままってわけにもいかない。本人は気にしていないのかもしれないが、あまりに見ていて痛々しいというか……ぶっちゃけ、みっともない。女の子の髪がこれじゃ、あんまりだ。こんな発想、アインならまた肩をすくめて苦笑するだろうけど。
「わかったわ。じゃあ、染め直してあげる。紅い髪にしたいんでしょ?」
「え……」
ジョルジュが戸惑いに陰った表情を、こちらに向けた。
――この子は、本心から自分の黒髪を嫌がっているんだろうか。
彼女の表情に私はそんな疑問を抱いたが、そこを突っ込むと、またきっと癇癪を起こしてしまうだろう。ここはとりあえず、彼女の気が済むようにさせてやるしかない。
「ドレスルームに行きましょ。綺麗にしてあげるわ」
「……」
不安げな面持ちながら、ジョルジュは意外と素直に立ち上がり、私のあとについてきた。
ドレッサーの前にジョルジュを座らせ、染料の準備をする。なんだか妹のおしゃれを手伝っているような気分で、妙に楽しくなる。
「じゃあ、染め直すから、今の色は一度落とすわよ。いいわね」
「……うん」
いかにも不承不承、という感じで、ジョルジュが頷く。私は薬品とシャワーを使いながら、彼女の髪の色を洗い流した。
タチの悪い染料(ほんとにペンキかも)を使ったようで、なかなか落ちない。髪が傷んでしまうけど、やむを得ないだろう。
しばし悪戦苦闘したあと、ようやくすべての色を落とし終わると、そこには黒髪の少女がいた。
(もったいないなあ、ほんとに……)
髪にブラシをかけながら、私はそう思う。とても傷んでしまっているけど、それでも艶のある見事な黒髪だった。遺伝子を色々いじられている私たちニューマンでは、こんな綺麗な黒髪は本当に珍しい。「オリジナル」なら別だけど。
でも、鏡に映った黒髪の自分を、まるで仇のように睨み据えているジョルジュを見ると、とてもそんな感想は伝えられなかった。
「じゃあ、染めていくわね。ジョルジュの瞳の色に合わせて……こんな感じかな」
真紅の染料を選ぶ。ちょっと派手過ぎかも、と思わないでもなかったが、彼女の瞳や、何よりその炎のような気性にぴったりだと考えたのだ。
ジョルジュはおとなしく座っている。
やがて――。
「はい、完成」
「……わあ……」
ジョルジュは目を大きく見開き、鏡の中の自分に見入っていた。首を傾げたり、後ろを向いてみたりして、新しい自分を確かめている。
我ながら、会心の出来だった。
元々素材が悪くないというのもあったけど、真紅の豪奢な輝きはジョルジュをいっそう華やいで見せ、まばゆいばかりの命のきらめきを象徴しているようだった。
ジョルジュも満足してくれたようで、私は初めて彼女の本当の笑顔を見た。ただ、彼女が嬉しかったのは、綺麗に仕上がったことだけではなかったらしい。
「うん、そっくり」
(そっくり……?)
ジョルジュが紅い髪にこだわったのは、誰かの真似をしたかったからなんだろうか。
紅い髪、そして「ジョルジュ」という名前(偽名に決まってる)……そこに糸口がある……調べてみようか。
私がそう考えたとき、ジョルジュが振り向いた。
「ありがとね、ラフィール」
満面の笑顔だった。
その笑顔に、私は詮索する気を一切失ってしまった。
「どういたしまして。でも、定期的に染め直さないと、また元に戻っちゃうからね」
「そうなの? めんどくさいね」
云いながら、ジョルジュは飽きもせず鏡を見つめていた。
本当は、こんな染料を使う昔ながらの面倒くさいやり方じゃなくて、髪の色情報自体を書き換えてしまうこともできる。そうすれば、染め直しの手間もかからない。
だけど、私はそれをやりたくなかった。いつか彼女が、自分の本当の髪の色を恋しく思うことがあるんじゃないか、ううん、今だって本当はそう思ってるんじゃないかって、そんな気がしたから。
内心の屈託を表すことなく、ジョルジュは嬉しげに紅い髪をかき上げていた。
*
結局、ジョルジュが私のところに居着くことはなかった。
十分に体力が回復した頃、ある朝、あの大剣――ドラゴンスレイヤーと共に、忽然と姿を消していた。
私は特に驚かなかった。きっとそうするだろうと思っていたから、いつも鍵をせずにおいたのだ。
「恩知らずな……まったく、獣のような娘だったな」
空になったベッドを見ながら、腕を組んで、アインが憮然と漏らす。
私は肩をすくめながらベッドに近づき、シーツを片づけようとして、それに気づいた。
何かの紙の切れ端に、真紅の染料で乱暴に書き付けられた言葉。
『ありがと』
その置き手紙を見せると、アインは軽く首を傾げただけで、何も云わなかった。
「またその内……会えるんじゃないかな」
「どうして、そう思う?」
「髪をね? 染めてあげなきゃいけないから」
「は? なんだそりゃ」
理解不能、といった感じで両手を上げて、アインは部屋から出て行った。
私はジョルジュの置き手紙を丁寧に畳んで、胸ポケットにそっとしまった。
――ありがとね、ラフィール。
あの笑顔を、なんだか無性にもう一度見たくなった。
「早く帰ってこないと、髪が伸びてまたみっともなくなっちゃうんだからね」
誰もいない部屋の灯りを消して、私はそこを出た。
今夜も、アインに酒の相手をさせよう。
2003.1.8
あとがき
ジョルジュ編外伝です。
遊んでないで本編書かんかい、と云われそうですが(^^ゞ。
いや、ジョルジュ側もちょっとは書いておかないととか思ってですね。アインもいつまで経っても出番がないですし。
……というのは言い訳で、ふと思いついたら書きたくなっただけですm(__)m。
「それは、失われた詩」でジョルジュの過去についてもちょこっと触れたのでですね、少しフォローをってのもありました。謎が増えただけかも知れませんが(^^ゞ。
しかし、私の持ちキャラって、赤いのか黒いのばっかりですな……Σ( ̄□ ̄;)。
ご感想などいただければ、幸いですm(__)m。