ありえないオンライン

新世紀初頭、一つの会社が壊れた。
世界総プレイヤー数8000万人。
その内、引き篭もり、登校拒否児が4%を突破。
自らの作り出した多人数参加型ネットゲーム、
「ラグナロックオンライン」に畏怖した重力社は、
とある決断をした…。

「ラグナロックオンライン」はネットワークを使用したゲーム。
特別な装置とパソコンを繋ぐことで誰でもキャラそのものになって
ファンタジー世界を冒険出来るニダ!



………ドボン!

ログインしてみると、そこは水中だった。

「ん?どこだここは…あぁ、伊豆4Fか、
そういえば昨日カード狩りしててそのまま落ちたんだっけ」

俺の名前は血水陣。
と言ってもキャラクターの名前だが。
俺は今このラグナロックオンラインに猛烈ハマっている。
単なるゲームと違って、これはキャラクターそのものと同じ体験を出来、
更に他の場所からプレイしてる人とも交流を持てるという、
技術革新の賜物のようなゲームなのだ。

「にしてもカード出やしないな、いい加減飽きたし、出るとするかな」

水中のステージなのだが、
ゲームの仕様により窒息したりすることはない。
伊豆とはイズルードという街の略語で、
俺の来ているダンジョンはそこから船でやってくる場所なのだ。

「ひそひそ…」

「ん?」

耳をすますと何やら声が聞こえてきた。
誰かが俺に耳打ちをしているらしい。
俺もWISモードに切り替えて話し始めた。

「誰だ?」

「来ましたね血水さん」

「おお、時空か」

“青の時空”俺の仲間だ。

「なかなかLv上がってますね〜」

「カード狩りが目的なんだけどなあ…なんかLvの方が上がっていくな」

「がんばです」

耳打ちはそこまでだった。
俺は近くにモンスターもいない事を確認すると、
一枚の蝶の羽を取り出した。
それを水中でぎこちなく口に含む。
一噛みすると、体がふわっとした感覚に包まれた。

がやがやがや…。

いくつもの雑踏、様々な品物を並べて商売をする人々。
待ち合わせの為にきょろきょろしてる人。
多種多様な人々が集う街、首都プロンテラ。

この街ではありとあらゆるものが揃う。

「鯖キャンも無しで戻ってこられたみたいだな」

蝶の羽はセーブポイントに一瞬で戻るアイテムだ。

「さて、収集品売ってさっさと金にするか…」

俺は道具屋へと足を向けた。
…その時だった。

「こんにちは、ラグナロックオンライン運営チームです」

刹那にして町中の人が騒ぎ出す。

「なんだぁ?」

「またメンテか?」

「天の声が…」

俺は黙ってどこからともなく響くその声に耳を傾けた。
男でもない女でもない、機械的な声だ。

「本日にてラグナロックオンラインは、ゲームではなくなります」

俺は思わず声を上げた。

「は?」

「我々の支配の域を脱してしまったこの世界は、今から永久の物とします。
これより皆さんのログアウト、その他様々な権限を剥奪させて頂きます。
尚、現実と遜色ない世界を楽しんで頂く為、この世界での体験は
全て実際に起こる物とします」

近くの人々がより一層騒ぎ出した。

「どういうこと?意味がわからないんだけど」

「これってネタ?」

俺は誰の疑問にも答えられなかった。
だが、とにかくヤバイ気がした。
一種のカンという奴だ。
このままでは何かがまずい。
俺は一旦ログアウトすることにした。

「ログアウト!」

いつもはこう叫ぶと自動的にサーバーが認識してログアウトさせてくれる。
だが、今回は何の反応も無かった。
俺はもう一度叫んだ。

「ログアウト!!」

何もなかった。
ただ俺の声が民衆のざわめきにかき消されるだけだ。

「ではごゆっくりファンタジー世界を楽しんで下さい。
以上、ラグナロックオンライン運営チームでした」

俺の耳元にWISが届いた。
きっと時空だ。

「時空か?」

「ええ、そうです。…今の一体なんなんですかね?」

「さぁ…全くわからないが嫌な予感がする…ログアウトが出来ない」

「え?ログアウトが出来ないんですか?…僕もちょっと試してみます」

一瞬WISが切れ、またすぐに声がした。

「ほんとですね、まさかさっき言ってたこと本当なんですかね?」

「いやぁ、あり得ないだろう。確かにログインしてる時は
サーバーに意識を移してるけど、永久にゲームをするなんて出来るはずがないし」

「そうですね、大体そんなこと法律が許すはずがありませんしね」

「うおっ!!」

その時、WISとは別にすぐ隣で声がした。

「ちょっとまった、WIS切るよ」

「あ、はい」

時空とのWISを切ると、すぐ隣にいた商人に目を向けた。

「イ、イグ葉が消えた!今売ってたイグ葉が!」

「…何?」

俺は急いで自分の腰袋を開いた。

「…どういうことだ…」

確か三枚程常備していた“イグドラシルの葉”が消えている。
ちなみにイグドラシルの葉は、HPが0になり倒れたプレイヤーを
復活させることが出来るアイテムだ。

その時、俺の頭にある推理が浮かび上がった。

俺は急いで時空にWISをした。

「時空!今どこにいるんだ?」

「え?GHですけど…」

「危険だ!すぐにプロンテラか、モンスターのいない所へ行くんだ!」

「え?なんでです?」

「いいか、この世界の出来事が現実に起こるというのがほんとのほんとにマジだったとすれば…
HPが0になるってことは死を意味するんだ!」

「ま、まさかそんな…」

「イグ葉が消えてる。運営チームは“生き返す”って事を消滅させたんだ」

「…!!」

「時空!早く逃げた方がいい!」

「い、今近くでウィズさんが死んでるんですが…、
ずっと倒れたままなんです…。
セーブポイントに戻ることも、ログアウトもしようとしない!
放置かと思っていたんですが…」

「きっと…死んだんだ…、ゲームではなく現実で!」

「そんな馬鹿な事が!?」

「可能性はある!すぐに羽を使ったほうがいい!」

「は、羽も消えてます!」

「じゃあ今すぐGHを出るんだ!」

「わわわ、わかりました!!」

俺が一頻りWISを終える頃には、
町中パニックになっていた。
他にも気付いた奴が大勢いるらしい。

「大変だ!ログアウトが出来ない!」

「し、死んだ仲間が生き返らないの!誰かどうしてか教えて!!」

なんということだ…。
もし、現実に戻ることが出来ないとすれば…。
いや、そんなことはありえない。
こんなゲームが存在することが法的に許されるはずがない。
今は息をひそめてただ待つのが賢明だ…。


………だが、真の悪夢はここから始まるのだった…。

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