信は、走っていた。

(真冬ちゃん、いなくなっちゃったんだよ)

 唯笑から、その言葉を聞かされたとき。
 信には、信じられなかった。そんなはずがないと思った。
 だから、いつもと同じように笑い飛ばそうとして――、どうしても笑顔が浮かばないことに、気づいた。
 ぎこちない奇妙な表情で、信は答えた。

(な、何云ってるんだよ、唯笑ちゃん。そんなわけ……)
(ホントだよっ! ホントに……ホントに、出てっちゃったんだよ……)
(……)
(ホンマの話よ)
(由美ちゃん)
(あの子、本気やわ。『さよなら』って、云われてしもうた)
(なんで、なんで、止めなかった……っ)
(――それを、信くん、あんたが云うのん?)

 淡々とした口調とは裏腹に、眼鏡の奥の瞳を涙でいっぱいにして、由美子は信を睨んだ。
 その瞬間、信は駆け出していた。

(多分、空港)

 背中に受けた由美子の言葉が真実であるよう、祈りながら。
 駅への道を走り、電車の中では少しでも速く進むよう歯がみし、乗り換えでは再び走り、エスカレーターを駆け上り。
 そして。

「真冬っ!!」

 搭乗者ゲートに入ろうとする黒髪の後ろ姿に、叫んだ。
 彼女は振り向かない。
 信はそのあとを追おうとするが、当然、警備員に阻まれることになった。

「お客様、困ります、ここから先は――」
「真冬っ! お前、どこ行くんだよ! 真冬!!」
「……」
「いい加減にしないか! これ以上は……」
「真冬!! お前、云ったじゃないかよ! ずっといるって、そう云ったじゃないか! 真冬!!」

 次第に遠ざかる後ろ姿。
 そして、真冬はようやく振り向いた。信をまっすぐに見つめ――。
 ニッ、と唇の端だけで笑って見せた。

「――――――っ!! 真冬ーーーーーっ!!」




Memories Off EX
『あんなに一緒だったのに』

唯笑編・第二部「君がいた物語」