ポケットに手を突っ込んで、背中を丸めて、とぼとぼと信は歩いていた。
 情けない、と我ながら思う。傍目にもわかるほど、意気消沈していた。
 ――けれど、不思議と惨めな気持ちではなかった。
 ようやくアパートの前まで帰り着く。
 ドアの前では、黒髪の美しい女性が座り込んでいた。膝を抱えてうつむく姿には、置き去りにされた子供のような心細さがあったが、目の前に立った信に気づくと、いつものようにニッと唇の端だけで笑って見せた。

「おかえり」
「……ああ」

 短く頷いて、信は彼女――真冬の横に自分も腰を下ろした。さっきまで真冬がそうしていたように、膝を抱えて顎を乗せた。
 どうして、とか、いつから、とか、信は訊かなかった。自分を殴ったあのときから、ずっとここで待っていたのだろう。そんなことは、わかりきっていた。彼女ならきっとそうすると。
 そして、真冬もまた何も尋ねようとせず、ただ信と肩を並べて座っていた。

「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……聞かないのか?」

 沈黙を破る気になったのは、信が先だった。
 けして居心地の悪さを感じていたわけではなかったが、自分に活を入れてくれた真冬には、きちんと報告をしておかなければいけないと思った。だが。

「顔見ればわかるわ。『ふられました』って太字で書いてある」

 そう云って、やはり真冬は意地悪く微笑むのだった。
 信は苦笑しつつ、頭をかいた。

「……ちぇっ」
「……」
「やっぱ、最初からわかってたことだよ」
「でも、すっきりしたでしょ?」

 真冬の声のトーンが、少しだけ変わった。
 そのせいで、不覚にも信は込み上げるものを抑えられなくなる。膝の上に顔を埋めて、せめて情けない面を見せないようにした。

「……そう、だな」
「慰めてあげようか?」
「……いい」
「そう」
「ただ……ちょっとだけ、ここにいてくれ」
「……わかった。いるよ。ずっといる」
「………………」
「男がふられたぐらいで泣くんじゃないの」

 震える信の肩に、真冬はそっと、そっと、頭をもたれさせた。




Memories Off EX
『あんなに一緒だったのに』

唯笑編・第二部「君がいた物語」