続・神さんが降りてきた。

    アメリカ人になりたい。

 うちはずっとアメリカ人になりたいと思てた。小さい頃から好きになるアイドルはアメリカのグループやったし、友だちはスマップがええとか言うけど、うちは絶対、ストリートボーダーズの方が、日本のスマップとかより歌も踊りもうまいと思う。映画見てても、かっこええと思うのはアメリカ人の出てる映画や。日本人の俳優がいくら頑張っても、うちは絶対ブラピの方がかっこええと思うねん。
 うちの家は二軒ひっついた家で、ひっついてるけど隣は親戚とかとちゃう人が住んでる。家買うんやったら今が最後のチャンスや、言うて、お父ちゃんが張り切って、うちが生まれてすぐ買いはったらしい。小さい家やけど一戸建てやでって、いっつもお父ちゃんは自慢してはる。けど、うちはアメリカの映画とかテレビに出てくるような広い庭があってプールがあって、芝生に寝転がって本を読んだり出来るようなそんな生活に憧れてた。時々、黒人ばっかり住んでるような街がテレビに映ったりするけど、黒人は家は小さいけど、ヒップホップ踊れたり、ラップ歌えたりするからかっこええと思う。
 うちはダンスもでけへんし、歌もへたやし、英語もでけへん。好きなストリートボーダーズが日本に来て、難波のビッグステップでライブしたときも、うちがなんぼ応援したって日本語やったらわかってもらわれへん。同じクラスの子と一緒にいってんけど、その子は大声でニックの名前を叫んでた。けど、名前もちゃんと英語の発音で言わなあかんとうちは思う。そやから、うちは応援したかったけど、黙って見てた。「One」いう曲、聞いてる時も、身体だけ揺らしてじっと見てた。しゃべられへん言葉で無理に応援するより、じっと見てる方が、こっち見てくれるんとちゃうかなあって思たんや。ニックがビデオの中で、ちょっと首
かしげながら、カメラの方を見るシーンがあんねんけど、あんな風にうちのこと見てくれるんちゃうかなあって思てたんや。けど、こっち見てくれへん。なんや、ものすごう悲しいなってきて、うちえらい派手なライブの真っ最中に泣いてしもた。気持ちが伝わらへんて、こんな辛いんかって初めて思た。次の日、うちはお父ちゃんに英語習わしてって頼んだ。そしたら、お父ちゃんはえらい怒らはって、学校で勉強しても覚えられへんのに何が駅前留学じゃ、言うた。うちも最初っから、英語習いに行ってもどうせ覚えられへんことはわかってたよ。どうせうちアホやもん。アホかてアメリカに憧れるのは勝手やろ?うちはアメリカ人になりたいんや。アメリカ人が無理やったら、フランス人でもええし、ドイツ人でもええ。あ、そやけど、ストリートボーダーズがアメリカ人やから、やっぱりアメリカ人がええなあ。
 その日、うちらの学校はちょうど三学期の期末試験が終わって、いつもより早めに家に帰ろうとしててん。来年は大学受験やいうのに、うちは志望校も決まってへんし、部活のソフトボール部も二年生になってからさぼってて全然行ってへんし、仲の良かった友達ともなんやうまいこといかへんようになってて、何もかもがおもしろくなくて、かといってグレるほどのきっかけもないし、それなりに男の子には興味はあるけど、彼氏もいてへんし…。そう考えてると、なんや、全部が日本人に生まれてきたからやいう気がして、うちは、学校からの帰り道、ずっと、アメリカアメリカアメリカアメリカアメリカ…って知らんうちに小さな声でぶつぶつつぶやきながら歩いとってん。そうやって歩いてたらな、小さな美容院の前に立っとってん。家までの帰り道にこんな美容院あったかなあ、思いながら店の中見てたら、綺麗なお姉さんが笑いかけてくれはって、ドアあけてどうぞいいはった。うちは自然にその美容院に入ってしもたんよ。
 お姉さんは、どんな髪型にしますか、いうて聞くねんけど、全然何も考えてなかったから焦ったよ。けどな、ずっと考えてたみたいに、金髪にしてください、言うとった。うち、その時制服着てたから、お姉さんびっくりしはって、金髪にして学校は大丈夫?て聞きはんねん。ものごっついええお姉さんやろ。なんか、このお姉さん悲しませたらあかんわ思て、普通のカットにしてください、言うてた。そしたら、お姉さん、うちの髪の毛ちょっとだけつまんで、ここだけちょっと金髪にしたげるわ、言うねん。そんでな、日曜日の夜、もう一回ここ来たら、ちゃんと黒く染めたげるって。うちなんか泣きそうになって、それでも鏡に映った顔はえらい笑ろてるねん。へんやろ。あほやろ。いつもやったら、美容院行ってる間、うちずっと寝てるねん。けどな、その時はずっと起きてた。ずっと起きてて、自分の髪の毛がちょっとだけアメリカ人になるのをずっとずっと見てた。途中でお姉さんと目がおうて、お姉さんが笑ろてくれたとき、うちものすごい自然にありがとうって言うてた。髪の毛脱色したら、その分、日本人が脱色できるようなそんな気がしてん。
 美容院出てからうちはカーブミラーとか、小さなブティックの窓ガラスとか、自分が映るもんなら、どこでも立ち止まってちょっとだけアメリカ人になった髪の毛を見てた。自分の頭に一筋だけ金髪になったとこがあって、ほかの人が見たらただのファッションみたいに見えたかも知れんけど、うちにしてみたらえらい冒険や。家についたらお母ちゃんが台所におってんけど、見つからんように二階の自分の部屋にあがって服を着替えて、また気づかれへんように家を出た。
 家の近所歩いてたら、近所の人に金髪見つかる思て、うちどんどん早足で歩いてん。どんどんどんどん歩いて、たぶんもう隣の校区まで来てたんやろなあ。全然知らん街並みが見えてきた。それでも、誰か知ってる人に会いそうな気がして、うち、狭い路地狭い路地に入っていったんや。そしたら、昔の日本の映画とかに出てきそうな古くさい懐かしい感じの路地に出た。なんでやろな、見たこともない感じの路地やのに、懐かしいて感じんのって。そこには、ガチャガチャが落ちてたんや。ガチャガチャて知ってるやろ。子供が百円とか二百円とか入れて大きなダイヤル回したらプラスチックのカプセルに入ったおもちゃが出てくるやつ。あのプラスチックのカプセルがその路地の真ん中に落ちてんねん。子供が近くにおるんかなあ思て、まわり見てみてんけど、子供なんかおらへん。どうせ中身のはいってないカプセルだけやろ思て拾ろてみたら中になんか入ってんねん。白い人形みたいなんが入ってるから、うちカプセルを二つに開けてみた。そしたら、白い着物きたおじいさんの人形や。しかもな、全然可愛いないねん。どっちかいうたら、貧相で不細工な人形や。そら子供もほるわなあ思たわ。その時やねん、その人形動いてん。もそもそ、うちの手の中で動きやんねん。きゃあ、言うて叫んでしもたわ。そしたらな、その人形が口のとこに指あてて、し〜っいいよんねん。そんでな、あかん、叫んだらあかんって必死や。あんた誰やねんって聞いたら、神さんや言いはる。神さんって、神も仏もの神さんかいな、いうたら、そうやって。信じられへんやろ。うちかて信じられへんかった。そしたら、神さんがいいはんねん。あんた、そんなにアメリカ人になりたいんかって。なんでそんなこと知ってんの、って聞いたら、ちょっと怒りはってな、神さんやからに決まってるやろ、言いはるんや。ほんまに神さんかどうかはうちにはわからへんかってんけど、うちの手のひらに乗るくらいの小さなおじいさんやから、別に怖ないわ思て、うちそのおじいさんを手のひらに乗せたまま歩き出してん。そうかて、なんか面白そうやってんもん。
 神さんはとりあえずサービス精神旺盛やねん。もともと住吉大社にいてはったらしいねんけど、仲間の神さんとうまいこといかへんなって、仕方なしに東京とか名古屋とかいろんなとこへ出稼ぎにいってたらしいねん。けど、景気も悪いし、神頼みいうても、みんな大きな神社とか行くばっかりで、こんな名もない神さんにお金まで払ろてお祈りする人なんかおらへんかったらしいねん。で、心機一転大阪に帰ってきはって、どんな小さな願い事でもちゃんと聞いて、一から出直そうと考えはったらしいねやんか。そう考えた途端に、声が聞こえてきてんて。子供の声で、誰か一緒に遊んでくれへんかなあ、いう声。神さんは、よっしゃ、言うて子供の前に姿を見せてんて。そしたら、最初は驚いた子供も遊び相手ができて大喜びや。けどな、子供が飽きっぽいってことを神さんは忘れてたんやろなあ。他の子があそぼう言うてたずねて来たら、いきなりガチャガチャのカプセルに入れられてポケットにつっこまれたらしいわ。それで、あの路地走ってる最中に落とされてしもてんて。なんや鈍くさい神さんやろ。うちが鈍くさいですね、言うたら、ほっといてくれ、言わはってちょっと顔赤してたわ。話聞いてるうちにな、うちこの神さんにもうちょっと話し聞いてもらおういう気になっててん。そやから、手に持って振り回してんのもかわいそうやから思て、胸のポケットに入れてあげたんやんか。そしたら、ええ気持ちやってむちゃスケベやねん、この神さん。ちょっと可愛いやろ。
 うちな神さんに聞いたんや。うちはアメリカ人になれますかって。そしたらな、神さんはアメリカ人にはアメリカ人の良さっちゅうもんがあって、日本人には日本人の良さっちゅうもんがあんねんで、って。そんなことわかってます、けど、うちはアメリカ人の良さの方が好きなんです、言うたら、なんやホンマに困った顔しはってなあ。聞いてる私の方が恥ずかしなるくらい困った顔してんねん。うちがよっぽどアホらしいこと聞いたみたいやんかあ。ま、アホやねんけどな。神さんが黙ってしもて、うちも黙ってしもたんや。そしたらな、神さんが目エつむってみ言わはるんや。え?って思てんけど、言われた通り目つむってみた。そしたら、神さんうちの肩に登ってきはってな、耳元で歌うたいはるねん。びっくりしたでえ、「One」やねん。ストリートボーダーズの「One」歌とてはんねん。うちが大喜びして身体揺すったら、神さん落ちそうになりはって、神さん殺す気かいうて怒ってはったわ。それでな、こない言わはんねん。あんたな、アメリカ人になりたいって、そんなわしが神さんでもでけへんことやって知ってるやろ。知ってるのになりたいなりたい、言うのは無い物ねだりや。英語を話したいとか、アメリカに住みたい、いうのは目標やで。けど、アメリカ人になりたい言うのは空想や。それを知っててそう思うのが楽しいだけや。他に考えることないからそんなことばっかり考えてるんや。悪いことやあらへん。悪いことやあらへんけど、無理なもんは無理や。けどな、なったつもりちゅうのはあるわな。なったつもりで毎日の生活を見直してみるちゅうことはできるわな。神さん、そない言わはんねん。うち、そんなこと全部自分で考えたことばっかりや。けど、改めて言われるとなんやしんみりしてしもて。ちょっとだけ泣いてしもた。泣いてると神さん、自分の言うてることにうちが感動したと勘違いして、なんかニコニコしてはったわ。それがまたええ顔やねん。ぶっさいくやねんけど、人を安心させる顔ちゅうのかなあ。調子に乗ってこんなこと言わはんねん。なあ、あんたホンマにアメリカ人になりたいんやったら、わしにお祈りしてみって。悪いようにせえへん。わしに心からお祈りしてみって。そない言わはんねん。ちゃんと目エつむって、心からお祈りしてみ、言われてうち本気でお祈りしてん。目つむって、手合わせて、言われたとおり、アメリカ人にしてください、アメリカ人にしてください、アメリカ人にしてください、アメリカ人にしてください、アメリカ人にしてください、アメリカ人にしてください、アメリカ人にしてください、アメリカ人にしてください、アメリカ人にしてください、もう何回お祈りしたかわからへん。そしたら、うちのお祈りの合間に神さんの声が聞こえてくるねん。この子をアメリカ人にしたってください、アメリカ人にしたってください、アメリカ人にしたってくださいって。うちは神さんに神頼みしてるからええねんけど、神さんは誰に頼んでるんやろってアホらしなってなあ。神さんとけんかや。うちは神さんに頼んでんねんで。そうやがな。そうやがなって、そやのに、神さんが神頼みしてるなんて聞いたことないわ。だれが神頼みしてる言うた。けど、してるやんか。してないって、わしは神さんに頼んでるわけやないねん。ほな、誰にお祈りしてんの。わしはな、あんたにお願いしてたんや、あんたにあんたをアメリカ人にしてやってください、いうてお願いしてたんや、そない言わはってん。ようわからん話やろ。うちがアメリカ人になりたいいうてんのに、なんでうちにお願いすんの?おかしいやんか。そしたらな、神さんはこない言わはった。さっきも言うたやろ、あんたがアメリカ人になるなんて無理な話や。けどな、どんなアホな願い事でも、為せば成るっちゅう諺もあるくらいやからな。諦めつくまでなんぼでもお願いしたらええんや。わしは神さんやからどんな願い事でも、できまへん、とは言えんのや。それはもう決まりやねん。神さんとして生まれた以上は、あんたの願い事をいつまでも聞かなあかん。わしとしても、できることならあんたの願い事を叶えてやりたい。そしたらもう、一緒になってお祈りするしかないわけや。
 うち、神さんの話ようわからへんかってん。なんとなくわかる気もするねんけど、正直わからへんかってん。それで、だんだんじゃまくさなってきてん。たぶん、それが顔に出てたんやと思うねんけど、神さんがうちのほう見て、ニッコリ笑いはってなあ。うち、その神さんの顔みてたら、そういうたら、日本の神さんはみんなちょっと笑ろてはるような気がしてきてん。うちの家にな、お父ちゃんが買うてきはった七福神いう人形があるねん。弁天様とか福禄寿とか大黒様とかいろんな神さんが船に乗ってる人形さんやねんけどな。みんな笑ろてはるねん。アメリカの神さんはキリストさんやろ。キリストさんはいっつも苦しそうな顔してはる。そんなこと考えてたら、神さんの笑ろてる国と神さんが苦しそうな顔してる国とどっちがええんやろ、とか考えてしもたんよ。そしたら神さんが、またニッコリ笑いはって。それ見てたら、今度はうちが笑ろてしもて。
 その神さんどないしたんかって?うちもどないしたらええかわからんかったから、神さん、これからどないしたらええんですか、て聞いてん。神さん、うちのポケット指さしてな、ガチャガチャのケースに入れて、その辺に転がしといてくれって言わはんねん。そんなんしてええんですか、言うたら、ええねんええねん、捨てる神あれば拾う神あり言うやろ、あれな、わしらの世界でも言うんや、捨てる人あれば拾う人ありて。そない言うて、神さん笑うから、うちも笑いながら言われた通り神さんをガチャガチャのケースに入れてあげた。最後にふたする時にな、神さん、こない言うてくれたんや。
 あんたまだ若い、ゆっくり考えや。

 うちな、いま一年の英語の教科書、はじめから読み直してんねん。

(2000.12.8 )