番外編
「ねこ猫ヒカルのバレンタイン」
このお話は2/9イベント用チラシに掲載したものです。
〈小説:織夜・イラスト:ちゃがま〉
塔矢にチョコあげるんだv
「ただいま。」
 寒い中、アキラが棋院から帰ってくる。あまりの寒さに普段あまりしないマフラーをぐるぐるに巻いている。
「おかえり!」
 ヒカルがぴゅーっと走って、出迎える。
「塔矢ぁ、寒かった?」
「うん。耳が痛いくらい。」
「そんなに?」
 ヒカルは、アキラの耳を触って、
「わぁ!本当だ。氷みたい!」
と、飛び上がる。
「あっためてあげるよ。」
 ヒカルは自分の手にはーっと息を吹きかけて、暖めて触ろうとしたが、
「これじゃあんまりあったかくないか。塔矢、かがんで。」
と言って、少しかがんだアキラの肩に手をかけて、アキラの耳に直接ふうっと息を吹きかける。
「!!!」
 アキラはぎょっとして、耳を押さえて後ろに飛び退く。
「わぁっ。」
 アキラの肩に置いた手でバランスを保っていたヒカルは、急に動かれてバランスを崩した。とっさに、アキラがあわてて抱きとめる。
「もう、急に動いたらあぶないよ。塔矢は!」
「だって、キミが耳に息なんかかけるから・・驚くだろ?」
 アキラはしょうがないじゃないかと自分に非がないと言いたげに眉をひそめる。
「塔矢だって、いつも布団の中で、オレの耳に息吹きかけたりするじゃん!それだけじゃなくて噛んだり、舐めたり・・。」
「うわぁああ!」
 アキラはあわてて、ヒカルの口を塞ぐ。そして、周りに誰もいないか見回した。幸い父も母も玄関近辺にはいないようだ。
「進藤・・そういうことは内緒だって、いつも言ってるだろ?」
「だってぇ・・。」
 ヒカルがしゅんとしたのを見て、アキラはあわてて肩を抱く。
「部屋にいこ。こんな玄関先じゃ、キミも冷えちゃうし。」
「うん。お母さんがご飯はあともうちょっと後だって言ってた!二階ストーブつけっぱなしだし。」
 二階の部屋に行って、アキラが着替えていると、ヒカルが、
「えへへへへ。」
と含み笑いをしてやってきた。後ろに何か隠しているらしく、手を背中の方に回していて、しっぽがいたずらっぽく揺れている。猫耳もピクピクとせわしない。
「どうしたの?」
 アキラはネクタイをはずしながら言った。
「ジャーーン!」
 ヒカルは元気いっぱいにかわいらしくラッピングされた箱を取りだした。
「塔矢、今日は何の日か知ってる?」
 アキラは、
「えっと、二月の十四日だったかな。って、まさか・・。」
「うん!『バレタンの日!』大好きな人にチョコをあげる日だって、お母さんに教えてもらったの!」
「進藤・・バレタンじゃなくて、『バレンタイン』だよ・・。」
「そんなのよくわかんない。オレ猫だし。でも大好きな人にチョコをあげる日っていうのはあってるでしょ?」
「あってるけど・・。で、これをボクに?!」
「うん。オレが作ったんだよ!」
 まさかヒカルの手作りとは思いもよらず、しかもバレンタインなどいつも関係ない行事だったので、すっかり忘れていただけに、アキラはじわじわと感動した。
「手作り・・チョコ・・。」
「お母さんに教わって作ったから、うまいよ!」
 ヒカルは自信満々にそのハート形の箱を差し出す。ピンクの包装紙でかわいらしく包まれ、赤いリボンで飾ってある。包装はきっと母がやったのだろう。まるで専門店で包んでもらったような美しさだ。
 アキラは、ヒカルが一生懸命作った様子を想像する。ヒカルは普段もちろん料理なんかしたことはないし、調理道具を使うのも初めてに違いない。なんといってもヒカルは「猫の国の王子様」なのだ。人間界のアキラの家に来るまでは風呂にも一人で入ったことがなかったくらいだ。
 そのヒカルが、アキラのためにチョコを作ってくれた・・。そう思うとアキラはほんのり暖かい気持ちになった。感激で手が震えるほどだ。
「ボクのために・・進藤が・・。」
「もう、何じっと見てるの?いらないの?」
「いる!」
 アキラは、ヒカルからその箱を受け取る。ずっしりと重い。
「あけていい?」
「いいよ。」
 アキラは、ドキドキしながらリボンをほどく。包装紙を丁寧にはがし、箱を開けた。
「・・・。」
 箱の中には確かにチョコが入っていた。ほんの2センチほどのハート形のチョコだ。しかし、その周りに上白糖が敷き詰められている。重かったのは上白糖の重さだったらしい。
「これだけ・・?」
 指でいじってみても、チョコはその一粒だけだ。他は全部サラサラとした砂糖である。
「えへ。」
 ヒカルはにこにこ笑っている。
「あのね、お母さんに教わって作ったチョコ、すげーおいしかったんだ。」
「・・・。」
 アキラはいやな予感がした。
「それでね、オレ、一つ・・あと一つって味見してたらね・・。」
「・・・。」
「ほとんど食べちゃって・・・。でもこれ1コだと包んでもらう時にお母さんにばれると思って、お砂糖詰めたの。」
「・・ほほう。」
「でも1粒は残したもん。いいじゃん。塔矢、あんまり甘いの好きじゃないでしょ?」
 ヒカルはそう明るく言いながらも、アキラの顔がけわしくなってきているのを感じて、気まずそうに耳を伏せた。
 アキラは、
「キミは、本当に・・甘い物が食べすぎだと、何度言ったらわかるんだ!お母さんのことだ・・・たくさん作ったんだろう?!」
と、ヒカルの健康を心配して叱る。冬になって寒さから身を守るためか、ヒカルは異様にお菓子類を食べていて、アキラはいつもヒカルが寝る前などに甘い物を食べすぎないか、注意していたのだ。
「えっと、これっくらいのお皿にいっぱい作った。」
と、ヒカルは両腕で皿の形を表現して見せた。その直径は30センチはある。
「・・・進藤!」
「わぁ、怒らないでよう。」
「食べ過ぎだ!」
「もう!怒るならあげないよ。」
 そう言って、ヒカルは素早くたった一粒のチョコを口に放りこむ。
「ああっ!!!!」
 アキラは、せっかくのヒカルからのチョコを食べられて、愕然とする。怒りの顔から情けない顔に変化する。
「うっそ。」
 ヒカルがイーッと歯を見せると、前歯の間にハートのチョコがくわえられている。そのままヒカルはチョコを唇に挟んで、
「んーー。」
とつきだした。キスをして受け取れということだろうか。アキラは唇をつきだしたヒカルの顔を見て、かぁっと頬が上気する。そして、本当は嬉しいくせに、しょうがないなと言う顔をして、ヒカルの誘いに乗る。唇が触れて、同時にチョコがヒカルの舌で押し込まれる。アキラの唇に入ってきたヒカルの舌は、そのままアキラの唇を舐めていく。
「どう?」
 アキラは真っ赤な顔でもぐもぐとチョコを味わう。実際アキラにとっては、チョコよりもヒカルのキスの方が甘かった。こくんと頷くしかない。
「そう!よかった!」
 ヒカルは無邪気に、バンザイをして喜んだ。そのままその腕をアキラの首に回して、ぎゅっと抱きついてくる。
「塔矢!大好きー!」
 そうして、ヒカルのキスで怒っていたことを忘れてしまったアキラは、その晩あまあまのまま素敵なバレンタインをすごしたのだった。


                              終わり 


猫ヒカTOPへ戻る