「……煙草」
「え?」
わたしが眉を寄せながら言った言葉で、初めてそれに気づいた様子の三上クンが顔を上げる。その指に挟まれているのは、多分、無意識に取り出した、一本の煙草。
「あ。すいません、つい」
「……いつから吸っていたの?」
教授たちの喫煙用に置いてある灰皿を、彼の方へ押しやりながら、わたしは訊いた。
いつもの研究室で、本当なら今日もわたしひとりで留守番だったハズだけど。PCのかすかな起動音だけが響くその静かな空間に、今は彼――三上智也クンが訪ねて来ていた。
「いつからだったかなぁ……まあ、ここしばらく」
少しはにかむように笑ってから、手慣れた仕草でライターを取り出す彼。
キン。シュボッ……。
それから火の点いた煙草を、ためらわず口に運んで、一服。
「ふぅ……」
(……昨日今日じゃないのね)
板についた一連の動作から、わたしは、彼がもう吸い慣れていることを察した。
「……未成年」
「う。固いこと言わないで下さいよ、もうオレも大学生なんだし。あ――それとも、夢眠さんも煙草、嫌いですか」
「わたしは……別に」
ウソ。本当は、あの匂いが苦手。
……あれ?
「わたし『も』?」
普段なら聞き流してしまいそうな言葉に、なぜか、引っかかる。
「あ――あぁ、いやぁ、その……唯笑には黙っておいてくれませんか」
「……ふぅ。そういうこと」
幼なじみの彼女か。なんとなく、納得。
あの子なら確かに、煙草なんてダメって、言いそうだもの。
「あいつ……今、帰って来てるんですよ」
「あ……そうなんだ」
ひさしぶりね、会いたいな――そんな言葉が……続かない。小夜美なら迷うことなくそう言っているだろう、簡単な社交辞令が、わたしの口からは出てこない。
だから会話が、途切れ途切れになってしまう。応接用のソファーに向かい合って、座ったまま、ふたりの間に漂うのは、紫煙ばかり。
三上クンが煙草を取り出したのは、こういう「間」を、埋めたくなったからなのかもしれない。
(……ダメだなぁ、わたし)
やっぱり、こういうのは、苦手。
三上クンが今日、ソフトを受け取りに来ることは、もうずいぶん前から約束していたことなのに。ディスクにコピーしたそれを準備するのは、苦じゃなくて。本当に大変なのは、実際に顔を合わせて渡すことの方で。
どれだけメールや電話をやり取りしても、現実に会って話すのは、未だに、慣れない。
「……あー、じゃあこれ、ありがたくもらっていきます。インストールしてまたわからないことがあったら、メールしてもいいですか?」
「あ、うん。どうぞ」
それなら遠慮しないで……って、そう言うのも、どこか間違っている気がして、言葉を飲み込む。
本当にダメな――わたし。
Memories Off EX
『あんなに一緒だったのに』
夢眠編「推奨環境」