ありえないオンライン7


炭坑長いよ!とっとと先に行こうぜ血水!
今回も歯切れの悪いところで終わってゴメンなニダ。


なしゆは持ってきた赤ポーションをゴクゴクと飲んでいた。

「…ふぅ、落ち付きました」

「そういやポーションにも味覚があるのか…、
どんな味なんだ?ちょっとくれない?」

「いいですよ、はい」

俺は口にビンを当て、くいっと傾けた。
口腔に冷たくて爽やかな香りの液体が流れこんでくる。

ゴクリ。

「………ぶはああああ!!なんじゃこりゃ!
青汁みたいな味じゃないか!まずぅぅぅ!!」

「えー、そうですかー?」

そんな他愛も無い会話を交わしていると、
少し離れた所で声をかけられた。

「2人とも大丈夫?」

ついさっきトロッコ線路で助けてくれた紅炎という男だ。
見かけは普通のナイトだが、
さっき俺の為に剣を投げてしまった為に、今は丸腰である。
易々とこんな場所、こんな状況で剣を捨てるとは、
度胸があるのかそれとも無謀なのか…。
俺はまじまじと顔を眺めてしまった。

「ちょっとびっくりしたけど大丈夫です。
それより…早くお姉ちゃんを…」

焔は兄弟と御互い生きて再会を果たす事が出来た。
どうやら紅炎は、運営チームの暴走が起こった後に
この炭坑に来ていたらしい。
焔の勘は的中していたというワケだ。
だが、なしゆの姉妹のスフィアというPCは
一向に行方が掴めない。
ひょっとしたら炭坑から脱出しているのかもしれないし、
あるいは…モンスターにやられているかも…。

俺はそんな不吉な想像を振り払った。

「サイトのSPも回復したよ、そろそろ行かないか?」

見ると、焔だ。
俺となしゆ、焔と紅炎は顔を見合わせ、無言で頷き合った。
こんな危険な状況で御互い共に戦っていると、
嫌でも仲間意識が芽生える。
いつのまにか俺達は、
何年も共に戦ってきた戦友のような感覚に囚われていた。

ここは地下三階、炭坑の最深部。
その三階に至って、まだ捜索してないエリアも後わずかだ。
後ほんの少し辛抱すれば、プロンテラに帰る事が出来る。
そう思うと俄然やる気が出てきた俺は、3人に先立って歩き始めた。

こうしている間も、この世界はどんどんリアルに近づいて来ている。
真っ暗なダンジョンでは一体今何時なのかわからないが、
恐らく最初にここに足を踏み入れてから3・4時間といった所だろう。
となると、今はちょうど昼過ぎ辺りだろうか。

昨日ログインしたのが確か夕方の5時くらいだったから…、
あとちょっとでゲーム内に囚われて、1日が経とうとしている事になる。

それでこのリアルさだ。
気のせいか加速度的に現実の感覚に近づいているような気がする。
これは単なるゲームのはずだ。
グラフィックや音楽のクオリティをより上昇させて、
現実のように感じさせることは出来るだろうが、
これは限度をはるかに超えている。
大体、ゲーム内で死んだ者はどうなったんだろうか。

生き返る事が出来ないことからして、
ゲームオーバーになったと考えるのが妥当だ。
問題はその先。

『ゲームオーバーになってどうなるのか?』

リアルでも死んでしまうのか?
単なるゲームにそんな力があるのか?
ひょっとして死ぬという行動は唯一のログアウト方法なのか?

考えても誰も答えてくれない。
そんな状況でも、俺達は必死に生きようとしている…。
もはやこの世界はゲームであってゲームでは無い。

「あ、これは…?」

そんなことを考えていた矢先、
なしゆが歩く先に何かが落ちているのを発見した。

「何を見付けたの?」

俺達3人がなしゆの指先に視線を向けると、
そこにはキラキラと光る砂が一握り乗っていた。

「これは…ここの砂じゃないね」

そう、炭坑の砂はもっと湿めっ気があり、
じとじととした黒土だ。

紅炎がなしゆの足元から、
まだ残っているその砂を摘み上げた。

「これ…砂の一粒一粒が星の形だ。
ということは…星の砂、か」

星の砂、ブラックスミスが使う精錬用アイテムだ。
普段はビンに詰めて売買されているが、
何故こんな所にバラ撒かれているのか…?

「きっとお姉ちゃんです!」

よく見ると、その光る砂は行く手へ帯状に続いている。

「そうか、スフィアの道しるべかこれは?」

なしゆの表情がパッと明るくなった。
俺達も一抹の希望を感じ、
やや早足にその砂を追って歩き出した。

こんな暗い場所に女性が一人で…、
きっと怖かっただろう。
それに昨日からずっといるとなると、
腹も減っているはずだ。

前と違って今は「食欲」もこのゲームには存在する。
とりあえず見付けたら、なしゆが首都ポタあるだろうから
それで戻って、メシでも食って、時空探しに戻る、と…。

そんな以後の生活を考えていると…、
ゲーム内で生活って言うのもアレだが。
やがて俺達は大きな扉に差し掛かった。
砂は扉の前でスッパリと途切れている。

「…こんな扉、炭坑にあったっけ?」

大きな鈍色の扉はかなりの重量がありそうで、
丸で何者が来るのも拒んでいるように見えた。
紅炎の問いに焔が答える。

「…いや、無かったはずだよ。
もしかしてスフィアさんはこの中にいるんじゃ…?」

確かに、ここは炭坑の最深部だ。
もし居るとすればこの先以外にはあり得ない。

なんだか俺は、本当にRPGの主人公になっている気がした。
…いや、この世界はゲームなんだ。
俺のしている事、俺に起こる出来事は別に間違ってはいない。
いや…それは違う。この世界は暴走している。
俺は一刻も早くこの殺人ゲームから逃れなければ…。

ただ扉を開ける動作の最中にも、
俺の頭は無意識的にそんな自問自答を繰り返していた。

「…あれ?」

巨人が掴むような大きな取っ手を掴み、
引っ張って見るが…扉はビクともしない。

俺は両手でその取っ手を掴み直し、
力の限り引っ張って見た。

「ぐ、ぐぐ…」

やはり扉はウンともスンともしない。
もしかしたら押し扉なのではないかと思い直し、
今度は体全体で体重をかけ、押してみた。

「ぬおおお…」

それでも扉は動かなかった。
俺は無様にもベルトコンベアの上を走っているように
その場でせっせと足を動かし、ズリズリと砂埃を舞い上げるだけだった。

「なんだ、STR低いんだな。俺も手伝ってやるよ」

紅炎が俺の隣に腕を置き、すうっと息を吸い込んだ後、
一息に扉を押し込んだ。
俺も同時に、腕に力を込める。

「むおおぉぉおぉ…」

全く動かない扉。
やがて見兼ねた焔も参加することになった。

「いいかい、三人も男がいればいくらなんでも開くはずだよ。
3・2・1で一気に力を入れるんだ、いいね。
じゃあ3…2…1…ウリアアア」

焔の合図で俺達は一挙に力を込めた。
だが、鉄が剥き出されたその扉は憎らしくも微動だにせず、
俺達は3人揃ってベルトコンベア運動をするだけだった。
一筋の汗を流す紅炎が言う。

「…開かないな!もしかしたらやっぱり引くのかもしれない。
力一杯、引いて見よう」

だがいくらなんでも、
取っ手を三人で掴む程幅に余裕が無いので、
焔がまず取っ手を掴み、その焔を紅炎が引っ張り、
最後に、俺が紅炎を引っ張るという作戦にした。
男3人連なって力を合わせるワケだ。

「掴んだよ、さあ思いっきり引っ張ってくれ」

紅炎が焔の腰を掴んで引っ張る。
それに習って、俺も紅炎の腰を引っ張った。

三人:「ぬおおお……」

それでも扉は開かない。
ひょっとしたらハメ殺しになっているんじゃないかと
思い始めた矢先。

「ちょっと私にやらせてみてもらえますか?」

ずっと俺達の騒動を見ていたなしゆが、
見兼ねたように声をかけて来た。
苛立つように紅炎が叫ぶ。

「俺達がこんなにやっても無理なのにか!」

「はい」

仕方なく俺達三人は後ろに下がり、なしゆに一任することにした。
どんなに頑張っても扉が不動だったからだ。
なんだか男としてとても情けなかった。
きっとニ人も同じ心持だろう。

「う〜ん…」

なしゆは俺達と同じように引っ張ったり押したりしているが、
当然の如く扉は動かない。
これでもし開いたりでもしたら俺は騎士廃業だ。

しばらくなしゆは顎に手を当てて考えたのち、
やがて何か思い付いたようにポンと手を打った。
そして改めて取っ手を掴むと、
今度はなんとそれを横に引っ張る。
…何の抵抗も無く扉が滑り出した。

ガラガラガラ…。

俺と焔、そして紅炎は同時に叫んだ。

「引き戸かい!!」

そう、どう見ても蝶番式のデザインなのに、
それは丸で田舎の家の古いトイレにあるような、
昔懐かしい引き戸タイプだったのだ。
なしゆが腕に力こぶを作る真似をして、
にっこりと微笑みながら言う。

「私もたまには役に立ちます」

さすがにその発想力には恐れ入った。
後の二人も開いた口が閉じない様子だ。

「きっとよっぽどふざけた奴がいるんだな…。
さあ、とっとと中に入ろう」

扉の中は驚くことに照明設備が行き届いており、
岩が剥き出しの壁に突き出した電灯が、
明々と辺りを照らしていた。

「なんだ、ここは…」

到底炭鉱には似つかわしくないような近代的なデザイン。
今までこんな場所は無かったはずだから、世界の暴走と
なんらかの関連がある事は明白だろうと思う。

どうやら行く手は細い廊下になっているようだ。
俺達は4人でゾロゾロと足を踏み出した。

「明かに世界の暴走前は無かった所だね」

「本当にここにスフィアさんがいるのか…?」

「どっちにしろ見つけたからには調べて置くのがいいだろう」

「そうですね」

それぞれの思惑を交わしながら、
明るい廊下を50M程進むと、
前方から更に明るい光が差し込んだ。

「ん…なんだ…?部屋があるのか…?」

最初は耐えられなくて腕で顔を覆ったが、
しばらくして眼が慣れてくると、
視界がいくらか鮮明になる。

俺はそっと腕を下ろし、
行く手を阻む光の中心に眼を凝らした。

「あ、あれは…!」

なんと、はるか先、俺達から20M程先の所に、
様々な機械類がきっしりと敷き詰められた部屋が見える。
広さは6畳か7畳といった所か。
そして更に驚くべきことに、その部屋の中央の支柱、
一本の柱に縛り付けられた一人のアーチャーが居たのだ。
あれがスフィアなのか…?

そう懸念した瞬間、その女性が薄っすらと目を開き、
こちらの姿を認めると、弾き飛ばされるように叫んだ。

「来ないで!」

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