ありえないオンライン11


ついにあり得ない状態で11話。
どんどんあり得なくなっていくのでよろしく。


俺は夢を見た。
どこかの川にいる。
川の清流はとても綺麗で、美しい魚が泳ぎまわり、
水面には瑞々しい青色を湛えていた。

そこに皆がいる。
友達、家族、今まで知り合った色んな人。
みんなは楽しそうにしている。

俺もみんなの所へ行こうとした。
しかし足が動かない。

見ると、パソコンのケーブルが
足に絡まっている。

一生懸命振りほどこうとするが、
足を振り回すと、ケーブルの本数が増えて行く。
とうとう俺は動けないくらい雁字搦めになってしまった。

ふと後ろから何かの影が近づいてくる。
見ると、PCのモニターが置いてある。
PCの画面には文字が表示されていた。

「お前は一生ゲームをやり続けるんだよ」

…そこで目が覚めた。
全身汗だく…でも無い。
起きると、木製の天井が目に入る。
電灯もスプリンクラーも付いてはいない。
そう、ここは俺の部屋じゃない。
ふと見ると隣のベッドには時空が寝ていた。

そう、ここはまだラグナロックオンラインの
ヴァーチャル空間なのだ…。

俺はいつも通りエローラの朝飯を食いながら、
窓を開き、外の様子を眺めていた。

色んな人がいる。

泣いている人、笑っている人…。

きっとこの大勢の中には脱出することを諦めて、
今の世界を楽しもうと考えている奴もいるんだろう。

何のリアルの干渉もない、
本当に一冒険者として生きる事が出来る世界。
これはある意味我々が望んでいた物だ。

だが、俺はそんな奴等とは違う。
俺は人間だ、現実に生きる人間。
…ゲームキャラクターでは無い。

「おいしそうな匂いですね」

時空がエローラのコンソメスープの香りで
目を覚ましたようだ。

「時空の分もそこにあるぜ」

「おぉ、これはありがたい。
何しろ今までリンゴとか人参ばっかで…。
飲み物と言ったらミルクくらいしかありませんし」

俺はなしゆに少し味見させてもらった
赤ポーションの味を思い出した。

「まぁ栄養的にはいいんじゃないか」

少し皮肉を織り交ぜて言ってみた。
時空は鼻で笑うと、少し真剣な表情を見せた。

「しかし、我々の体はどうなってるんでしょうね」

「アイテムで満腹感が得られることか?」

「違います、リアルの肉体のことですよ。
みんなゲームに繋ぎっぱなしなんですから、
きっと外じゃかなりの大事になってると思うんですけど」

…なるほど。
そう言えば俺達は一向にリアルへ連れ戻される気配がない。
外では誰かしらゲームを続けているプレイヤーを発見するだろう。
さすがに今日で三日、いい加減ただ事ではないと気付く頃だ。
そうすれば、日本の警察が救済に動いてくれるのが
自然な流れだと思うのだが…。

…俺は現実世界では家族との絆が薄かった。
両親は決して俺の部屋に入ってこなかったし、
外に出て行く時もてんで勝手だった。
だから俺の姿自体を確認してないこともあり得る。

そう考えると少し切ない。

俺はそんな事を考えながらも朝飯を摂り終え、
鎧を装備し始めた。
時空がデザートのヨーグルトを食べながら言う。

「やっぱり…ゲフェンへ行くんですか?」

「ああ、大丈夫、ちょっと見てくるだけさ。
時空は来なくてもいいぞ?」

「いえ、僕も行きます。
これでもLvは血水さんより上ですしね、
何かあってからでは遅いですから」

「そうか、ありがとう」

確かに時空は強い。
彼がいてくれるとこれほど心強いことはない。

ゲフェンとプロンテラは距離的に近い。
まず西門からフィールドに出て、左へ向かう。
下水道の入り口を通り過ごし、
北へ進路を取るとバッタ平原。
更にそこから西の方へ向かえばゲフェンだ。
アクティブモンスターは何一ついない。

俺達は道具屋を出て、西門へ向かった。

途中、町の中央、
噴水のところでアサシンとプリーストの二人組に出会った。
先日知り合ったこじろーとやなだ。

「こんにちは、ご無事で何よりです」

この二人はいつも礼儀正しくて気持ちがいい。
俺も会釈しながら気さくに話しかけた。

「どうだ、何か新しい情報は掴めたかい?」

やなは少し考えた後、これはどうだという表情で口を開いた。

「ありますよ、取っておきの情報が!」

こいつはしめたと思った。
やはり何事も基本は情報収集である。

「一体どんな話だ?」

だがそこでこじろーが一歩前に出た。
そして口の前に人差し指を持ってきて、
ゆっくりと左右に揺らしながら言う。

「ノンノン、世の中ギブアンドテイクですよ」

こんな時に何を陳腐な台詞を…、
とも思ったが、こういう世界こそ
用心する気持ちはわかる。
俺もそれなりの情報を教えてやることにした。

「『ぐれいとふる☆でっど』がゲフェンを壊滅させたらしい」

「何ですって!?」

「意外と知られてないようだが…俺達はそれを確認しに行くところなんだ」

「なるほど…」

「そっちの情報はどんな感じ?」

やなはフフンと鼻で笑うと、
さも誇らしげに口を開いた。

「『鍵』の話は知っていますか?」

鍵、恐らくあのbriskが言っていた鍵の話だろう。
なしゆが関連していると言っていた…。

「…知っている、けどおぼろげな話だ」

やなはそれを聞くとがっくりと肩を落とした。
きっと俺が興味津々な表情になるのを期待していたんだろう。

「知っていましたか…。
ではそれがこの世界をログアウトする唯一の手段ということも?」

「なるほど…やはりそうだったか」

「これもご存知だったんですか?」

briskは炭鉱で言っていた。
悪夢を脱出する為に鍵が必要だと…。
回りくどい言い方だが、結局はそういうことだったんだろう。
俺はある程度気付いていた。

「もっと詳しい話はないのか?」

「う〜ん…では『鍵』の形状については知っていますか?」

「鍵の形状って…カタチってことかい?
鍵じゃないカタチしてるってことか?」

「ええ、そうなんです。鍵ってのはあくまで呼称で、
その実は一振りの剣の形らしいですよ」

剣を鍵とは…詩的な事だ。
ファンタジー世界にはよくありそうな話だが。
…って、ここはファンタジー世界なんだな。

「実に参考になった、ありがとう」

俺は心の底から礼を言った。
二人は既に踵を返しながら言う。

「いえいえ、それじゃあまた会いましょう」

そして二人は去っていった。
俺はすぐに時空と会話を始める。

「鍵は剣のこと…か」

「いかにもRPGらしいですね」

「だけどなしゆは剣なんて持ってなかったしな…どういうことなんだろう」

「僕に聞かれてもわかりませんよ」

それもそうかと一人ごちて、俺らはいつのまにか西門の所まで来ていた。
気を引き締めて装備を確認する。まずはお気に入りの両手剣、
鎧、篭手、蝿の羽、赤ポーション…は少し数が不安だ。
俺は近くで露天している商人を探した。

さすがにこんな時勢に金儲けをしよう等と言う奴は少数なのか、
露天している商人は世界が暴走する前に比べて10分の1もいない。
そんな奇特な商人勢の中に、そいつは居た。

青い髪の女ブラックスミス。ちょっとイカした感じである。

「赤ポーション41Zですよー安いよー」

俺は努めて明るく声をかけた。

「こんにちは、20個売ってください」

「あい!」

するとそのブラックスミスはすぐに20個俺の前に並べた。
20個と言っても、ポーションは一瓶が縦5センチくらいの大きさなので、
持ち運ぶ分にはほとんどかさばらない。

「お客さん、どこ行くの?」

腰袋から金を取り出す俺に、その女は聞いてきた。
俺は隠す必要も無いと感じたので、正直に答えた。

「ちょっとゲフェンまでな」

「ゲフェンに…?」

どうやらこの女も例の話を知っていたらしい。
怪訝そうな表情をしながら、金を受け取る。

「あんな所行っても何も無いんじゃない?」

「…何もしないワケにもいかないんでね」

「ふうん」

「じゃ、ありがとな」

俺と時空はそのブラックスミスに別れを告げると、
並足揃えて首都を発った。
久しぶりに踏む草原は、
誰も外に出ないせいかすっかり伸び切っていて、
丸でこの世界には俺と時空しかいないんじゃないかと
思わせるくらいだった。

戻る