ありえないオソライソ6


血水!血水!とりあえず血水!
血水は血水であり血水ニダ!

「ここはミストとイービルドルイドが出現する。
気をつけないとな…三階だったら、の話だが」

俺が二人にそう呼びかけるのを丸で無視するかのように、
三階に着いた途端、なしゆが前に躍り出た。
そして、両手を口に当て、大きく息を吸う。

「おねぇーちゃーん!!」

俺と焔は突然無口ななしゆが取った行動に驚いた。

「どこに居るの?おねえちゃーーーーん!!」

おねえちゃーーーん………

ねえちゃーーん……

ちゃーん…

ハーイ

なしゆの力一杯の叫びも虚しく、
ただ誰もいない暗闇にこだまが返ってくるだけだ。
俺はポンとなしゆの肩に手を置いた。

「大丈夫だ、きっと見つかる」

「…はい」

とりあえず少し歩いてみると、
この階層も二階と同じ光景が…、ということは無かった。
どうやら無事に三階へ辿り着けたらしい。

「全く、上の階層はどうなってるんだろうな?」

「そうだねぇ、やっぱりバグなんじゃないかな。
こんな時だし、運営チームが手抜きしてるんだろきっと」

このゲームにバグが多いのは確かだが、
こんなに派手なバグはそうそうなかったはずだ。
焔の『こんな時だからこそ』と言う言葉が少しひっかかった。

「でも、上の階層で見なかったってことは、
ここにお姉ちゃん、と…」

なしゆが焔の顔を見て、考えるような表情を浮かべる。

「紅炎」

「そうそう、その紅炎さんがいるんでしょうか?」

「ふーむ、そういうことになるね。
ここの階層はバグってないみたいだから、
すぐ見つかるさ、きっと」

俺達はとりあえず、階層の最深部まで行って見ることにした。
しばらくは順調に捜索出来ていたのだが、
とある場所で大きな亀裂に差し掛かった。
亀裂と言っても半端な大きさではなく、
むしろ奈落の穴と言う方が相応しい。

「…深いな」

亀裂の底は暗くて見えない。
もし落ちれば何の苦痛も無く成仏してしまうだろう。
そこに一本、トロッコ用のレールが掛けられていた。
俺と焔はそれを見て、こんな会話を始める。

「一体誰がレール作ったのかね、こんな所…」

「別に誰が作ったとかじゃなくて、
運営チームがそうプログラムしたから掛かってるんだろう」

「あ…そうか、あんまりリアルな感覚なんで忘れてたよ」

そんな他愛も無い会話をよそに、
俺と焔、そしてなしゆはその場に立ち竦んでいた。

「にしても深い穴だねー、一体何メートルくらいあるのかね?」

「さぁねぇ、ひとたまりも無いだろうね。
間違いなく落ちたら死んじゃうね」

「そうだねぇ」

…なんとなく気まずい空気が流れる。

「も、もし紅炎とスフィアがいても、
こんな所通るわけないよな!」

「そうだね!きっと通らないさ、アハハ」

段々収拾が着かなくなってきた俺と焔を見兼ねて、
なしゆが後ろの方でポツリと呟いた。

「…早く行きませんか?」

そうなのだ、もはや三階はほとんど探し尽くしたので、
もし二人がいるとしたらこの先しかあり得ない。
しかしここを通るのは…さすがに怖い。
例えるなら素人がいきなりネット無しで綱渡りさせられるような物だ。

「本気かなしゆ?」

「行かないんですか?」

「…いや、行きます」

俺はなんだか泣きそうになってくるのを堪えて、
なしゆの意志に従った。

「気をつけろよ、落ちたら…死ぬからな」

三人も乗るとさすがにレールが壊れそうなので、
俺達は一人づつ対岸へ渡ることにした。
こちらから向こう側まではおよそ12メートル。
レール自体はところどころ枕木が腐っているものの、
人が渡る分の強度はありそうだ。

しばらく話し合った結果、まずはなしゆから渡る事になった。

「いいか、下を見るんじゃないぞなしゆ、
俺と焔がロープのこっち側を持ってるから、
君はもう片方で自分を縛るんだ。
そうすればもし落ちても俺達で引っ張り上げる」

「わかりました」

そう言って、なしゆはそこらへんで見つけた作業用ロープを
自分の腰に巻きつけた。
そしてしっかりと結び目を作る。

「よし、大丈夫だな」

試しに軽く引いてみるが、
どうやらちゃんと結べているようだ。

「じゃあ行きます」

なしゆは目を瞑り、胸に手を当て、
大きく息を吸った。
そして再び目を開けると、
その目には迷いの感情が一切無かった。

ギシ…

足を一歩踏み出すだけで、
レールは頼りなく軋みを上げた。

だが、なしゆはどんどん進んでいく。
俺と焔はドキドキしながらその様子を見ていた。

「OKですー!」

あっさりとなしゆはレールを渡り切ってしまった。
時間にして数十秒なんだろうが、
俺にはその時間が非常に長く感じられた。
なしゆは腰のロープをほどき、こちらに綱端を投げてよこす。

「さて、次は焔だな」

「う、うん…俺か…」

焔もなしゆと同じように、
ロープを腰にしっかりと結びつけた。
そして、手でバランスを取りながらレールの上を歩み出す。

ギシギシ…

「怖ッ!!」

「焔さーん!下を見ないでー!」

ずっと向こうでなしゆが叫んでいる。
焔はなんとかレールの中央あたりまで辿り着いた。
なんだかロープをしっかり握っていると、
リアルでやってた「ファイトー!いっぱぁーつ!」というCMを思い出した。
だが、その時だった。

「うわぁ!!」

「コォォォオオオオ!!」

突然レールの上、
焔の眼前にスケルワーカーが現れたのだ!

「なんでこんな時にこんなとこへスケルワーカーが!」

さしもの俺も焦った。

「きっとどこかで倒されたのが即沸きしたんだ!
まずいぞ焔!急いで渡り切るんだ!」

とは言え、実にまずい状況だ。
焔は両手でバランスを取っているので、
魔法を使うことが出来ない。
大体、こんな所で魔法を撃ったら、
その衝撃でたちまちレールが壊れてしまうだろう。

しかもスケルワーカーはなしゆと焔の間に沸いている。
俺の位置からでは死角で、大体助けに行こうとも
命綱を握っているので動くことも出来ない。

「どうすれば!?」

「なんとか避けて向こうへいけないのか!?」

「無理です…ぬあ!」

「コオオオ!!」

スケルワーカーが手に持つ鶴嘴を焔に向けて振り下ろした。
焔はウィザードなので、恐らくVITは低いだろう。
そんな焔が鶴嘴攻撃を一発食らうだけでかなりヤバイ。

ガギン!

なんとか焔は横に避けた。
鶴嘴が枕木に突き刺さる。
その衝撃で大きくレールが揺れた。

「あ、あぁ、うああ!!」

ズルッ

焔は足を滑らせ、しばらく腕をぶんぶんと無様に回転させた後、
あっけなくレールから落ちた。
途端に俺の握っているロープにかなりの重圧がかかる。

「ずわあああああ!!」

ズルズルズルズル!!

俺は落ち行く焔に引っ張られる格好で、
レールの上を丸でジェットサーフィンのように滑走した。
正直、もうダメかと思ったくらいだ。
それでもしっかりとロープを離さなかった。

「ぐっ!」

俺はなんとか一緒に落ちるのを免れ、
力いっぱいレールの上で踏ん張った。
はるか下の暗闇では焔が宙吊りの状態になっている。
ハッと気付いて上を見上げると、
そこには鶴嘴を引っこ抜いたスケルワーカーが
俺を見下ろしていた。

「ギギギギギ…」

歯が剥き出しの口で笑ったような声を出すと、
ゆっくりとその鶴嘴を頭の上まで振り上げる。

「ぜぜぜぜ、ぜぜ、絶対離さないでくだささささい!
俺落ちたら死にます!逝く!絶対逝く!!」

「わかってる!わかってるから暴れるな焔!
なしゆ!そこからヒール砲撃てないか!?」

「だ、ダメです!射程外です!今そっち行きます!」

「駄目だ!来たらまずい!重さでレールが損壊するぞ!」

とは言え、本当にまずい状態だ。
両手が塞がっている俺は剣を抜くことも出来ない。

スケルワーカーは鶴嘴を…振り下ろした。
ヒュッと風を切る音がする。
もう…駄目だ。

ズガッ!

「ギャアアアアアア!!」

観念した俺の思いとは裏腹に、
驚愕の叫びを上げたのはスケルワーカーの方だった。
強く瞑った目を無理やりこじ開けると、
頭に剣が刺さっている。

「グゲ…、グバアアア………!!」

よろめき、バランスを崩したスケルワーカーは、
そのまま俺のすぐ側を奈落の底へ落下していった。

「何やってんだ焔、やっと見つけたと思ったらこれか」

声のした方に目を向けると、
一筋の汗を流すなしゆの隣に一人の剣士が立っていた。

「その声…紅炎か!!」

我に返った焔がはるか下で返事を返した。
俺はそれから急いで焔を引っ張り上げ、
まるで転がるように対岸へと辿り着いた。

「た、助かったよ紅炎…」

「危ないところだったな」

そんな二人の会話をよそに、
なしゆはその場へ、
へなへなと座り込んでしまった。

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