スタッフロールの流れ始めた画面を眺めながら、かるは溜息を吐いた。
「……何よ、これ」
今年の初めに公開され、話題となった超大作。全米の興行収入記録を更新したというその作品を、受験の為にリアルタイムで観ることの出来なかったかおるは、レンタルが開始される日を楽しみにしていたのだ。
そして今日がレンタルの解禁日。期待に胸を膨らませながらその作品のDVDを借りてきたかおるだったが……。
見終わっての第一声が、先ほどの台詞である。
正直、この映画のどこが面白いのか、かおるには全く理解できなかった。
お金は掛かっているのだろうと思う。特殊効果も凄かった。でも、それだけだ。一番重要なストーリーは、平坦で面白みに欠け、まるで子供騙し。原作は面白かったのに、あれがどうやったらこんなに詰まらない映画になるんだろう?
私の2時間半を返せ、と言いたい。
こんな詰まらん映画を作ったスタッフの名前などどうでもいいとばかりに、スタッフロールの途中でDVDディスクを取り出したかおるは、それをパッケージに仕舞いながらふと、雨の音が強くなっていることに気が付いた。
カーテンを少しだけ開け、外の様子を窺う。ちょうど映画を見始めた頃に降り始めた雨は、いつのまにか土砂降りになっていた。
「ハァ……」
明日の通学のことを考えると、自然と溜息が漏れた。
かおるの家から最寄の駅までは、徒歩で20分。雨の中を歩くには、多少遠い距離と言えた。
朝までにやんでくれるといいけど、などと思いつつ、カーテンを閉める。
時計を見ると、もう2時を回っていた。流石にもう寝ないと、明日の朝が辛い。
かおるはベッドに腰掛けると、アラームをセットする為に携帯を手に取った。その瞬間を見計らったかのように、携帯が軽快なメロディーを奏で始める。
「きゃっ」
あまりのタイミングに少し驚きながら、手元の携帯を見やる。最近機種変更したばかりのその携帯が、サブディスプレイを光らせながら誰かからの着信を報せていた。
深夜の2時である。こんな時間に他愛も無い用件で電話を掛けてくるような非常識な人間は、自分の知り合いにはいないはずだった。不信に思いながらもサブディスプレイを確認すると、そこには先日この携帯のカメラで撮ったばかりの、三上智也の顔写真が映し出されていた。
「智也? ……こんな時間になんだろ?」
呟きながら、通話ボタンを押し、携帯を耳に当てる。
途端、酷いノイズがかおるの耳を襲った。
「……っ!」
思わず携帯を耳から遠ざける。
それでも、携帯のスピーカーからは微かにノイズ音が聞こえていた。
まさかもう壊れちゃったの? などと思いつつ、もう一度携帯を耳に当ててみる。
聴こえるのは、相変わらずのノイズ音──いや、違う?
不意にかおるは理解した。これは、雨音だ。まさか、外から掛けているのだろうか?
「……智也?」
呼びかけるが、応えは無い。ただ激しい雨音だけが、かおるの耳を打ち据える。
「どうしたの、智也? まさか外から掛けてるの?」
再度の呼びかけにも、相変わらずの沈黙。
ならばと思い、かおるがもう一度呼びかけようとした、その瞬間。
「……かおる?」
雨音に紛れて微かに、智也の声が聴こえた。
その時。
なぜ、そう思ったのかは解らない。けれど、かおるには解ったのだ。智也のいる場所が。
(まさかっ!!)
心中で叫びつつ、かおるは窓に飛びつきカーテンを開け放った。室内の明かりが窓に反射し、真っ暗な外はよく見えない。かおるは躊躇い無く、その窓を開け放った。
とたんに強くなる雨音。まさに豪雨だ。
開け放たれた窓からは、容赦なく雨が降り注いでくる。けれどかおるはそんなことを気にも止めず、暗闇に目を凝らした。
───家の前、アスファルトで舗装されたその道の上に、何かの影が見えたような気がした。
次の瞬間、かおるは駆け出していた。
階段を駆け降り、靴を履くのももどかしく、玄関から外へ飛び出す。
果たしてそこには、全身を雨に打たれながら、どこかぼんやりとかおるの部屋を見上げている、智也の姿があった。
「智也っ!」
かおるが慌てて駆け寄る。
智也が、ゆっくりとその視線を下ろし、振り向いた。
「……よお。……ゴメンな、こんな時間に」
真夜中の土砂降りの雨の中、すぐ傍にいるのに、智也の表情は良く見えなかった。
けれど、こんな時間にずぶ濡れになりながら立ち尽くしているのだ。よほどの事があったに違いない。
「それはいいから。……ね、どうしたの、智也?」
「……オレ、バカだよなぁ。……こんな時間に、こんな場所で……何してるんだろう」
「智也……」
明らかに自嘲を含んだその口調に、かおるは思わず息を呑んだ。
どう声を掛けていいか解らず、無意識にその手を握る。いつから雨に打たれていたのだろうか、智也のその手は、氷の様に冷たかった。
(こんなになるまで……何してるのよ)
不意に涙が込み上げる。
こんな智也の姿を見るのは、初めてだった。そして初めて見るその姿は、かおるの心を酷く苦しくさせた。
「けど……けどさ、オレ、バカだから……ここしか、思い浮かばなかったんだ。かおるに迷惑かけるのは解りきってるのに。……それでも、ここしか……思い浮かばなかったんだ……」
真夜中の土砂降りの雨の中、すぐ傍にいるのに、智也の表情は良く見えなかった。
それでも、かおるには、智也が泣いているように見えた。
その姿は儚げで、今目の前にいるのに、まるでそこにいないようだった。
だからかおるは、
「……バカ」
そっと、智也を抱きしめた。
「……迷惑なわけ、ないじゃない」
智也が、どこかに消えてしまわないように。
Memories Off
EX
『あんなに一緒だったのに』
かおる編『あいのかたち』 予告編3