神さんが降りてきた。  

              

  植松眞人

 JRの新橋駅から有楽町の方へ向かって歩いてたら、途中でえらいしんどなってきた。ジュースでも飲んでこましたれ思て、自動販売機を探したんや。ジュースの自動販売機ってな、いらん時にはどこにでもあるように思うやろ。それがな、いざ探そうと思うと、これが見つからへん。あっちの路地、こっちの路地を探して回ってる間に、おれ、道に迷てしもたんよ。
 いや、おれもええ歳してるからやなあ、なんぼ慣れへん東京でも泣きそうなくらいに道に迷うことはないよ。頭の中に地図広げてやな、「いまこのへんかなあ、けど、それやったら、こっちに有楽町マリオンが見えるはずや」とか、そう思う程度に迷てしもたわけや。で、そうこうしてる内に、おれは自動販売機を見つけたわけや。
  それがなあ、聞いてくれ、こんな古い自動販売機が東京の真ん中にあるかっちゅうくらい古いんや。塗装も錆びてて、書いてある字も読まれへん。けどまあ自動販売機やねん。おれはのど乾いてたことも忘れてその自動販売機をじぃっと見てた。そしたらお前、なんて書いてあったと思う?
 「神様いろいろ」って書いてあったんや。
 酔ってなんかないよ。そんな真っ昼間から酒飲むかいな。確かに「神様いろいろ」って書いてあったんや。
 もう、おれも興味津々や。これが10万円とか書いてあったらビビるけど、なんと神さんが200円や。それもな値段のボタンのとこに、(缶ジュース込み)って書いてあるんやで。つまり、神さんがたった80円。これはいっぺん試してみなあかんなあ思て、3つあるボタンの『仕事の神様』ちゅうボタンを選んだんや。他か?後の二つは『恋愛の神様』と『勝負の神様』やったなあ。200円入れてボタンを押したら、ウンともスンとも言いよらん。しばらく待っても出てきよらん。えらいこっちゃ、騙されたと思たよ。けどまあ、笑い話にできるわ思て、200円は諦めたわけや。それで、歩き出したとたんに、後ろで小さい高い声がしよったんや。 「ちょっと待ってぇ」ってな。 ようみたら、えらい小さな白い人の形したもんがジュース背たろうて、取り出し口のとこに立ってるんよ。びっくりしたでえ。おれが驚いてたなら、その小さな白い人の形したもんが、「あんたやろ?」言うねん。「あんたがボタン押したんやろ」って。僕です、言うたら、えらい嬉しそうな顔しはってな。ジュース取ってくれ言いはんねん。重かってんやろなあ。ジュースを取ったったら、長い息吐きはって、「ああ、しんど」やて。
「あんた、大阪の人やな。まあ、ジュース飲みいな」
 そない言うから、おれは言われたまま、ジュースの蓋あけて飲んだわけや。 「あ、ちょっとだけ残しといて。わしもちょっとだけ飲みたい」言いはるから、ほんのちょっとだけ残して、それをあげたんや。そしたら、ほんのちょっと飲みはってな。にっこり笑いはんねん。それで何言い出したと思う。 「わしが神さんや。ええっと、今日は仕事の神さんということで、お役に立てると思います」ときたわけや。
 ほんまに、おれの掌に乗りそうな身体やねんけど、よう見たら、ちゃんと白い着物来て、白髪で白い顎髭も蓄えてはる。それから、おれと神さんの一日が始まったわけや。
 おれは聞きたいことが一杯あったんやけど、どれから聞いてええんかわからへんくらいに混乱してたから、結局なんにも聞かんまま、ただなんとはなしに楽しい気持ちになってた。そしたら神さんがこう聞かはんねん。
「お前、これから契約とちゃうんかって」
「そうです」言うたら、「はよ行かなあかん、時は金なりや」言わはってな。
  とりあえず、約束のあった取引先に行って、担当者に会うたわけや。不思議やで、おれにはこんなにはっきり見えてるのに、取引先の担当者にはなんにも見えへんのや。
「大丈夫や、お金払ろてくれた人にしかわしら見えへんから」
 そんなもんかなあ、と思いながらおれは商談を進めたよ。それで、条件も折り合って、いざ契約や言うときになって、神さんが大きな声出さはんねん。
「あかん!あんた、この契約は辞めときなはれ!」
 もうびっくりしてな。思わず、「何でですか!」言うて叫んでしもたよ。そしたら、先方には神さんの声は聞こへんから、おれが一人で叫んでるみたいになってしもて。「どうかしましたか」なんて怪訝な顔されてなあ。昔からの取引先やし、断る理由もないしな。結局、神さんの言うことも聞かんと、おれ契約かわしたんや。
 そしたらな、神さん、えらいがっかりした顔して、ふうってため息ついてはったわ。後から思うと、言うこと聞いといたら良かったんやけどなあ。
 取引先出た途端に神さんもえらい怒りだして。
「わしの言うことが聞けんのやったら、なんで神頼みなんかするんや」言うてな。 けど、考えてもみてくれ。おれは別に神頼みしょうと思て神さん呼んだわけやないしなあ。ま、正直にそのこと話た時の神さんの顔、見せたかったで。ものすごいショック受けてはった。 「そうか、お前もそうなんか」言うて、もう泣きそうや。
 お前も気になってたかも知れんけど、この神さん、大阪弁やろ。そやねん、大阪から出稼ぎにきた神さんやってん。これがな聞くも涙の物語や。もうこの話になったら、神さん止まらへん。
「実はな、わしは大阪の住吉大社におったんや。みんなあんまり知らんねんけど、大きな神社には、有名な神さんが祀ってあるだけやないねん。有名な神さんは確かにわしらの間でもスターやけど、それ以外に、ぎょうさん神さんがいてはんねん。まあ、スクールメイツみたいなもんやと思いぃな。まわりに賑やかしがおらんと、スターの神さんも目立たんからな。スターになる要素っちゅうのはいろいろあるんやけど、やっぱり腕や。腕の立つ神さんは願い事もよう叶えはる。人間も一緒やろ、よう仕事のできるもんは、だんだん調子に乗ってきよるからな。神さんでも調子に乗ってくると、まわりでちゃんと段取りしてやらんと仕事せんようにならはるんや。でな、住吉大社の神さんもちょっと天狗になってはってやな。わしらがまわりで世話してたんや。けどなあ、わしあんまり神さん同士のつきあいがうまないんよ。どっちか言うたら人間の方にシンパシーちゅうかなあ、そういうもんを感じるんや。それで、ついつい、『あいつええ奴やから、ちゃんと願い事叶えてあげてください』言うてしもたんよ。そしたら、怒られてなあ。『お前に何が分かる』ちゅうて。そない言われたら、わしもなあ。イヤな想いまでして段取りしてやることもできんしなあ。わしかて、昔は町内の小さな神社で、近所の人らにえらい奉られたことあるしな。神さん言うても、そういうとこがあるわけや。それで、もうええわい!言うて、わしスターの神さんの横面張ってしもてな。そうなると、今度は仲間が黙ってへんがな。『はよ謝りや』『貧乏神にされるで』言うて気をつこてくれるんや。けど、そういうこと言い出した時は、たいがい、ここから出ていってくれ、いう合図なんよ。そらそやわな。みんな機嫌ようやってんのに、わしみたいなもんが一人おったら、調和が乱れるからな。それで、わし、東京に流れてきたんや」
 どないや。おもろい話やろ。それでな、この神さんが自動販売機の中に入ることになった話っちゅうのが、これまた面白いんや。
 神さんはな、最初、巣鴨あたりにおったらしいんや。爺さん婆さんが集まってくるとこやな。大阪で言うたらどの辺になるんやろ、石切とかあの辺かなあ。ようわからんけど。それでな、巣鴨あたりでぼんやりと余生を過ごそうと思ってたらしいんや。
 もともとこの神さん、大阪の平野あたりの小さな集落にいてた言うてたわ。そこに神社とも言えん地蔵盆にみんなが集まってくるような場所があって、そこで神さんやってたらしいねん。そやから、巣鴨の爺さん婆さん見て懐かしかったんやろな。
 けどな、さっきも言うたように、この神さん、お客様主義やろ?そやから言われたことを全部聞いてしまうらしいねん。言われた願い事、全部叶えてたら、なんぼ神さんでもやってられへん。しかも、この神さんはスターになられへんかった神さんやからな。それほどの霊験あらたかな力もあらへん。それで、ノイローゼになってしもたらしいんや。
「わしもいろいろ考えたんやで。近所の同業者に相談してみたりしてな。そしたら、『お前、もっと町中へ行ったらどや?』言うてくれる人があってな。なんでも、町中へ行くと、一人一人の信仰心は薄いけど、金と引き替えにやったら、信心してくれる奴がなんぼでもおるいうて。最初はわしも、金と引き替えてなあ、と思たんやけど、考えてみたら、でっかい神社の神さんも結局はお賽銭で生活してるわけやしな。わしみたいな力の薄いもんにとったら、お金もろたそいつのためだけに仕事した方が、ええ仕事ができるような気がしたんや」
 神さん、そんなこと言わはるんや。それでな、東京の真ん中に出てきたらしいねんけど、そんなもん、神さんがなんぼ声張り上げて「信心してくれ」言うたところでやで、誰が言うこと聞くかいな。そんな胡散臭い話誰も乗ってけえへんがな。
 そんなことしてる間に、神さん新橋の駅前にある機関車に辿り着いたらしいんや。飲まず食わずに行き倒れ寸前やったらしいで。命からがら、機関車の中に入ってみたら、ええ匂いがする。ふと見ると、同じような神さんが二人、干物焼いて一杯やってる最中やったんやて。
「あんまり旨そうな匂いがするから、わしふらふら二人の方へ寄って行ったんや。そしたら、こっちこい、これくえ、これ飲め、言うてな。お前も関西から流れてきたんか、わしらもや、言うて、えらいようしてくれて。それが、同じ自動販売機に入ってた恋愛の神さんと勝負の神さんや。別に、わしもそうやけど、専門分野に長けた神さんという意味やないんやで。たまたま、落ちてた雑誌の占いコーナー見てたら、世の中の人間はこういうことにやっぱり興味があるんやろうなあってことになってな。それやったら、担当決めて、夜の街で商売した方がええんとちゃうかって、三人できめたんや」
 勝負の神さんも、恋愛の神さんもどっちも男らしいわ。その日暮らしでええんやったら、まあ、三人くらい食えるで、いうことになったらしいねん。
 そうこうしてる内に半年くらいあっと言う間やってんて。
 ある日、勝負の神さんが「今が勝負のチャンスや」言うて叫んだらしい。
「なんのチャンスやねんて、わしが聞いたらな、勝負の神さんが言いよんねん。『なんか新しい商売始めたら絶対うまいこといく』言うてな。それやったら、仕事のことやから、わしの専門やんか。そのわしがそんなこと考えへんかったんやから、まあ、ええ加減なもんなんやろ。けど、毎日、夜の酔っぱらいばっかり相手にしてるのもなあっちゅうことで、商売始めたわけよ。それがあの自動販売機やねん」
 そない言うても、神さんが自分で自動販売機作れるわけないしな。結局、古めのジュースの自動販売機見つけてきて、自分らで勝手にペンキで字書いたらしいわ。素人が勝手に書いた字やから、おれが見た時には消えかけてたんやな。古い自動販売機やから、メンテナンスの兄ちゃんもええ加減なチェックしかせえへんし、神さんらの商売には打ってつけやったらしい。
「けどなあ、なんぼ自動販売機でもジュースより安い値段で売られるとは思わんかった。安すぎる言うて文句言うてんけどな。勝負の神さんが『お賽銭見てみ?たいがい五円玉一枚やで。それに比べたら割のええ仕事やんけ』て言うしな。わしもだんだんそんな気になってきたわけや。けど、ちょっと考えたら、一日の実入りで言うと神社とは偉いちがいやねんけどな。その時は、まあええか、てなもんやわな」
 そんなこんなで、自動販売機に入って、時々、なんかの弾みでボタン押してくれる人を待って生活してたらしいねん。おれもだんだん神さんの話聞いてる内に、この神さんのファンになってたからなあ。さっき、なんで契約辞めとけ言わはったんですか、言うて聞いてみたんや。そしたら、何言うたと思う。
「あんた、あの契約をええ契約やと思てるみたいやけどな。あそこ、もうじき倒産するで」
「え、倒産するんですか」
「そや、支払いが今月末の翌々末やろ、その頃にはあの会社あらへん」
「それやったら、なんでそない言うてくれへんのですか。もう、契約してしまいましたがな」
「安心せい、その頃にはもうお前の会社もないから」 「え、うちの会社も倒産ですか」
「倒産するかどうかは、はっきりしてないけど、社長が夜逃げする」
 びっくりしたで。おれな、けっこううちの社長のことは信用してたからな。前の会社からこっちへ来たのも社長に引き抜かれたみたいなもんやし。
 おれもう神さんのことなんか忘れて、すぐ電話で社長に連絡とったんや。社長もおれと一緒に東京に来てたしな。すぐ近くの別の得意先にいてはってんけど、携帯鳴らして連絡とったよ。
「お前、なに慌ててんねん」
「いや、社長、大丈夫ですか」
「そやから、何が大丈夫やねん」
「いえ、その、うちの会社の資金繰りとか、経営状態とか、まあ、いろいろと」
「しょうもないこと言いな。なんも心配することあらへんがな。お前、どないしてん。ちゃんと仕事してるんやろな」
 逆に怒られてしまう始末や。そのこと、神さんに言うたら、わしの言うことが信用できんのか。あんたのために一生懸命やったってんのに、言うてな。けど、自分が信用してる人のことを夜逃げする言われたら誰でも気分悪いがな。もう、おれもかなり切れてしもて。
「もう、ええですわ」
「何がええねん」
「神さんかなんか知らんけど、もうどっか行ってください」
「え?どっか行けって、もういらん言うこと?そら無茶やわ。お金ももろてるし、今さら解約言われても」
「お金はええですから、どうせお金さえ払ろたら、それでええんでしょ」
「ちょっと待てよ。わしかて神さんとしてのプライドがあるがな。わしはわしの判断であんたとこの社長が夜逃げすると思たわけや。それをちゃんとあんたに伝えただけやないか。それが気にいらんから言うて、金さえ払えばそれでええねんやろっちゅうのは、ちょっと言い過ぎちゃうか。わしかて大人しいばっかりやないで。神さん言うても、いつ悪魔に変わるかわからへんで」
 て、こないすごみやがるねん。いつ悪魔に変わるかわからへんでて、それが神さんの言い草かっちゅうねん。なんか、険悪なムードになってしもて、まあ、おれも大人げなかったかなあとは思てんけど、いつまでもこんな神さんに付き合うてもおられへんしな。
「まあ、さっきはちょっと言い過ぎました」
「あ、いや、そんな。わしも神さんのくせして、悪魔の名前出してしもたりして、悪かったな」
「けど、ほんまに仕事に戻らなあきませんので、そろそろ失礼しますわ」
 そない言うと、神さんえらい寂しそうな顔しはってなあ。そうか、しゃあないなあ、言うて、それやったら最後に一つだけ頼み事聞いてくれへんか、言わはんねん。
  神様から願い事されんの初めてやからなあ。おれもちょっと緊張しててんけど、「わしを元の自動販売機のとこまで連れていってくれへんか」って言わはるねん。まあ、そのくらい大したことでもないから、分かりました、言うておれも連れていってあげたんや。
 自動販売機はすぐに見つかった。自動販売機のとこまで戻ってくる間、神さんはずっと「すまんかった、すまんかった。悪かった、悪かった」言うて謝ってはったわ。なんかこっちが気の毒になるくらい落ち込んではってな。そんな気にせんといて下さいって、おれも言い続けた。
 自動販売機のとこに、近づこうとしたとき、見慣れた顔が見えたんや。もうすぐ夜逃げする言われてたうちの社長や。
「社長、こんなとこで何してますの」
「いま得意先から出てきてな。えらい喉乾いた思て自動販売機探してたら、こんなとこにおもろい自動販売機見つけてなあ。神さん売ってねん。そんで、一つ買うてみてんけどな」
 おれもう、笑いそうになってしもたわ。経営者と部下が同じことしてるんやもんなあ。
「社長、なんの神さん買いはりました?」
「おれか?おれは勝負の神さんや。なんかな、これから先どうすんのが一番ええねんやろと思たら、ついこれ選んでしもたわ」
 そう言うて笑いながら見せてくれた缶ジュースのてっぺんに勝負の神さんが仁王立ちしてはったわ。おれも仕事の神さんを社長に紹介してやろうと思たんやけど、肩のあたりにいてはったのが、姿が見えへんねん。どこに行かはってんやろ、と思てたら、なんと、社長の手を伝って、缶ジュースの上に昇って、勝負の神さんとなんやゴチャゴチャ話してんのよ。社長は、それに気づいてないねんけどな。
 おれ、神さんに声かけようと思ったその時や。勝負の神さんがヒョイッと、自動販売機に戻りはったんや。で、さっきまでおれのとこにおった仕事の神さんが勝負の神さんと入れ替わりはってな。小さな神さんやから見分けがつかへんと思たんやろ。予想通り、社長は気づいてへん。
 でな、この神さんが、おれの方を見るなり、なんや不適な顔でニタッて笑うんや。それで、社長の耳元でつぶやきよった。
「逃げるが勝ちやでぇ。逃げるんやったら夜やでぇ」
 あの自動販売機が売ってたん、もしかしたら、悪魔かもしれんなあ。
(了)