野比病院


〜これはワシ(魔王)が実際に体験した話です〜

あれはまだワシが横須賀に住んでいる頃だった。
当時高校生だったワシは、友人と数人で集まり、
いつものように夜遊びをしていた。

やがて、仲間の一人が話の流れでこう言い出した。

「この前行った野比病院はマジやばかったよな」

「野比病院?」

野比病院とは横須賀の一角にある古い病院だ。
何十年か前に、既に廃院となっており、心霊スポットとして
それなりに有名な所で、ネットで検索すると容易に出てくる。
当時のワシはそんな事は露知らず、興味津々に聞いた。

「何そこ?何がヤバイの?」

「絶対幽霊出るような所」

ワシはすぐに行こうと言い出した。
心霊スポット大好き青年だったからだ。
当時のワシらは原チャリに乗れるようになった頃の年頃であり、
物珍しさもあって、ツーリング(?)がてらにそこへ向かった。

道は狭く、茂みに囲まれていて薄暗い。
海岸沿いにあるその廃院は確かにあった。
茂みはいつしか林となって、その病院を囲んでいた。
勿論周囲には民家一つ見えなかった。

病院に入る直前の道に、ある物が転がっているのを友人が発見した。
それは、猫の死体だった。しかも、二体も。
怖がりの友人はそこでビビってしまった。

「絶対ヤバイって!」

ワシは入れる場所が無いか探そうと、病院の周囲をぐるりと歩いた。
すると、どこかの同業者(?)が開けたのか、
これみよがしに壊されたフェンスが一つだけあった。
人一人充分入れるくらいの広さだ。

ワシは電灯一つ無い中、携帯電話(当時はPHS)の明かりを手に、
その中へと入って行った。

その頃季節は夏で、
ワシは幽霊とかよりも突然顔の前に現れるクモの巣が怖かった。
病棟の周りの草は伸び放題。
身長と同じくらいまで生えている所もあった。

ワシは割れたガラスを踏み越えて、病棟の中へ潜り込む事に成功する。
振り返ると、ついて来る友人は一人も居なかった。
決して皆が皆怖がりな訳ではないが、
わざわざクモの巣を全身に浴びてこんな場所に近づきたくはなかったのだろう。

病棟の中は圧巻だった。
さしものワシも、全身が震え、息が詰まるような思いだった。

まず視界に入ったのは靴箱。
誰が靴を入れるのか知らないが、
そこには歯医者のような小洒落たスリッパ入れとかでは無く、
学校の校舎にあるような古い木製の靴箱があるだけだった。

靴箱にはいくつかマジックで名前が書かれていたが、
覚えると祟られそうなのでなるべく見ないようにした。

割れた窓ガラスから微かな月明かりが差し込む中、
もう一角にあったのはカウンター。
ここは病院らしい風貌が残っており、奥の方には担当看護婦の詰所らしき所も見えた。
だが、カウンターの上には何も無い。
レジも、書類も、とにかく何も置いてはいなかった。
廃院なのだから当然だが、何も無い空間というのは不気味だ。
隣の壁に、掲示板らしき緑のフィールド(画鋲で貼る所)があったが、
そこにも当然何も無い。

と、思ったのだが、
掲示板なのにマジックで直接書かれた文字がある。
ここまで侵入して何か土産話をゲットしなくては勿体無い。
そう思ったワシは、左端の方に小さく書かれたそれを見た。
それにはこう書いてあった。
今でもはっきりと覚えている。

「070-××××-×××× かえれ 呪われる」

何かのPHS番号(かける人がいるとアレなので敢えて伏せておこう)と、
汚い字で書かれたその文字。
確かに『帰れ、呪われる』と書いてあった。

ワシはどうせどこかの不良が悪戯半分に書いた物だろうと思った。
この辺りは暴走族まがいの通り道だったし、
今考えれば当時は大々的に心霊スポットとして取り上げられていたのである。

だが、次の瞬間ワシは凍りついた。

ふと動くものが視界に入り、反射的に目を向けると、

立っていたのだ。

カウンターに看護婦が。

はっきり言って馬鹿のワシでもそれが人間では無いことが分かった。
全身が白いのは決してナース服のせいではない。
大体、顔には目も鼻も、口も無かった。
マネキンのようにのっぺらぼうの看護婦が、全身真っ白な姿で、
カウンターの向こう側に立っていたのだ。

それは明らかに客を出迎える姿だった。
つまり、たった一人の客、このワシを。

ガラスの反射や見間違いでは決してない。
くっきりと人間の姿をした白いモノがそこにあった。
ワシは全身の体温がグングン上昇するのを感じながら言った。

「俺は魔王だぞ…」

そう言い置いて、病棟を出た。
出口がすぐそこなのが幸いだった。
今考えれば、病室なんかに入って行ってたらトンデモない事になってたかもしれない。
勿論振り返りなどはしない。

ワシは奇怪な出来事もそのままに、
友人が居る場所へ歩いて戻ったのだった…。
(走ると何か逆に危ない気がした)

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と、このように書けば面白いだろうか。
どうだったかな?
え?この話?勿論フィクションだ。
騙されたな、ガハハ。

※でも本当の事も実は混じってます。
どこまで本当なのかは敢えて言わないよジョニー。
ちなみにこの野比病院、今は取り壊されてありません。
心霊スポットとしては本当に有名だったようで、
今でも検索すると「黒電話が突然鳴り出す」とか、
「カルテを拾って帰ると病院から『返してくれ』と電話がかかって来る」とか、
結構色々あったみたいです。どうせ全部ホラなんだろうけど。

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