| ぼくのW杯顛末記〜序文〜 サッカーを初めて認識したのは、たしか少年キングに「紅き血のイレブン」というサッカー漫画だったと思う。けっこう夢中になって読んだ記憶がある。 小学校6年のとき担任になった高松先生は、県の(何県だったかは忘れたが)代表に選抜されるほどのサッカー選手だった。(らしい)ゆえに体育の授業にサッカーが取り入れられたり、休み時間にボールを蹴り合って遊ぶことが増えたのは必然の流れなのである。 高松先生はルールを一生懸命説明をしてくれたけれど、サッカーの試合そのものを見たこともないし(TVでも)漫画でしかイメージが沸いてこない。ボールを四角い網に入れれば1点という程度の理解。ひとつのボールにみんな群がってただ蹴り合うだけで、サッカーというスポーツの体を成してはいない。集団リンチしているような光景。砂糖に集るアリ状態。正直ちっともおもしろくも楽しくもない。飽きるのも早いのだ(^^; 高校に入り仲の良かった同級生に長政というのがいた。 彼は今の言葉で言うならば、当時としては珍しくサッカーオタクだったのである。サッカー部のある高校に行けばよかったのにと、何度かその疑問をぶつけたら、自分は見る方が好きでプレーをするのは嫌い、というそのへんはちょっと変わっていた。体格はよかったのに(^^; 土曜の午後6時からTVで「三菱ダイアモンドサッカー」という番組があった。 ヨーロッパのリーグ戦を中心に放映していて、(最初それがサッカーだとは思わず、まったく別のスポーツに見えた。それくらいの衝撃があったのだ)ぼくはいきなりトップレベルの試合を見てしまった。まさに「紅き血のイレブン」の世界。それに出ていた『ベッケンバウアー』とか『フェラー』とか『ルンメニゲ』なんていうアニメでしか見たことのない選手が生身の人間としてブラウン管の中で動いているのである。本物を目にしてかえってウソっぽいような感覚が妙に心地悪かった。 すっかり長政くんに感化されてしまったぼくは、毎週土曜日になると大畠にある彼の家に入り浸れるようになった。そのTVを観るために。 今のJリーグの前身である日本リーグには、平生をホームタウンに永大産業が参加していた。曽根というところにグラウンドがあり、ゲームのある日は学校をさぼって長政くんと柳井からバスに乗って通っていた。グラウンドといっても所々芝生(というより雑草に近い)が禿げていたり、土が陥没していたり、草野球の原っぱよりもしょぼいのである。 観客席なんてない。高台の土手に腰掛けて眺めるという状態だ。それでも一応入場券はちゃんと取る。150円だったかな(^^;たしか。それが当時日本のトップレベルの環境なのである。「サッカー冬の時代」といわれた時代の真っ只中。 TVで観た壮大なスタジアム、縞模様に刈り揃えられた芝、発煙筒の煙にまみれた勇壮なサポーター、そしてサッカーの質などと比べる由もない。ほんとに同じスポーツなのかと疑うほどの違和感と切なさが狂おしいほど渦巻いた。 古河電工(ジェフ市原)の奥寺やヤンマー(セレッソ大阪)の釜本など、世界に通用しそうな選手は個々には居たし、レベルは決して低いとは感じなかったのであるが、ひいきの永大産業が勝っても、退屈でつまらない。ゲーム自体がまったくおもしろくないのである。 ゴール前にポンっとルービングを上げて、ゴチャゴチャした混乱の中でこぼれ球を押し込むという偶然に頼ったサッカーが90分間続く。それはタイムアップ寸前や延長戦で使うときのいわば捨て身の戦法なのである。それが試合開始から終了まで続いたらおもしろい訳がない。TVで観た世界レベルのサッカーとは別物だったといえる。 ボコボコのグラウンドじゃ質が悪いし、ガラガラの客じゃモチベーションは上がらないし、経験のない指導者じゃ技術は向上しないの悪循環。遠征しようにも金が無い。日本に呼ぼうにも無視され強化のしようがない。まさに「冬の時代」だったわけだ。 世界に相手されるような環境(グラウンドの整備、優秀な指導者、プロリーグの設立)が整うのはそれから17年待たなければならなかった。さらにW杯に出場するのはそれから5年の時間を要したのである。が、世界の壁は厚く1998年フランス大会の結果は3戦全敗。 そんな国が2002W杯の開催国とは・・・(韓国もW杯では1度も勝っていなかった)サッカー先進国からすれば大笑いと同時に???な妙な感情が渦巻いたらしい。開催が決まったときほんとにいいのか?ちゃんと運営できるのか?と関係のないぼくでさえ危惧したくらいだから・・・・それくらいW杯とは日本人が単にサッカーの国際試合と思っているのとは次元が違うのである。 とにかく2002年はやってきた。 W杯が日本で見られるとは、その当時夢にも思わなかった。平生の土手で長政くんと語り合った日々が懐かし。高校卒業して一度も会ったことは無いが、彼はどこでどうしていたんだろう。そして高松先生は・・・・・元気かなあ・・・・・。 戻る |