すぐに戻るから、そう云って小夜美が席を外してから、もう十分以上経過していた。
たった十分、誰もがそう云うかも知れない。だけど、わたしにすれば、それは途方に暮れるほど長い時間だった。こうして、男の人と二人きりで向かい合っているには。
彼――桜井くんは、椅子にもたれて窓の外を眺めている。
わたしはとっくに空になった珈琲の紙コップを手でもてあそびながら、何か話題を探そうと顔を上げては下ろす、という不審な行動を繰り返していた。
桜井くんは、何も喋らない。
無口ってわけじゃないんだけど、余計なことはあまり口にしないタチだ。あのよく喋る小夜美と幼馴染みだから、そういう風になっちゃったんだろうか。
かといって、退屈している風でもない。もちろん、わたしを無視しているわけでもない。
本当、彼はただ、無駄口を叩かないタイプだったのだ。
だから、わたしの方も無理に話題を探しておたおたする必要は全然なかったんだけど、なぜか黙ったままではいたくなかった。つまらない女だって、思われたくない――。
「あ、そうだ、成沢」
「え、ええっ!?」
思考が奇妙な結論に辿り着きそうになったとき、何かを思い出したように、桜井くんが口を開いた。わたしは狼狽して、思わず立ち上がりそうになってしまう。
「……どうした?」
「う、ううん、なんでも、なに?」
うつむいて、上目遣いに先を促す。こんなとき、眼鏡は表情を隠すのに便利だ。赤面してしまったのは、隠しようがなかったけど。
……小夜美が聞いたら、また後ろ向きな発想だって云うんだろうなあ。
「うん? ああ、成沢もあの澄空の連中と仲いいんだっけ?」
「澄空って……三上クンたちのこと?」
「ああ、そうそう、そいつら」
「仲いいってほどじゃ……時々、メールもらったりするけど……」
そういうのを仲いいって云うんでしょ。友達じゃない! ……小夜美のツッコミが浮かんでくる。
でもやっぱり、桜井くんは余計なことは喋らないのだ。
「なんか揉めてるのか、あいつら? 小夜美が妙に気にしてるみたいなんだけど」
「……ああ」
唯笑ちゃんのこと、かな。やっぱり。それとも――。
わたしがどう説明したものか、言い淀んでいると、その間をどんな風に解釈したのか、彼は肩をすくめてまた窓の外を見た。
……会話、終わっちゃったのかな。
落胆を表さないよう、眼鏡を直すふりをして、下を向く。すると。
「ほんと、あいつもお節介なタチだよな」
「……え?」
顔を上げると、桜井くんは外を向いたまま苦笑していた。
「何とかしてやりたいって気持ちはわかるけど、当人同士じゃなきゃどうにもならないことだってあるだろうに。恋愛なんて特に、な」
「……う、うん」
同意を求めるように、最後、彼は流し目でわたしを見た。
慌てて頷いたものの、わたしにはよくわからない。
三上クンたちが本当に苦しんでいる理由はなんなのか。
桜井くんが、小夜美の話をするとき、どうしてそんなに優しい目をするのか。
それを見ているのが、どうして、こんなに――。
「お待たせっ。コピー機混んでてね〜」
明るい声に、はっと我に返る。小夜美が帰ってきていた。
ごく自然な仕草で、桜井くんが席を少し譲る。
ごく当たり前のことのように、小夜美が桜井くんの隣に腰を下ろす。
――そんなことが、どうして、こんなに。
わたしには、理解不能だった。
Memories Off EX
『あんなに一緒だったのに』
夢眠編「回線障害」