ありえないオンライン3

テロ枝使った馬鹿のせいでピンチだった血水。
だが呑気にしてる場合じゃないぞ血水!
この世界はどんどんリアルになっているニダ!


枝事件から5・6時間程経った。
あれから俺はこじろー、やなと別れ、宿屋に向かったが、
どこの部屋も一杯だったので、仕方なく道具屋の一室で寝ることにした。
勿論道具屋のお姉さんがいるが、所詮NPCなので気にすることはない。

俺はあれから少し奇妙なことに気付いた。

「馴染んでいる…」

ログアウトを禁止されてから、俺の感覚は鋭くなっていた。
最初はあり得ない状況による緊張感が生み出していると思ったが、
どうやら違う。
俺の指が、目が、耳が、どんどん感覚を増している。
そう、まるで現実そのものであるように。

俺はベッドに座り、立て掛けてあった剣を手に取った。
触ると、ひんやり冷たい。
親指に切っ先を押し付け、少し力を入れてみた。
当然、血が出るのだが…。

「痛い…?」

この世界はゲームだ。
敵から攻撃を受けても、痛みは無く、振動でダメージを知らせるだけのはずだ。
だが、俺の親指は、鋭い痛みを神経から脳髄へ響かせていた。
…まるで現実と遜色ないではないか!

突然、ドアが開いた。
俺は反射的にそちらへ目を向けた。
入ってきたのは、道具屋のお姉さんだった。
俺は戦慄を覚えた。
お姉さんは、俺に気付くと、軽く会釈した。

「あら、まぁ…お客様でしたの。これは気付きませんで。
剣士様ですか?あらら、親指を怪我していますね。
今薬箱を持って来ますわ」

女は硬直している俺にそれだけ喋ると、またドアを閉めて部屋を出て行った。
しばらくすると、間も無く赤十字の刻印された白い箱を持って戻ってきた。
教養のある風に淑やかに俺の前へひざまずくと、俺の手を取って
親指に包帯を巻いてくれた。
だが、俺はその間、冷や汗が止まらなかった。

「では、ごゆっくり」

女は出て行った。
俺はようやく口を開いた。
誰もいなくなった部屋で。

「ば、馬鹿な…」

“道具屋のお姉さん”はNPCだ。
道具を売り、そして収集品などを買ってくれる。
それが役割であり、その他の命令は与えられていない。
それなのに、あのNPCは勝手に動き回り、
しかも俺に包帯を巻いた。
丸で死体が動き回っているのを見ている気分だ。
俺はガクガクと震えだした。

「現実…現実そのものだ」

俺は脱兎のごとくベッドから降りると、
一階へ駆け下り、先ほどの女の胸倉を掴んだ。

「きゃっ!何するんですか!?」

「あんた、名前は!?」

「名前ですか?エローラですけど…」

「父親と母親はどこにいるんだ?」

「父は出稼ぎに行ってます…母は他の街で叔母に会いに行ってます」

「…!」

「どうなされたんですか?」

「いや…すまなかったな…」

俺は息を整えると、トボトボと自室へ戻った。
そして、顔を両手で覆い、床へ崩れ落ちた。

「NPCが意思を持っている…」

冷静に考えれば、そう大したことではない。
新しいパッチが当たれば、それくらいの事はするかもしれない。
だが、あの女には、どんな質問をしても返事が返ってくる気がする。
俺はベッドによろよろとブーツも脱がずに倒れこみ、
そのまま天井を見上げた。
そして一つ思い当たったことがして、カーテンを開いた。

「現実になる…現実…こういうことか…」

外はすっかり夜になっていた。
まだ昼夜が変わるパッチは当たっていないはずだ。
この世界は限りなく現実に近くなっているのだ。
俺はもう、自分がゲームの中にいる感覚は完全に消えていた。

そっと、目を瞑った。
疲れた…実に疲れた。
ベッドの心地よい感触は、俺を容赦なく眠りへと誘った…。

「騎士様、朝で御座いますよ」

俺は体を揺すられて意識を次第にはっきりとさせた。
痛いくらいの日光がまぶたへ刺さる。
目を開けると、エローラとか名乗ったNPCが、
にっこりと微笑んでいる。
だが、俺はその顔を直視出来なかった。

「俺が寝ている間に何かあったか?」

「いえ、特には、ただ今朝は少々外が騒がしいようで。
今朝食をお持ちしますね」

エローラはワゴンに乗せた朝食をガラガラと部屋に持ってきた。
トーストにハムエッグにコーヒー。
すごく普通のメニューだ。

「コーヒーに砂糖は?」

「要らない」

ブラックは得意ではないが、眠気を覚ますにはこれが一番だ。
俺はそれをずずっと飲みながら、
カーテンを少しだけ開いて窓の外を覗き込んだ。
沢山のPCが歩き回っている。
なんだか一夜明けてすっかり状況に慣れた…というか、
諦めた感覚の俺は昨日と違っていつもの態度でエローラに話しかけた。

「この道具屋に他に泊まり客が来たかい?」

「隣の部屋にシスター様が泊まっていますよ、それだけです」

「そうか、ありがとう」

「いえ」

俺は朝食…それにあり得ないのだが
尿意を催したのでトイレも素早く済ませると、
鎧と剣を腰に付けて部屋を出た。
なんだか俺は清清しい気分になった。
このファンタジー世界は現実になっている。
俺達プレイヤーが求めていたのはこれなんだろうか。

一階に下りる階段の手前で、アコライトと鉢合わせた。
この人がさっきエローラが言っていた人物だろう。

「やあ、おはよう」

「お、おはようございます」

どうやら先の人物はまだこの状況に慣れていないらしい。
当たり前の話だが。

「大変なことになったな、あ、ちなみに俺はNPCじゃないよ」

「あ、はい…私急ぎますのでこれで」

「そうか」

アコライトはいそいそと下へ降りていった。
俺もあんまり呑気にはしていられない。
まずは時空の身が心配だ。

「時空」

…?
返事が無い。

「時空?」

やはり返事は無し。
俺は携帯の電波のいい所を探すみたいに、
あちこち動き回ってWISを送り続けた。

「何を騒いでおいでですか?」

エローラだ。
俺は嫌な予感がした。

「俺の声が聞こえるのか?」

「ええ、時空時空と…ウチにはそんなお方はいらっしゃいませんで…」

「そうか…なんでもない」

WISを送っているはずが、全体チャットになっている。
よく考えたら、現実にWISは無い。
昨日は出来たのだが…RO運営チームがどんどんこの世界を
現実に近づけていっているようだ。
俺は潔くWISを諦めた。

昨日はゲフェンだと言っていたな…。
あの時間からだと夜通しプロへ歩いたか、
ゲフェンで一夜明かしたか…。
まずは時空を探さなくてはならないな。

エローラに心ばかりの宿代を渡し、
俺は大通りに出た。
広場に人が集まっている。
数人のPTが人々に呼びかけていた。

「こんなことは許されることではありません!私達はゲームの世界に
囚われてしまっているのです。これは重力社の犯罪行為です!
みなさん、なんとかしてこの世界を脱出する方法を一緒に考えましょう!」

なるほど、最もだ。
だが俺には彼らがどんなに頭を捻っても、
この世界から逃れることは出来そうにないと思った。

プロンテラをくまなく歩き回り、時空の姿を探した。
宿屋や酒場にも聞き込みをしてみたが、手がかりは得られなかった。
ただ顔に焦りを浮かべた人々と、諦めた表情の人が二種類いるだけだ。
俺は客観的に見て後者だろう。

途中、ポタ広場へ通りかかった。
いつも数人のアコライトやプリーストが、
人を目的地へワープポータルで飛ばしてやる事で路銀を稼いでる場所だ。

そこに、さっき道具屋で会ったアコライトがいた。
通りかかる同業者に片っ端から話しかけている。

「すいません、炭鉱ポタありませんか?
炭鉱へ行きたいんですが…」

こんな時でも稼ぎに行くつもりだろうか。
死ねば終わりだというのに。
気弱そうに見えた女アコライトだが、
意外と度胸がある奴なのかもしれない。
だが、いそいそと動き回る聖職者達は、
そんな彼女を無視している。

だが、ようやく心優しい一人のプリーストが足を止めて話を聞いた。

「…はい、ありますか?」

「一応ありますけど…大丈夫なんですか?
あそこはアコライトにはつらいところですよ、赤コウモリとか出ますし」

「大丈夫です…お願いします。行かないといけないんです」

「わかりました…くれぐれも死なないようにして下さいね。
状況が状況ですから…」

「はい、ありがとうございます…」

「ワープポータル!」

プリーストが叫ぶと、光の円陣が現れた。
彼女は胸に手を当て、神に祈るかのようなポーズを取ると、
その輪の中へ飛び込んだ。
プリーストはしばらくその様子を眺めていたが、
俺が一部始終見ているのに気付くと、気さくに話しかけてきた。

「一体何が目的なんでしょうね?」

「さあな…アコライトが行く場所じゃないと思うが…」

「なんだか気になることを言ってましたよ。
炭鉱に仲間がいるとか…」

「仲間?」

「ええ、その仲間を探しに行くんだそうです」

「一人で?」

「でしょうね」

俺は心底自分がお人よしだと言う事を再認識すると、
そのプリーストに再びワープポータルを頼んで、
彼女の後を追った…。

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