ありえないオンライン5


炭鉱に着いたぞ血水!急げ血水!
関係無いが血水引退寸前じゃねえかこのヤロウ!


俺は頭をさすりながら二階の廊下を歩いていた。
何分も看病してようやく目覚めたアコライトと、
激しい突っ込みをくれたウィザードの三人で。

「俺の名前は…血水陣。それで二人は?」

「俺の名前は焔だ」

「………」

アコライトの方はなんだか呆けたような表情を浮かべている。
大丈夫かこの女?俺は少し心配になった。

「まだどこか痛むか?」

「あ、いえ、すいません。私はなしゆと言います」

「なしゆか…無口なんだね」

焔が口を挟んだ。

「喋るのが遅くて…すいません」

「いや謝ることじゃないけどな。俺宿屋で会った奴だけど覚えてる?」

「はい、覚えてますよ。ここに何しに来ているんですか?」

俺はお前が心配になったから付いて来た、とは恥ずかしくて言えず、
適当な嘘を付くことにした。

「んん…カード狩り」

こんな時期にあり得ない答えだったが、
二人は今までのゲーム感覚が抜けてないせいか、
すんなりと通った。

「俺は兄弟と待ち合わせしてるんだ」

「兄弟?」

「そう、紅炎っていうナイトなんだけど…見なかった?」

俺はアコライトと揃って首を横に振った。
それに習ってアコライトもここに来た理由を、
しどろもどろと話し始めた。

「私も姉を探しに来ているんです。名前はスフィアと言います」

「スフィアか…そっちも見た事は無いな」

「そうですか…」

どうやらこの二人は両方とも兄弟分を探しに来ているらしい。
蝶の羽の存在が突然禁止されたのだから、無理もない話だ。

「どこにいるかはわかっているのか?」

「俺の兄弟分はそこらへんをうろついているはずだよ」

焔は足を早めながらも颯爽と答える。
俺はカンテラで足元を照らしながら相槌を打った。

「お姉ちゃんは…昨日から行方がわからないんです」

「昨日からって…そうか、あの告知があった後か」

「はい…お姉ちゃんは蝶の羽持っていかなかったから…、
まだここにいるんじゃないかと思って」

俺はその話を聞いて少し気が滅入った。
昨日からずっと炭鉱にいる…。
よほどの高Lvならば珍しい話でも無いが、
ログアウトが禁止されている今、
睡眠をゲーム内で取る必要性があるからだ。
つまり、一晩中炭鉱で戦っているか、
もしくは…死んでいる可能性が高い。
だが俺はあえてそれを口には出さなかった。

「見つかるといいな…」

「はい」

「…あれ?」

その時、先立って歩いていた焔が突然素っ頓狂な声を上げた。
一行の眼前に金網が立ちはだかったのだ。
この金網は二階の構造を複雑にするための一種の障害物で、
いかなる攻撃や魔法でも破壊することは出来ない。

「こんな所に金網なんてあったっけ?
道は間違ってないはずなんだけど…」

俺は素早く現在位置を確認した。

「ここはあそこの十字路だから…。
ここを右に曲がって来て…そうだ、確かにこっちでいいはずだが…」

「でも、金網があるってことはきっと間違えたんですね。
戻りましょう皆さん」

無口ななしゆが珍しく冷静な意見を言うので、
俺と焔は顔を見合わせた後、大人しくそれに従うことにした。

だが、それが問題の始まりだった。

「…おかしいぞ」

一端場所が正確にわかる地点まで戻ろうと思ったが、
今までは普通に行き来出来たところに、金網が存在していたのだ。
俺ははたまた嫌な予感した。
運営チームが暴走してからは、俺の嫌な予感はよく当たる。

「もうちょっと別の道を…二階への階段前まで戻ってみよう」

俺達は先ほどよりやや急ぎ足で二階への階段を目指した。
こっちはすぐに見つかった。が、なんと階段まであと数歩のところで、
またしても金網の悪党が立ちはだかっていたのだ。

「…え?」

焔の額に一筋の汗が流れた。
そして、ガンガンとその金網を叩いて、叫んだ。

「そんな馬鹿な!ここにも金網があったら、
二階の階段にいけないじゃないか!
どうなってるんだ一体!」

なしゆはあくまで落ち着いた表情で
それを見つめていた。
俺もなしゆに習って冷静に思考を巡らせてみる。

「必須アイテムがどんどん無くなっているんだ。
炭鉱の構造が変わっていても不思議じゃない…」

「…なるほど」

焔も元は冷静な人物なのだろう。
すぐに金網を叩くのをやめて、
こっちに戻ってきた。

「とりあえず、紅炎と…スフィアだっけ?
その人を探しながら三階を目指そうか」

「そうだな、それが一番いい」

なしゆもコクリと首を縦に振った。

しばらく三人で金網に悩まされながら、
沈黙を保って歩いていた。
やがて、その沈静を破るように、俺が焔に話しかけた。

「スフィアってのはわかったけど…紅炎はいつから行方不明なんだ?」

「行方不明って訳でもないけどね…いっつも炭鉱に一緒に行ってたからさ。
何かあったらここで落ち合えるはずなんだよ」

「そうか…それで来ていたんだな」

「血水サンはカード狩りしなくていいの?」

俺はキツネにつままれたような気持ちになった。

「いや…二人の方が心配だから…一緒に探してやるよ」

なんだか苦しい嘘もあったが、
これで当初の目的を堂々と行える事になった訳だ。

なしゆはINT型、焔もINT型、俺はAGL型。
ナイトとウィザード、アコライトというPTは実にバランスが良かった。
その甲斐あって、対モンスターに関しては何の苦労も無く進むことが出来た。
だが、肝心の三階への階段は見つからない。

カンテラの油もとうに尽き、俺達は焔のサイトを頼りに歩いていた。

「…また金網だ」

さっきから無限回廊状態にならないように、
慎重にMAPを作りながら進んでいるのだが、
やはりおかしい所がいくつも見える。

まず、焔の言う通り、来たはずの二階への階段が閉ざされている。
俺はハエで飛んだからわからないが…。
二人のどちらか一方が歩いて来たのだとしたら、
金網は後から出現した事になる…?
俺はかぶりを振った。

「大丈夫ですか?」

「ああ…」

だがさっきから息が荒くなっているのが自分でわかる。
誰もいない炭鉱…、いつ敵が襲い来るかわからない緊張感。
そして…リアルその物のこの感触。
サイトの灯りが無ければ気が触れてしまいそうだ。

「あれ…」

なしゆがふと思い出したように口を開いた。

「どうした?」

「この地面…何か書いてありますよ」

俺と焔は素早くなしゆが見つめている部分に目を落とした。
すると…地面になぞられたようにこう書かれている。

“気をつけろ by先行者”

俺は一瞬動揺したが、こんな状況に慣れて来たせいか、
事の他冷静に思考を保てた。

「…これは…俺が一階で書いた奴だ」

「なんだって?」

「俺が一階で…お前達に宛てて書いておいたんだ。
一階…ここは地下二階のはずだな?となるとこの階段…」

そう、たいまつの炎が灯すその地面の眼前には、
大きく悪魔が口を広げるように、下への階段が広がっている。

「これ…一階からここに来た階段と同じだよ!」

「どうなってるんでしょう…」

本当にどうなってるんでしょう。
これも運営チームの意向の内なのか?

「バグ…ですかね?」

「いや…バグにしてもこんなのは聞いたことがない…。
大体、ここの階段は一階のそれにそっくりだが、
俺達が歩いて来た道はまさしく二階のモノだ」

なしゆと焔は後ろを振り返った。
確かに今俺達が歩いてきた廊下は、一階にはない光景だ。

「降りて…みるか」

「それしかないですね…」

「行こう」

焔がぞんざい凛とした声で言い放つので、
俺はいくらか動揺が消えた。

そして、大きく深呼吸した後、
俺達は三人揃って謎の階段を下り始めたのだった…。

戻る