伊吹みなもにとって、その少女の第一印象を端的に表すとするなら、

(うわーっ! うわーっ! うわーっ!)

 ……という感じだった。
 とても愛らしい、というか、非常に迫力のある少女だ。
 かなり小柄ではある。みなもとおそらくほとんど変わらないので、150センチあるかないかだろう。明るい栗色で、長くボリュームのある髪を、高々とポニーテールに結わえていた。
 そして何より、大きく、強い輝きを持つ、その瞳。
 シカ電の中で彼女を見つけて以来、みなもは片時も目を離せなくなっていた。
 彼女がシカ電を降りると、そのままふらふらと後をついていってしまう。
 ――幸い、目的地は同じであるはずだったが。少女は澄空学園の制服を着ていた。

(新入生だな、きっと。あんな子、今まで学校にいたなら、目立たないはずないし……。ああ、ほんと、可愛いなあ。モデルやってくれないかなあ)

 桜の舞う季節。入学式に向かう人々の中を、少女は毅然と背筋を伸ばし、みなもはその数メートル後を歩いていた。
 声をかけたいと思う。しかし、そんないきなりで、変な先輩だと思われないだろうか。
 そうして逡巡を繰り返しているうち、別の人物に先を越されてしまった。

「……あ」

 他校の男子生徒が、少女に声をかけている。あの制服は、イッコーかな?
 はじめ知り合いなのかと思ったが、少女には歓迎している様子は見えない。無視同然に歩き続けている。少年はそれにもめげず、懸命に話し続けていた。

(なんだろう……もしかして、ナンパ? ……あっ)

 ついに業を煮やしたのか、少年が少女の腕を掴んだ。険しく眉をひそめた少女が、それを振り払おうとする。その姿を見た瞬間――。

「待てよ、さやか!」
「うるっさい! あたしの知ったことじゃ――」
「やめてくださいっ」
「――うわっ」

 ガンッ、と鈍い音が鳴り、少年は頭を抱えてうずくまった。
 その背後には、畳んだイーゼルを両手に構え、目を据わらせたみなもが立っている。

「大吾! ……あなた……」
「早くっ。今のうちに、逃げなきゃ!」
「え、え、ええっ!?」

 少女の手を取り、みなもは駆け出した。
 周りの人々が何事かと振り向く中、小柄な少女二人組は、互いに長い髪をなびかせながら、転がるように走った。

「ま、待って、ちょっと」
「大丈夫! 学校まで逃げ込んじゃえば、平気だから!」
「ち、違います、あの、そうじゃなくて」
「早く早く!」
「だから、違うって! それに、こんなに走ったりしちゃダメじゃないですか、みなもさん!」
「……え?」

 思いがけず名前を呼ばれて、みなもはつい足を止めてしまった。
 振り返ると、少女はにっこりと、満面の笑顔を浮かべた。

「伊吹みなもさん、でしょ?」
「うん、そうだけど、どうして……?」
「だって……」

 笑顔のまま、びしっとみなもを指さす。

「ちっこくて」

 びしっ

「長いツインテール」

 びしっ

「でっかいイーゼルにキャンバス」

 ひとつひとつ指さし確認をするように繰り返し、そして最後に、少女はみなもの鼻先にびしっと指を突きつけ、もう一度嬉しそうに笑った。
 その笑顔を、なぜかみなもは知っている気がした。

「見た目によらない行動力」
「あ、あの……?」
「お姉ちゃんから聞いた通りです」
「お姉さん……?」
「はい!」

 元気よく答えると、少女はおどけた仕草で、敬礼をして見せた。

「音羽さやか! 今日から澄空学園一年生です。よろしく、先輩!」




Memories Off EX
『あんなに一緒だったのに』

みなも編「らいおんハート」