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魔界電脳伝

「それじゃ、この娘はいただいていきますよ。」間のびした声とともに扉が閉まった。
部屋の中には血と硝煙の匂いが充満していた。やくざな連中に特有の大きな調度品が飾ってあり、豪華なソファーと椅子が中央にある部屋である。
ソファーの横にはいまだにうっすらと硝煙の煙をはいている大型拳銃が、それを握っている手首といっしょに落ちていた。そのほかにも、周辺には人間の手足とおぼしきものが散乱している。中には、ハイヒールをはいた女の足らしきものもある。
死体は全部で3体あった。見るからに幹部とおぼしき服装をした中年男と、迎撃用武器の制御コンソールに近づこうとして、その前に倒れている派手な服装をした女、肩を袈裟がけに切られ、粗暴な顔つきだが未だ幼さの残る顔をしたチンピラのような男が倒れている。

絨毯に染み込んだ血がどんよりと固まる兆しを見せだしたころ、ビッと電流のショートする煙が上がり、死体の一つが痙攣した。煙はチンピラの肩の傷口からあがっていた。ぱっくりあいた肩の傷からはサイボーグ手術の結果らしい色とりどりのコードの切断面が見えた。
「痛てえ、痛てえよ。」チンピラの顔が生気を取り戻した。すでにほとんどの血液は流れ出しているらしく白い顔色をしている。「あにきー、姐さん」ひとしきり叫んだ後、帰ってくる答えがないのに気付いた後は、残った一本の腕と足でコンソールの方に這いずりだした。這いずった後には凝固しかけた血液と身体からにじみ出るオイルの痕が、なめくじのはったように残している。

男はなんとか武器コンソールの脇の壁にたどりつき、壁に体を持たせかけた。脳への血液の供給が不足しているらしく、呆けたような顔をしている。壁の一部に手を置くと新しいコンソールが開く。男はそこから光ケーブルらしいケーブルを引出し、自分の髪に隠れているジャックに接続した。コンソールが生気をおび、数々のライトが点滅しだした。そして男はぐったりと壁に寄りかかりながら、かすかな声でつぶやきだした。
「兄貴も姐さんも死んじまったー。」「二人とも行き場所の無い俺にはよくしてくれたなー。それが何で蛆虫みたいに殺されなくっちゃいけないんだ、えー。区外の尻軽娘をひとりたらしこんだだけじゃねーか。面白いところへ連れていってって言ったのはあのアマなんだぜ。あんな女と俺達3人分の命がつりあうってのかよ・・。」ライトの点滅はますます早くなり、電子機器は全力運転に入ったのか微かな唸りさえあげだした。
「あにきー、高い金を出して俺をサイボーグにしてくれたのは無駄にはしま せんぜ・・」「ひゃははははー、いてー、いてーぜ・・・・・いい気持ちだー。 まってろよ・・・・・いまいくからよー・・・・・ 秋・・・・・せ・・・・・・つ・・・・・・ら・・・。」

その日の秋煎餅店の周囲にはいつもとは少し違った雰囲気が漂っていた。街路のあちこちから店を遠巻きに眺める人々は、あるものは溜め息をつき中には涙ぐむ女性の姿もあった。そんな空気を知ってか知らずか、黒衣の美影身はがらがらとガラス戸を開けて店に滑り込んだ。

「おはようございます。」先日から通って来ているアルバイトの店員が挨拶をする。この女の子はいまだに店長の顔をまともに見られないようで、伏し目がちに喋っている。
「売り上げは、どうかな?」
「今日はまだ一人もなんですよ。」
「ふーん。」などと喋っているときに電話がなった。
「店長、お電話です。情報屋さんといえばわかるっていうひとから。」
「はいはい。」怪訝そうに、眉をよせながらせつらは電話をとった。受話器のむこうから野太いイノシシのような声がする。

「ぶう。」
「食事の件ならこの前お断りしたはずですが・・。」
「そんなことどーでもいいわよ、ぶう。あたしの使っているあっちこっちの情報源やネットワークから妙な情報が入ってくるもんで、一応あんたに確認しておきたいのよ。まさかとは思うけど、あんた結婚するってほんとなの?。」
「はぁーー!?」この美しい唇から飛び出したとは思えない素っ頓狂な声が、煎餅店の中に響いた。

「いや、あちこちのデータベースにアクセスするとあんたの情報がめちゃめちゃになってるのよ。この間入籍したところだとか、もう4人の子持ちだとか、実は女だったとか。こんな噂が広まったりしたら、まったく商売あがったりだわさ。」
「ははあ、最近僕の顔写真入りの本を誰かが売ってまわっているというのは、まさか・・」
「あわわ・・」電話の向こうで、でぶが慌てて後ずさりする音が聞こえた。ご丁寧に、なにかひっくり返したようでガシャーン、熱つっという声も聞こえる。
「ふぅふぅ、しらないわよ、そんなこと。かわりに、いいことを教えてあげるわ。こないだあんたが片付けた、3人組のチンピラねえ、うわさでは相当やばい代物を、持っていたらしいわよ。」
「やばい代物?。」
「旧ソ連から流れて来た、軍事用のアイス・ブレーカー。相手のコンピューターに潜り込んで好き勝手に操れるプログラムよ。欠陥品で使ったやつが何人も死んでいるし、誰も解読出来ないものだから、舎弟の一人を情報処理用のサイボーグにしたてて鉄砲玉にしようとしていたらしいわ。まあ、チンピラ一人くらい死んでも、その前に銀行のコンピューターでもいじくってくれば儲け物と思ってたらしいけど、あんたに片付けられちゃ同じ事よね。」

男は、電子ネットワークの通信空間の中で情報体として、浮いていた。回りには、魔界都市の中の総てのデータが川の流れのように行きかっている。それをぼんやりと眺めながら、男の思考がのろのろと働いた。
「俺は誰だ。ここは・・・思い出せない・・・・ 痛い・・・・痛み・・・・せ・・つ・・・ら・ せつらーーーーっ」目覚めた男は手当たり次第に色々なデータベースに電子の触手を放った、それらの触手は監視プログラムのわずかな隙間から入り込み、せつらのデータを捜した。見つけたデータは電子の顎(あぎと)で食いつき飲み込んでしまった。飲み込んだ後は適当なデータで埋めておく。そして。

「ブォォン、ブゥゥン、ウォォォォォン。」突然、受話器にハム音とも唸り声とも聞こえるノイズが入って来た。
「ここにいたのかー。あきせつらだな。」受話器から、ひどく遠くから聞こえるような声がした。
「・・・・・・・・・・。」
「さがしたぜー。俺がだれだかわかるかー、おまえに殺された男だよ。」
「・・・・・・・・・・。」
「痛かったぜー、死んだ時はよ、俺がどこにいるかわかるか、得意な糸をなげてみな。俺のいるところに届くかな。お前のすぐそばにいるぜ。」

煎餅店の前の通りの店には、魔界都市の必需品ともいえる監視カメラが設置されている。それらのカメラが一斉に首を振り煎餅店の中を覗きこんだ。
「俺にはお前が良く見えるぜ。いい男だな、おめーは。俺が見えるか。俺は魔界都市のどこにでもいるんだ。」ガチャガチャと音がして、秋煎餅店の近くの店やビルに取り付けられた、夜間防衛用の武器がせり出して来た。
「ひゃはははは、死ねやー。」最初にレーザーの一斉掃射があった。しかし黒い影はすでに空中にあった。一本の妖糸に支えられて、天井近くに止まった姿は黒いコウモリを思わせる。
「きゃーっ。」後ろで悲鳴が聞こえる。
「しまった。」せつらは、バイトの女店員のところに走った。せり出した武器たちは、既にせつらの放った妖糸によって切断されている。
「店長さん、わたし・・。」
「いいから喋るんじゃない。」 傷は致命傷ではないにしても、すぐに処置しないと命にかかわるものだった。
高出力レーザーは人間の肉体など簡単に貫通し、内臓に損傷を与えていた。傷口が焼けるので出血が少ないのだけが救いだった。
「あいつのところか。」せつらは店員をマントの中に抱き上げた。ショック症状を起こして、意識はもうろうとしている。妖糸に導かれるように黒い影は空中に飛び上がった。
次々と糸を飛ばして空中を高速で移動する。 ゆくさきざきの町並みが、狂気の笑い声と武器の乱射をもって魔人の進行を阻もうとした。しかしそのたびに、乱舞する妖糸の群れが町並みを叩き伏せていく。それはあたかも魔界都市全体が、若き魔人に戦いを挑んでいるようにも見えた。

魔界一の病院は、いつもの通り静かな雰囲気が漂っていた。どさどさと入って来たせつらを見て、待合室の患者達は驚きの目をむけた。さしもの魔人も怪我人をかかえての戦闘は辛かったとみえて、マントや衣服の端々は、レーザーの焦げた痕や腐蝕性のガスの染みなどで薄汚れていた。
顔や髪も爆風のためか少し汚れていたが、それでも待合室の総てのもの達にため息をつかせるには十分であった。そして、女性の患者達は腕に抱かれた娘に羨望のまなざしを送るのだった。
せつらは、顔見知りの婦長に怪我人をそっと渡した。
「この娘を、頼みます。」
「はい、承知いたしました。」
「メフィストは?。」
「院長先生は地下の実験室においでだと思います。」
「わかった。」そういって、せつらは病院の廊下をすたすたと歩いていった。

男には電子ネットワークは、格子状の光の世界として認識されていた。男はせつらを追って大きな壁のように見えるものに近づいていった。メフィスト病院、魔界都市のネットワークの中でもひときわ閉鎖的なそれは黒く巨大なモノリスのようにそそり立っていて、外部とのアクセスはごく限られたゲートでしか行われていない。男は、自らを一片の医薬品の請求書のデータに装って、ゲートへ進入した。抜けた。ゲートを通り抜けた男は、患者のデータ、薬のレシピ、病院内の連絡文書などになどに次々と姿を変え、システムの深みに潜り込んでいった。

地下におりたせつらをまるで待っていたかのように実験室の扉が開いた。奇怪な器具が立ち並ぶ奥の方から巨大な機械がゆっくりと首をもたげる。荷電粒子砲である。使い方によっては、水爆並みの破壊力を持つ兵器は今うなりをあげてエネルギーをため込んでいる。壁のスピーカーから男の声がする。
「切ってみろ。今切れば大爆発を起して病院ごとふっとぶぜー。後生大事に抱えて来た女もいっしょにな。」マシンの照準に付いている赤いレーザーサイトがせつらの額を捉える。

「俺の中は空っぽだ。もう何にも感じねえ・・・・感じるのは死んだ時の痛み・・、もうそれしか残ってねえんだ。それにしてもここのコンピューターはすげえ。この町の総てのの知識がびっしりだ。俺はデータをそっくり飲み込んで、この町の、魔界都市の神になるんだ。」せつらは動かない。額に真紅の光線の印をつけながら立つ姿は凄愴な美しさをたたえている。その双瞳は目の前の砲口をじっと見つめていた。
「なんだぁ・・・・頭がはじけそうだ・・・もういい・・・知識を吸うのをやめろ・・・・おぉぉ、とまらない・・・爆発してしまう。」勝ち誇っていた男の声の調子が急に変わった。
「そうか、そうだったのか・・・これが・・これが魔界都市の真の姿か・・・・・・・・恐ろしい・・・俺は・・恐ろしい・・・・・・。」まるで震えているように、荷電粒子砲の砲身がゆらぎはじめた。

男はメモリー空間の中で身動き出来なくなったのに気がついた。今まで活発にデータのやり取りをやっていたゲートはすべて閉じてしまっていた。そして、さからいようの無い引力が男を引っ張っていく。ためこんだデータが引き剥がされ、まるで小さな瓶に閉じこめられていく魔神のように、意識全体ががぎしぎしと圧縮されていく。容赦ない圧力に押し潰されながら、男はあれほど望んでいた「痛み」を確かに感じていた。意識が消えるその時まで男は笑っていた。

「貸しだな。」いつからいたのか、背後に白い医師が立っていた。
「ああ。」黒衣の影が答えた。コンピューターに通じる総ての回線を一瞬のうちに断ち切った妖糸は既にその手の中に戻っていた。

「コンピューターはいいのか。」
「いくつもあるサブコンピューターの一つにすぎん。もう自己修復が始まっているはずだ。」ドクター・メフィストは机のコンソールの上で指輪を振った。かたっと音がして一枚の光磁気ディスクが吐き出された。
ドクターはその繊手にディスクを取り上げ眺めながら、「人知を越える知識というものは、人には無用の物だな。」とつぶやく。
「ところで、この男の圧縮データはどうするね。出来れば研究材料として保存しておきたいのだが。」
言い終える前にディスクはドクターの手から離れ、何等分にも割れ落ちて虹色の断面を見せた。
「無粋な男だな。」
「そいつはとうに死んでいたのさ。医者は生者のみをあつかうものだ。」そう言いはなって、黒衣の影は実験室から去っていった。                        END


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