★ヒカルの碁 小説★
「家族会議」 <3> |
「秘密にしていて申し訳ありません。しかし、僕にも考えがあってのことなのです。」
アキラは、父と母の目を交互に見て、話し始めた。
「まぁ。別にいいのよ。誰しも秘密はあるものよ。」
「ふむ・・。まぁ、明子。アキラの言うことを黙ってきこうじゃないか。」
「そうね。どうぞアキラさん。」
父母の視線がアキラにだけ注がれた。アキラはどきどきしていた。
『すべてを話して・・父と母はどう思うんだどうか・・。この僕が初めて心奪われた相手・・、進藤のことを・・僕は冷静に話せるんだろうか。』
そうは考えても、実際、両親の目は自分に向けられている。なんとか、わかってもらわなければならない。
「お父さん、お母さん。僕は進藤と確かに近しい存在になりたいと思っています。しかし、それは、近所の友達であったり、クラスメイトとしての地位ではないのです。」
アキラは、ぐっと拳を握った。
「彼とは・・ずっとずっと・・囲碁を通して近しくなりたいのです・・・。囲碁を通すことで、クラスメイトやただの友達ではなしえない、深い絆ができると思うのです。彼となら・・きっと・・。」
「・・・・・。」
父は目をつむり、静かに聞いていた。母も、目をきらきらさせながら、それでも静かに聞いている。アキラは、父と母が何を考えているのかつかめないまま、さらに告白を続けた。
「お父さん、お母さん、僕は進藤に一目会った日から・・心奪われてなりません。それがなぜかはわからない。初めは・・碁が強い子供に初めてあった・・そのせいで興味をひかれたのだと思いました。・・しかし、お父さんたちもご存じのように、中学に入って囲碁部に入り、大会で彼と戦って、彼の碁の力は何でもないものということを知りました。・・でも、僕の彼に対する興味は、とどまるところを知らない。あの時は、あまりの思っていたレベルより遙か下の戦いに、取り乱し、失望し、腹が立ちました。しかし、それはすぐにおさまり・・そして余計に毎日考えるようになってしまった。彼はどうしているんだろう、彼は今どんな風に碁を打ってるんだろう・・・。そんなことばかり考えるようになり・・。そして・・つい・・。」
「つい・・葉瀬中に足が向いてしまうのだな・・。」
父は、うむうむと、目を閉じてうなずいていた。
「すみません・・・。」
アキラはつい、謝ってしまった。何かとても気恥ずかしくなって、下を向く。頬も心なしか熱い。
ガタッ
突然、父が勢いよく立ち上がった。アキラは、びくっとする。
「明子!赤飯だ!赤飯を用意しろ!」
父の嬉しそうな大声が部屋中に響いた。母も、待ってましたとばかりにすぐに立ち上がり、
「はいはい。わかってますよ。あ、アキラさん、ケーキも欲しい?」
と、うきうきと、アキラに聞いてくる。
アキラは、ぽかんと面食らった。
「えっと・・え??」
状況が飲み込めず、言葉を失ったアキラをよそに、父と母はなにやらいそいそと準備をはじめた。もっと前から、こうしようと思っていたように用意周到だった。
「お父さん・・何がはじまるのですか?家族会議がまだ途中では・・。」
「アキラ、ちょっとこっちを持っていてくれないか。」
「は、はい。」
父に言われるまま、アキラは、手渡された折り紙で作ったチェーンを部屋の柱に押さえつけた。
父はその片方の端を、部屋の対角線の柱にテープで貼り付ける。
「あ、なつかしい。幼稚園でよくこういうの飾り付けましたよね。」
アキラは、懐かしさに素直に笑顔をこぼした。しかし、父はただ黙々と飾り付けるだけで、アキラの言葉に反応はない。
みるみる間に、部屋のあちこちに折り紙で作った鶴や花やなんかの飾りがぺたぺたと貼られ、
父は、最後の仕上げにと、書き初め用の長い半紙を壁に貼りだした。そこにはもうすでに文字が書かれていた。
アキラくん、おめでとう
そう書かれていた。確かに達筆な父の字だった。
「・・・プロ試験の合格のお祝いならもうしていただいたはずですが・・。」
アキラはますます混乱した。何がおめでたいのか。それに今はまだ家族会議が途中だったはず・・。
半紙を貼り終えて、父はさっさと席に戻った。そして、腕組みをしながら、部屋を見て考え込んでいるアキラに声をかけた。
「アキラ、席に着きなさい。」
「はい・・。」
二人が席に着くと、今度は母があっという間に机の上にごちそうを並べた。
赤飯、鯛の尾頭付き、天ぷらに、含め煮、まるで小さい時に出たおばさんの結婚式の食事を彷彿させる大ご馳走である。
「こ・・これは一体・・・。」
最後に母が持ってきたのは、ビターチョコとホワイトチョコを丸くくりぬいて飾り付けた、碁盤を思わせるケーキであった。
「さぁ、いただきましょう。」
「え・・・あの・・今日は・・何かおめでたいことでもあったのですか??僕の記憶では・・今日は誰の誕生日でもありませんが・・・。お父さんとお母さんの結婚記念日でもないはずです。」
アキラは一人何がなんだかわからなかった。
「あら、アキラさんは自分のことには本当に鈍感ね。」
そう言って、母はアキラの前に置いたのは、桜茶だった。これもおめでたい時に飲む特別なお茶である。
「僕の?お祝いですか??」
「そうよ。アキラさんが大人への第一歩を踏み出したお祝いよ。」
そうして母も席に着くと、母は割烹着のポケットからクラッカーを2個取り出した。
「はい、あなたも。」
そう言って、片方のクラッカーを父に渡す。
「え?え?」
アキラはますますわからない。
「アキラ。」
「アキラさん。」
「運命の相手に出会えておめでとう!!!!」
パンッ
塔矢家の庭の獅子脅しの音よりも大きく、アキラにむけたクラッカーがはじけた。
「運命の・・相手・・。」
アキラはその言葉の響きにときめいた。
「まさか・・それって・・。」
「そうよ。アキラさん。進藤君の事よ。お母さんもね、お父さん初めてあった時、頭の中でチャペルの鐘の音が聞こえたの。運命の相手と出会えた時は、そういう普通では説明できない何かがあるものよ。」
「そうだ、アキラ。運命の相手が見つかった以上、もうお前は無敵だ。その相手によってお前はより人生の高みに向かうだろう。進藤君を大事にしろよ。」
『お父さんと、お母さんが僕と進藤のことを、今、運命の相手と認めてくれている・・。ああ、僕がビルの屋上からのぞきたいのも、デジカメで隠し撮りしたくなるのも、すべて進藤が運命相手だったからなんだ。そうか!それなら説明が付く!!』
アキラは、なにか、むくむくと自信があふれてくるのを感じた。
「お父さん!お母さん!僕、進藤と幸せになります!!」
「頑張って。アキラさん。」
「焦ることなく、確実にな。人生は囲碁と同じだ。」
「はい!お父さん!」
そうして、塔矢家の第76回家族会議は無事(?)閉会したのであった。
-おわり-
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