テレビの中の祝島


2008/8/31(月)NHK西日本の旅『千年の伝統〜神舞の夏』



島の絵撮り、レポーター登場。今回は高橋幸子さん。何か普通のおねえさんって感じです。
前回の西日本の旅『小さな島の宝物』のときのレポーター藤原さんを充てればよかったのに。


祝島といえば「練り塀」。
やっぱりこの絵は外せないのでしょう。

そしてお馴染み橋部さん(左)。祝島物のテレビには必ず出ます。
お、安藤のおじん登場。(ワタクシの伯父です)ナレーションでは今でただ一軒、鳥居の豆を作っている農家だそうな。


龍真くん登場。(小さい方)
(スポットを当てるのは龍真くんだけ。同じ踊り子でも江本くんはスルー)


龍真くんの乗る櫂伝馬には、その父親であるさとしんが太鼓を叩いているのに、父子はリンクさせず、
さとしんもスルー。

番組は10分。
そもそも10分で仕上げようとすることじたいに無理があったと思う。もっと神舞を(祝島の現状を)深く掘り下げてほしかった。表面的な絵作りでお茶を濁したような映像じゃ神舞も祝島もなにも伝わらない。NHKスペシャルのようなクオリティーを求めるような贅沢は申しませんが、せめて30分は鑑賞に堪えられるくらの番組を作らないと割に合わないのでは??あんだけテープ回してるのに。(どれだけ回してるのかしらないけれど・・・)


2007/12/28(金)テレビ東京『Aloha!未来 〜ハワイの心、ホクレア号日本へ〜』


2007年5月20日:祝島


まずは祝島がどんなところか簡単に説明。
やっぱり祝島を紹介する絵として、水源地からの風景と練塀は鉄板です。


<ホクレア>を迎える「神舞」もしっかりとインスパイア。


稽古をしている様子。

正直あまり期待はしていなかった。
「福岡から関門橋を通過して瀬戸内海へ・・・周防灘に浮かぶ小さな島、祝島沖を通って・・・・」ってちょろっと島の映像が出るだけかなと思ってたら、かなりフィーチャーされていたので驚いた。番組構成の核になっているといっても過言ではない。孝くんなんて日本側の準主役級の扱いだ。エンディングのクレジットにもタイトルバックされてるし。

とにかく全体的にそうだけれど、編集がうまい。
ナショナル・ジオグラフィックのドキュメントを見ているような重厚感がありました。(油井昌由樹のナレーションがよかった。江守徹に似てたけど)これはビデオテープを回したうちのほんの一部だろう。未公開映像がもったいない。もっと見たい。尺をとってその部分をインサートして2時間半くらいに再編集して是非DVDにして売り出してほしいなあ。そして何よりBIGINのテーマ曲『ホクレア』にやられた。この曲はシングルカットされるのだろうか。


造船所にあった<ホクレア来る>のチラシを抜いてる絵だけで物語を表現しているところがニクイ演出だ。
孝くんのインタビューが長かったぞ。いい顔してました。




「神舞が始まった」
「祝島の気持ちを<ホクレア>に伝える山戸さんの舞いだ」
「力強い」
「島の人々も堤防から歓迎する」
←この中にワタクシの姿が・・・
「ハワイと祝島の同じ思いが引力になって、ハワイの古代カヌーと日本の古代舟が出会った」

ナレーションが泣けます。そして感動します。
<ホクレア>の日本航海はいくつもの感動的な場面があっただろうけれど、中でも、この瞬間はとくに美しい光景だったと思う。実際に見ていてとても幸せな気分だった。
当事者である山戸孝くんのホクレアレポート「ホクレア、来島!櫂伝馬と祝島の海で舞う」(祝島市場ホームページ)秀逸です。

<ホクレア>が残していった魂を思い出しながら、心の奥の大切な部分を潤していこうと思う。枯れて落ちた葉が土壌を豊にしていくように、<ホクレア>の足跡が未来に繋がるように。子どものころは祝島は大嫌いだった。なんでぼくはこんな島で生まれたんだろうと思った。この島で自分を生んだ親を恨んだこともある。同級生や先生にもいじめられた。そのわだかまりはすべて水に流したわけじゃない。

ナイノアトンプソンが番組で語っていた、自分のアイデンティティはずっと守っていかなければいけない。その2つを失うということは自分自身を失うということだから。伝統の姿の中に、自分たちの未来を見つける事は、とくに、これから生まれて生まれてくる子どもたちにとって大切なこと。

2008年は<ホクレア>を迎えた「神舞」の年です。自分の確かなアイデンティティを見つけたいと思う。




荒木;櫂伝馬の踊りがすごくかっこよかったです!
内野;すごい、最高!


ホクレアクルー、ホラ貝を吹いて祝島にお別れ。



2007/6/30(土)NHKハイビジョン『こんなステキなにっぽんが』瀬戸の棚田は天高く


 [ステレオ][字幕放送][ハイビジョン]


瀬戸内海の離島・祝島(いわいしま)。
海を見下ろす斜面に切り開かれた棚田は、何世代にもわたる人々が注いだ汗の結晶。新緑の季節に訪ねる島暮らしの哀歓。


懐かしい時代の面影を写した一枚の写真を手がかりに、「ステキなにっぽん」を探す旅。瀬戸内海の離島・祝島(いわいしま)。海を見下ろす斜面に何段にも切りひらかれた棚田がある。

ゆたかな暮らしを子どもたちに残したいと、何世代にもわたる人々が注いだ汗の結晶だ。高齢化が進み、棚田の継承が困難になる中で、黙々と田植えに励む男性がいた。落語家・桂文珍が、みずみずしい新緑の季節、島に生きる人々の哀歓を訪ねる。
NHKBShi番組表より
旅人・桂 文珍, 語り・兼清 麻美アナウンサー

この↑棚田の写真は”反骨の写真家”こと福島菊次郎(『瀬戸内・離島物語』/社会評論社が昭和30年代初めに撮られたもので、旅人・桂文珍の祝島への旅はその写真から始まる・・・。







島の人たちは文珍が来るのを知っていたのか、何人か出迎えていたようだ。
上陸してすぐ棚田の写真を見せてその場所の聞き込みを開始。東の山だと分かると、場面はいきなり山道へ。

棚田の持ち主の宮本孝蔵さんと会い、「米作りは16年前に辞めた」「跡継ぎがいない」「島の7割が65歳以上の高齢者」「子どもも皆島を離れる」「若い者は都会へ出ていく」←これ耳が痛い^^;「後継者がいない」という言葉に、自分も農家の長男で家の後を継がなかったから・・・・時代が時代だからと苦笑いする文珍。





































そして、棚田といえばやっぱり平さんの元へ。

「うわ〜〜すごいな、これ〜」
「うわ〜お城やな〜」
「すごいね〜」
「こら〜すごいわ〜」
・・・と棚田を見上げて驚愕の声。

このシーンは番組の一番の見せ所なのか、大画面のハイビジョン映像を意識してか、石垣を舐めるようなカメラワークにナレーションを被せる。NHK的にはこの映像を撮っただけで価値あり、かも。

山の斜面に3段に渡って築いた棚田。
一枚一枚を石垣が支えています。見上げるような石垣。
高さは6メートルから9メートルもあります。大正時代の末から30年掛かりで造られました。平萬次さん74歳。おじいさんの代からこの棚田を受け継いできました。祝島の山は元々薄い土の下に大きな石が幾重にも積み重なっていました。山の上から掘り出した石を梃子で転がして斜面に積んでいったのです。大きな石はひとつ動かすのに1日がかりでした。


実際にぼくは梅田のヨドバシカメラのAVコーナーの世界一と書いてあった103インチの大画面で観たけれど、ハイビジョンテレビのモニター映像にピッタリな、実物よりも迫力があるんじゃないかちゅうくらいの、威圧感は満点でした。

平さんももう何十回と説明しているであろう、その歴史を語る。そのたんびに文珍は「すごいな〜」のセリフを連発。
びわ茶を啜りながら平さんの話しに耳を傾ける。
棚田を守るのは「おじいさんたちへの償い、お勤めになる・・・」に、考えさせられる言葉だなあ・・・とまたもや苦笑いする文珍。

集落へ場面展開。

路地を歩く。お馴染みの「練塀」そして「仁義道」・・・
2人のおばちゃんらに案内されるんだけれど、そのおばちゃんたちの会話がモロ祝島。「わしゃ77、これは78で一級上」一級上という表現に文珍大受け。

このおばちゃんは平さんみたいにテレビ慣れというか取材慣れしていないから喋りがぎこちなくて、(観てるこっちがハラハラする)でもそれが妙にカワイイのだ。おそらく何回か取り直しさせられてるな^^

カメラマンは祝島のおばちゃんたちを撮るときは苦労しただろうなあ、まともに顔を上げないんやもんね。カメラを意識させないようにしようとしてる様子が最初はアリアリだったけれど、最後の方は自然な感じに押さえていた。 祝島のおばちゃんたちをいじってほしい芸能人は、やっぱ一番は鶴瓶かなぁ・・・ルー大柴もおもしろそう。今度は若いアイドルがこねえかな。

祝島上陸→写真の棚田→平さんの棚田へ行って話しを聞き→集落の路地を散策という流れで番組前半の構成が終わって、民放ならCMで展開していくところだが、NHKはそうはいかない。甲子園の高校野球の学校紹介風な島の風景カットとタイトルバックがで繋ぐ。画面にインサートされたその映像の中に、ん?おや??まさか???

キタ─────(・∀・)─────!!

うちのおかん登場!!!出演時間、約0.8秒^^
そんなロケがあったなんて知らんかった言うちょったけど、なんや、しっかり撮られとるやないか。生テープは軽く10時間以上は回してるハズで、オンエアされた25分の中にカットバックとはいえ抜かれてるとは・・・油断していただけに本人もびっくりするだろう。アメトーークならワンポイント芸人枠で出られるかもしれんが^^芸人じゃないけど。たかしくんもしっかり押さえられてたねえ。

後半は島の子どもたちにスポット。

学校。
教室。(別々かと思ってた)
授業風景。
児童1。
児童2。
2人は姉と弟。
下校シーン。
すれ違うばあばに声を掛けられる・・・。

>祝島出身のお父さんといっしょに4年まえ大阪から移り住んできました。2人の帰りを待っていた弟の和馬くん。そして、お父さんの聡さん。

文珍:「島のみんなの家族みたいな感じやね」
聡くん:「子どもが少ない・・・ってうちのしかおらんから、よう可愛がってもらってます」


>制服を着替えて飛び出していく子どもたち。
>子や娘たちが離れて行った島。
>小さな子どもたちの声が久しぶりに戻って来ました。


NHKのナレーションと音楽って心地がよいですねえ。
全然邪魔にならないし、悪意なんて微塵も感じない。
音の溶かし方が見事です。ゆったりした時間なのに展開はスピーディー。だから25分の尺でも濃厚だ。心地が良過ぎて逆に島の空気はちょっと伝わってこなかった。「美しい国」ここにアリってな感じで、ま、そりゃあ番組タイトルが「ステキなにっぽん」ですもんね。^^

祝島小学校の制服ってぼくたちの時代とほとんど同じ(素材とか違うかもしれんが)で、女子の白い襟なんてそのまんまじゃん。黄色い帽子は修学旅行のときだけだった。私服じゃないのがいいね。上関小学校と同じなのかな?

聡くんもすっかり頼もしそうな祝島顔になってる。
移住して2年目くらいの時はまだどこか島の空気に馴染んでないっていうか浮いていたような姿が目に浮かぶ。テレビを見たら文珍と並んでいてもその存在感は抜群。文珍の芸能人オーラをも吸い取ってた。どっちがタレントだか。

で、その聡くんのブログがほんとに面白い。
面白いだけでなくクオリティーが高いのには正直驚く。
(祝島を全く知らない何人かの知り合いのエディターに読ませてみても、方言や固有名詞は分からなくても、どんどん入ってくると言ってたから、質が高い証拠だろう)
すっかり忘れていたような祝島弁が蘇るし、料理が美味そうだし、懐かしい。子どもたち(1番、2番っていう呼び方(書き方)が俯瞰的な効果があって、内輪ウケにならず、他人が感情を共有できるのがうれしい。誰かの知恵なのかな?)を見つめてる目線が優しくもあり厳しくもあり、島での暮らしの辛さや楽しさなどが滲み出てるような、番組では感じられなかった空気、匂いが伝わってくる。シュールでリアルでホットな祝島色満載なブログです。
祝島・えべすや@祝島の情報<http://ebesuya.urbany.net/>

ぴーろいろ(紙飛行機)を飛ばしてるシーンがよかった。

でも、もう〜「棚田」「練塀」はいいんじゃないっワタクシ、西方の人間としては何かといえば東ばっかりにスポットが当たってるのがどうも気に食わんが。(祝島のウリのほとんどが東にあるから仕方ないけどさ)でもそれがなかったら何を写せばよいのやら・・・。
14区と15区なんて一番露出が少ないんじゃなかろうか。




資料提供 福島菊次郎
       社会評論社
       重村定夫
       橋部好明

撮影 天野修作
音声 福田三哉
映像 本田祐子
音響 有本岳人
編集 宇都宮邦年
制作 渡辺康治
    山谷起

ディレクター 北山理恵


2005/9/25(日)NHK教育『新日本美術館』 「松田正平」(UrauraStory〜『祝島を描いた画家』)










NHK教育『新日本美術館〜松田正平の世界』ご覧になりましたでしょうか。ワタクシ、再放送(8《20》時〜)の時間と勘違いしていて、朝家を出るとき1時間早く留守録をセットしてしまうという大チョンボ。

もしそのままだったら3日くらいはモヤモヤとすっきりしない日が続いたことと思う。NHKと民放は毎日朝からずっとすべての番組を録画しているのだが、さすがに教育テレビは蚊帳の外。よくぞその日に再放送があったもんだ。

本や雑誌などで受けた印象と、それを映像で確認するその世界はまた違った新鮮な趣があって引き込まれた。深くてシンプルな構成と音楽がマッチしていて、ああ、いいもの観たなあと思わせるような番組だった。

とくに、《バグダッド宮殿の一室が爆撃されたようだとか、津波になぎ倒されたようだとか、汚いけど、汚らわしくなく、他人を意識したものが一切ない》といった正平さんのアトリエを撮った藤原新也の写真が衝撃的でした。

ラストのその4カットは黒澤映画のワンシーンのよう。
絵描きが絵になってて。

「見なれた風景や物のなかに、見たことのない美しさを発見しそれを絵にする」
なんてことを聞くと、改めて思う。
こんな真っ正面に原発はないだろうよと。

←この構図はちょっと残酷だなあ・・・。(作為を感じなくもない)


以前の正平さんの特集番組『土曜美の朝』と『風の吹くまま』の映像がちらっとカットインさてれいて、もう一度見たくなったけど、ベータに録画保存してるしなあ(でもそのデッキが家にはない)・・・
DVDにまとめたいけど・・・どうしたらよいのやら・・。


2005/7/29(金)日本テレビ『おもいッきりテレビ』 「かすどろ」








今回の旅人、というよりレポーターは日本テレビの中野健吾アナウンサー。いかにも日テレ顔の男子アナって感じですが、失礼ながらワタクシまったく知りません。プロフィールを見ると、入社2年目でいままさに修行中といったところか。恐らくみのもんたに嫌味を言われつつも鍛えられているのだろう。その開放感からか「異国」への好奇心なのか、表情が生き生きしてましたねえ。彼が出世して、遠い目でああ〜新人のころ瀬戸内海の祝島ってとこへロケで行ったことあったけど、いい島だったよな〜と思い出してくれたらいいね。

で、今回の取材はまたもや「かすどろ」。というのも同じ日本テレビ系でつい先日にも放送された『遠くへ行きたい』という番組でも、レポーターの益子直美が祝島を訪れて「かすどろ」を取り上げていたのだ。放送作家の中によほどかすどろが好きな人がいるとしか思えない。

ま、それはさておき、キタ─────(・∀・)─────!!

キタキタキタ───(・∀・)─────!!
ワタクシのオカン、キターーーーッ!

『遠くへ行きたい』の女優デビューに続いて『おもいッきりテレビ』にも出演。見たか、みのもんた。

今回はカメラをあまり嫌がってないように見受けられたけど、なにかい、もうテレビ慣れしたのかッ(苦笑;

←「友情出演」は木村のオバン。
子どものころよくお世話になりました。76歳という年齢を聞いてちょっと驚いた。

『おもいッきりテレビ』はあの『笑っていいとも!』に匹敵するくらいの視聴率だから何千万人もの人が見たのだな・・・・。ひぇ〜

NHKローカルの『西日本の旅』、日曜日の早朝という視聴時間帯が一番低い時間に放送された『遠くへ行きたい』とは桁違いだろうなあ。なんたってみのもんただもの。





←こちらも『遠くへ行きたい』に続いての登場。
正本のオバン。

レポーターがかすどろの話題を持ち出したら、そこにいたおばちゃんたちは全員明らかに、「うらうら、またかすどろかや?こないだ益子直美が来ちょったがのんたぁ。そがいに珍しいんかやの〜まあきびわる」(と思ったであろう)というようなうんざりした表情がありありだった。

酒井のおばちゃんとかすどろの関係性がよくわからないが、祝島では、神舞=橋部、びわ=山戸孝、反原発=山戸&清水、練塀=平、そして、かすどろ=酒井のおばちゃんってことでいいのかな??




その酒井のおばちゃんに連れられてやって来たのは「民宿くにひろ」の井戸の前。そこに集まって(集められて)いたのはなんと90歳以上のばあばあさーたち。

皆さんの表情がよいですねえ。
見よッ橋本のマタばあの前屈屈伸を。90歳を越えてこの身体能力はヤバイよ。(「ヤバイ」という言葉がポジティブで肯定的に使われ始めたと、何かの新聞で読んだことがあるけど、この場合、「身体能力がヤバイ」という使い方はどう受け止められるのかな)





祝島ならではの石垣や石段のロケーションの映像風景が異国情緒を醸し出してる。







このシーンは大爆笑でした。
だって乳をベロ〜んと出そうとするんだもん。(笑;
オイオイオイっと思わずテレビ画面にツッコミを入れました。レポーターはシドロモドロ。ここボケどころやのに。

まあ、でもねえこのテレビを観た人には悪いけれど、
「祝島 元気の源 かすどろ」とはちょっと乱暴過ぎると思いますよ。そりゃあ多少はかすどろにはそのような効果があるのかもしれない。でも、そんなにしょっちゅう食べないですよ。まして夏には。

祝島の年寄りは毎朝みそ汁をのむようにいつもかすどろをのんでるので、「90歳でも肌がスベスベ」「90歳でも前屈屈伸ができる」「90歳でも元気に畑仕事をしてる」というアナウンス効果を誘導しているかのような強引な番組構成だ。こういうのに騙されたアホな感化された素直で賢い消費者が、そのような効果を短絡的に期待して翌日には酒粕とイモを買いに走るのだろうなあ。

「元気な年寄り」にスポットを当てるのなら、祝島には福徐伝説があり「不老長寿の実」もあるわけだから、かすどろよりもそっちを扱った方が物語性もあるし据わりがいいと思うけどなあ。ほんとにどうしてかすどろなんだろう。そんなに言うほど祝島名物ってことでもないし。しかもこの真夏に。

ありきたりだけど、元気で長生きなのは魚介類と野菜中心の食生活と、温暖な風土でストレスの少ない環境に育まれているからであって、筑紫哲也がエラそうに唱えなくとも、祝島の日々の営みそのものがまさに自然と「スローフード」「スローライフ」なのである。(嫌いな言葉だけど)

スタジオではかすどろを召し上がってました。
左から旭道山、水野久美、アグネス・・チャン、林与一。とくに旭道山はガブガブ食らいついてましたね。
美味しかったのでしょうか・・・。

「かすどろ」とは簡単に説明すると、酒粕とサツマイモと砂糖をいっしょに水で煮込んだお吸い物。番組で作っていたのは、ちょっととろみがなかったような気がする。ぼくが子どものころのんでいたのはもっとサラサラしてた。それぞれ家々で違うのかもしれない。




2005/7/10(日)よみうりテレビ『遠くへ行きたい』 「瀬戸内 白壁・石塀・海の里」









阿藤快の『ぶらり途中下車の旅』といい、渡辺篤志の『建物探訪』といい、そしてこの『遠くへ行きたい』という番組、しっかり観た記憶がないんだけれど、なぜがよく知っている。

サイクルの早いテレビ界において息の長い不思議な長寿番組だ。1761回ってことは、週一でかれこれ30年以上も前からあるのか、すごいな。ま、それだけ良心的で手間をかけてるからこそなのだろう。

♪し〜らない〜まぁ〜ちを〜 あ〜るいてみた〜い・・・というこのメロディーも染みこんでる。まったりとした日曜日の朝の時間はいつの時代も不変なのだ。




旅人は益子直美。
旅番組のレポーターとしては優秀だと思う。
バレーボールで鍛えられた体力があり、テレビ映えする容姿があり、知名度もそこそこある。
スポーツ選手上がりのタレントにありがちな間の悪さはなく、悪意
(ロケ慣れした芸人のようなベタな計算も素人いじりもなく)もない。風景に溶け込んでいて邪魔にならず、旅番組に重宝される人材として欠かせない存在なのかもしれない。

今度は鶴瓶師匠のような大阪の芸人をセッティングして、思い切り祝島のオバンやオジンをいじり倒した番組を見てみたいがなあ。桂小枝でもいいぞ。ホンコンも可。








山戸孝くんのびわのうんちくが素晴らしい。
(当たり前か。びわ農家だもの)

畑に大きな岩が点在しているのは、昼間太陽が出ている間に岩が熱を吸収して、夜になって温度が冷えてきたら、吸収したその熱が放出される。寒さに弱いびわ対策なんだという説明には目からウロコ。

びわ畑に限らず祝島の畑にはどうして岩があるのかなあと思っていたらそのような意味がちゃんとあったのですねえ。ワタクシまったく知りませんでした。




それにしても孝くんの喋りは滑舌がよくて祝島的ではなかったのがちょっといい意味で裏切られたってな感じ。どこかの役人みたいでした。テレビということを意識していたとしても、あそこまではなかなか堂々と喋れないと思う。やはりこれは父親譲りなのでしょうかね。

三浦湾をバックにびわ茶を飲んでいる場面は爽快でした。ヨソの人が見たらその環境に驚くと思う。
そのような環境で飲むお茶はさぞかし美味かろう。






祝島といえば今や練り塀。
やはりこのポイントは外せないのでしょう。
「びわ」「練り塀」ときて、なぜ「かすどろ」だったんだろう?コッコーとか他に「祝島名物」はあったろうに。

リサーチしたときにたまたま発見して、番組の構成作家が個人的に興味を示したとしか思えんが。(笑)

それとも、現場のロケハンの途中で旅館の人か誰かに、この島独特の珍しい食べ物は何か?


と聞いた中に「かすどろ」というのが出てきて、何それ?おお、それは面白そうだ、是非それを・・・・みたいなその場の勢いだったのかもしれない。




組合の婦人部のオバンたち。
もう、何て言うんだろう・・・相変わらずウルトラ警備隊のような帽子被ってケチャケチャ喋ったり笑ったり・・・

「はあ〜あんたらが、バカげ〜なや、はあ、たいがたあ〜け〜顔を写しなさんなや、はあ、はあ、はあ・・・」

というモーションを起こされたであろう。(カメラマンは苦労しただろうなあ(苦笑;

この中にぼくのオカンがいるのだが、顔はしっかり隠したつもりでも、声はしっかり拾われていたのが笑った。







いつまでもお若くいてくださ〜〜〜〜いッ

歴史と伝統の海の里に暮らす、明るくてやさしい人たちとの出会いの数々が心和む思いで深い旅となりました。絶対また遊びに来ます・・・

というエンドロールのラストシーン。

このお別れシーンはまるで『ウルルン滞在記』でしたね。
手ぬぐいを振る祝島のオバンの姿が愛しい。

まあ、それにしても柳井の人はガッカリしたでしょうねえ。
そっち方面から案の定抗議のメールが何通かありましたよ。白壁通りをちょろっと歩いちょっただけで、時間にして正味5分くらいしかのうて、後はず〜っと祝島ばっかり映っちょたやんけ〜と。苦笑;
ハハハ・・確かに。でかくて御免!マスコナオミのアタック日記祝島ロケの感想文



2005/6/21・22・各局『中電のボーリング調査への抗議〜ニュース』(原発予定地)



詳細はUrauraStory


2005/6/11(土)NHK『おはよう日本〜西日本の旅』





藤原祥子









主役は彼女→
島唯一の小学生。

祝島に移住してどのくらいになるのか知らないけれど、まだまだヨソの人の空気が漂っていてどこかぎくしゃくした印象を受けました。

島に馴染んでいないとか、溶け込んでいないとか、そんなエモーショナルな感覚ではなくて、感情がノッキングしているようなぎこちなさが見える・・・みたいな・・・

喜びを表現するときの、両手を挙げてピョンピョン跳ねる仕草は漫画的でおもしろかった。







『西日本の旅』というより、瑠璃の島ならぬ、
『蛭子家物語〜みさきの島』ってな構成でしたねえ。

さとしくんが喋ってる場面にこっちが緊張しました。(笑;
もっとひねれひねれ。

たった10分くらいなのに意外にも中身は濃いかったです。ユルユルの提灯番組に仕上がっているのかと思ってたけど。まあ、でも、せめて30分くらいあればもっとじっくり深く伝えられたかもしれない。






島の人は元気だとか、人情があるとかよく言うけれど、逆にいえば、体力的にも精神的にも元気がなければ、人情がなければ島では生きていけない。
残酷な環境でもあるのだ。

彼女の歳のころのぼくは「祝島が大嫌い」でした。
好きとか嫌いとかいう感情に答えはないとはわかってはいても、何が解決策なのか誰も教えてはくれない。自分でも見つけられず、自分のなかに抱え込んだまま、狼狽えるしかないのだ。
ミレニアム年の『ゆうゆうワイド』<祐子がまわる>(所さんのダーツの旅みたいな)というコーナーで梶山祐子アナが旅で祝島に訪れていたので、
HNK山口には祝島はストックされているのだろう。
ちなみに彼女は今、「まちの駅ネットワークふくおか」を拠点に各地のまちづくりに参加している。








テレビ朝日『素敵な宇宙船地球号』〜スナメリの棲む海

大阪湾再生プロジェクトの一環として


スナメリを追って祝島へ。

海底の映像がきれいなのにビックリした。



テレビ東京『田舎へ泊まろう!』2003/10/23放送

この番組は、日本の田舎へ有名人を派遣して、

現地の人たちとのふれあいながらも、最後にアポなしで民家に泊まるというのがウリ。

詳細は祝島UrauraStory『田舎に泊まろう!』をご覧ください。



NHK教育『ETV特集〜環境アセスメント』

原発予定地には稀少動物や生物が多く生息している、との調査結果に、推進派と反対派の言い分などを追った検証番組。




スナメリの海



日本テレビ『今日の出来事』

ニュース特集で紹介される。

画像が行方不明だけれど、
テレビ朝日『ニュースステーション』でも、ぼくの知ってる限りでは3回ほど特集で取り上げられた。このときのキャスターは久米宏と小宮悦子だった。久米はリタイアしたら一度訪れてみたい島だなんて言ってたけどねえ・・・。

ほとんどがローカルなのだが、全国放送で祝島が登場したのはこの2番組くらいなもんかなあ・・・。


NHK新日本探訪『いつか 心ひとつに』1996/9月1日放送




ナレーションは森本レオ。

祝島の宝物が消えてしまう。子や孫のためにやる。

祝島を守るのはその次世代の子どもたちが前に出てくることが、この難局を乗り切るひとつの方策。

と語る橋部さんの言葉が切ない。


ズームイン朝!






MBS『映像99ドキュメント』1999/10月放送

大島郡でほぼ自給自足(現金収入は趣味の彫金彫りでまかなっている)ひとり暮らしをしている福島さんの日常を追ったドキュメンタリー。

「国に絶望した」という言葉が重かった。
祝島沖の原発も、あれはバカのすること、と一蹴。

福島さんの撮った祝島の写真は素の空気が写っています。
ぼくも空気が写ってるって言ってもらえるような祝島の写真を撮りたいのだけれど、まだまだそこまでいかない。



足の向くまま〜光と風
<http://www.yab.co.jp/sy/ashino/040910.html>
〜山口朝日

今週の番頭はん<http://www.tys.co.jp/honpo/banto/041002.shtml>〜テレビ山口

瀬戸内紀行〜海の路<http://www.home-tv.co.jp/umi/05/index.html>〜テレビ新広島