intermission - III

 部屋に入るなり、ルルージュは大きなため息を漏らした。
 さすがの彼女にとっても、今日は色々なことがありすぎた。
 北都の感情の振幅の大きさは、正直、ルルージュの理解の外にある。彼女が笑い、怒り、涙を流すその理由が、ルルージュにはわからない。あの日から壊れてしまった心では、受け止められない。
 けれど、それはけして不快なものではなく、ルルージュはただ戸惑いと、不可解な感覚を抱えていた。以前の彼女なら、それが「ぬくもり」だと、知っていたはずだったのだが。
 デ・ロル・レのことは、正直、どうでもよかった。敵として立ちふさがるものは、すべて斬り伏せる。それが何者であれ、変わらない。
 そう、そして。

「……」

 ルルージュはソウルイーターをゆっくり持ち上げた。
 冷たい刃に頬を寄せ、愛おしむように呟く。

「もう少しですわ……あなた……」

 仇敵を為す術もなく見逃したのは、確かに悔しい。
 しかし、向こうから意図を持って接近してきたのだ。必ず、もう一度自分の前に現れる。
 その意図がなんなのか、そんなことはどうでもよかった。意味のない殺戮の日々が、ようやく終わる。終わらせてみせる……。
 再び大きな息を吐き、ルルージュは壁にソウルイーターを立てかけた。
 頭に手をやり、髪を結んでいたリボンをほどく。緋色の鮮やかな髪の毛が、肩先に流れた。

「――そうやって、髪を下ろしたところも素敵だよね〜」

 誰もいないはずの部屋に響く、おっとりした声。
 しかし、ルルージュは驚きもせず、振り返りもしないで、ため息をついた。

「ノックもしないで入るのはおやめなさい、と、何度云えばわかるんですの」

「あはは、ごめ〜ん。北都ちゃんの部屋から、直行しちゃったから〜」

「……北都さんの?」

 眉をひそめて、ルルージュが振り返る。その視線の先では、千鳥がいつも通りニコニコと笑っていた。
 そう、いつも通り。ルルージュでなければ、そう信じただろう、笑顔で。

「……何か?」

「うん、疲れてたみたいでね〜。転移するなり、気絶しちゃったから、部屋まで送ったの〜」

「……」

「北都ちゃん、びっくりしてたよ〜。ルルージュに優しくしてもらって〜」

「……くだらないことを」

 つい、とルルージュは眉間にしわを寄せて目をそらす。
 自分でも、わからない。なぜ、あんなことをしたのか。気づいたら、手が動いて、思いがけないことを口走っていた。

「私にも、昔、同じようにしてくれたことがあったよね〜」

「……」

「そのおかげで……私……生きてこられたよ……」

「……千鳥……?」

 視線を戻すと、やはり千鳥は微笑んでいた。
 その様子は、悲しげではない。慈しみと、感謝と、そして――。

「ごめんね〜、疲れてるとこにおじゃまして。帰るね〜」

 千鳥が踵を返した。今度はちゃんとドアから出ていこうとする姿に、ルルージュは呼びかけた。

「千鳥」

「……な〜に?」

「あなたは少し、頭の悪いところがありますわ」

「……も〜、なにそれ〜?」

 苦笑しつつ、千鳥は振り返った。しかし、ルルージュの真剣な――睨むようでさえある眼差しを受け、面を引き締めた。
 ルルージュは淡々と、言葉を続けた。

「あなたはもう、羅生の身内ではありませんわ。その簡単な事実を、忘れないようになさい」

「……ルルージュ……」

「――おやすみなさい」

 云い捨てると、ルルージュは顔をそらし、ベッドに腰を下ろした。もう千鳥の方を見ようともしない。
 千鳥はわずかな時間、そんなルルージュを見つめていたが、やがて満面の笑顔を浮かべて、ルルージュに手を振った。

「うん、おやすみ〜、ルルージュ」

「……」

 ドアを開けて、千鳥が出ていく。
 静寂が戻った部屋で、ルルージュは組み合わせた両手を額に当て、目を閉じた。
 その姿は、祈りを捧げている聖女のようにさえ見えた。

     *

 自室に入るなり、千鳥もルルージュ同様、大きなため息をついた。
 乱暴なぐらい勢いよく、白いドレスを脱ぎ捨てる。そして、クローゼットを開いて、以前の青い衣装を取り出した。
 そして、着替え終わると、ゆっくり両手を顔の前に掲げた。目を閉じて、少しばかり念を込める。
 千鳥の髪を淡い光が覆った瞬間、染料がはじけ飛んで、髪の色が元の青に戻った。
 最後に帽子をかぶり、千鳥は鏡の前に立つ。新しいドレスを試すかのような仕草で、色々なポーズで自分の姿を確認する。

「うん、ふっか〜つ」

 ニコッと鏡の自分に微笑みかける。が、すぐにいちばん肝心なものを忘れていたことに気づいて、慌ててベッドの下を探った。
 そこには一つのケースがあった。鍵を外して、千鳥はゆっくりとその蓋を開けた。
 入っていたのは、一振りの投刃だった。
 数多の血をすすり、恐怖と憎悪と侮蔑を込めて呼ばれた、「暗殺者のスライサー」。
 千鳥はそれを取り上げて、もう一度、微笑んで見せた。

「完全復活、だね〜」

 その笑みは、やはりルルージュの部屋で見せたのと同様、悲しげではない。
 自分の側にいてくれたひと達への慈しみと感謝と、そして、強い決意を映していた。
 ルルージュの言葉が甦る。

(その簡単な事実を、忘れないようになさい)

 千鳥は笑顔で、頷いた。

「うん、忘れない……。ルルージュと、北都ちゃんと、一緒にいたこと……。そして……」

 スライサーを抱きしめる千鳥。微笑んだままで、涙が一雫、その頬を流れた。

「私が、『青の戦慄』だってことを」


end



2003.7.11


あとがき

ここで問題です。
主人公は誰でしょう?
……。
…………。
………………えーと。
一応、私は三人とも主人公のつもりで書いております。いや、ほんとに(^^ゞ。
「intermission」シリーズは、千鳥に重点を置いているのは確かですけれど。
さて、今回も引っ張るだけ引っ張っておいて、続きはいつ出てくるか不明です。長い目で見守ってくださいm(__)m。
しかし、連載はローテーション組むんじゃなくて、やはりどれか一本に集中するべきなんでしょうか。知ったこっちゃないですか。はい、すみません。
……あとがきになってないな(^^ゞ。
次は予定通り外伝「青の戦慄」か、もしくは本編「闇より招くもの」になります。多分。本編はかなり大きな動きがあります。おそらく。
ご感想などいただければ、幸いですm(__)m。

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