「キミとひざまくら」
恋のシャレード番外編
《その4》

「一体・・・。」
「さぁ、お昼ご飯にしようか。進藤。」
「はぁ?お昼ご飯って言っても何もないじゃん。まさか、お前、碁盤をもらったところを見ると、碁でお前に勝ったら昼ご飯を食べさせるとかなんとかそう言うこと、考えてんじゃないだろうな!」
「ん?ああ、それもいいね。じゃあ、対局してキミが負けたら、ボクの好きな事してもらおうかな。」
「げっ!」
 やぶへびだった。ヒカルの何気ない一言がアキラの都合のいいような展開になってしまう。ヒカルの返事を待たずに、アキラは、
「じゃあ、何をしてもらおうかー。あれもいいな。これも・・。」
と勝手に考えている。
「もうオレが負けるの決定かよ!・・まぁ、いまだに塔矢に滅多に勝てねぇけど・・。」
「キミもお腹が空いているだろうし、ボクも希望を聞いてもらえるのが待ちきれない。じゃあ、三秒一手の超早碁で勝負だ。進藤。」
 そう嬉々としてアキラは碁盤を二人の間に設置した。ヒカルは塔矢父に渡されたやけに大きな碁笥を、
「しょうがねぇな・・。」
とブツブツ言いながら碁盤の上に置く。石を握ろうと碁笥を開け、手を入れると、やけに底が浅い。それに碁石が生暖かかった。
「なんだぁ?やけに上げ底だな。この碁笥・・。それになんか石があったけぇ。」
「まぁ、気にするな。そのうちわかるよ。」
 そう言って、対局は始まった。気持ちいい風に吹かれながら、二人の打つ石の音が響いた。
「・・・負けました・・・。」
 ぎりぎりまで粘ったが、結局ヒカルが投了した。
「ちぇーーっ。ここがうまくやられた。」
「いやいや、キミのここの辺り、切ってきたのには驚いたけど・・こういう意図があるとはね。」
 そうアキラは満面笑みでヒカルを見る。
「・・なんかお前に褒められると気味わりぃ・・。いつもは文句いってばっかりのくせに。・・・で?オレに何をして欲しいわけ?」
「食事の後言うよ。」
 アキラはふふふふっと鼻で笑った。ヒカルはアキラが何を考えているのか想像して身震いした。
『こいつ・・何企んでんだ?まさか、こんなところでオレに・・キスしろとか・・いや、もっとえげつないこと考えてるにちがいねー!あれやれとか、これやれとか・・・。塔矢がオレにやってるあれをここでとか!』
 ヒカルは思い描くだけで恥ずかしくてカァッと顔を赤らめる。
『オレ、あんな事できねぇし!それにここ外だし!でも塔矢の奴、好きな事っていったらやっぱ、そういうことだよな。だってあいつ、最近そういうことしか考えてねぇし!オレはもうあんなの特別な時以外イヤなのに!どうしよ。塔矢の奴、上機嫌だ。うわー。鼻歌なんか歌ってやがる!しかも水戸黄門!』
 ヒカルは動揺しまくっている顔をアキラに見られたくなくて、手で隠そうとした。しかし、ヒカルの想像する『あれ』や『これ』とは一体何であろうか。気になるところである。
『イヤだ・・絶対イヤだ!速攻逃げたい・・。』
「何をもじもじしているんだい?進藤?」
 アキラに気付かれて、ヒカルはますます赤くなる。
「な、なんでもない!別にお前に何要求されるか考えてるわけじゃないからな!」
「ふーん。ボクに何を希望されるか・・期待してるんだね。進藤。」
 アキラはつつーっと、人差し指でヒカルの太腿をなぞる。
「期待なんかしてねーよ!」
「まぁ、とりあえず、腹ごしらえしよう。腹が減っては何もできないだろう?」
 そう言って、アキラは碁盤の端を両手で持つ。そして、何かかちっと音がして、碁盤の上がぱかっと開く。
「!?」
 分厚い碁盤の中はおいしそうなおかずがいっぱいつまっていた。碁盤自体がお弁当箱だったのだ。
「すげー!」
 ヒカルはあまりのおいしそうなおかずの数々に目が輝く。
「進藤の好きな唐揚げや甘めの卵焼き、ほらハンバーグもあるよ。」
「すげーすげー!」
 ヒカルは、
『今すぐにでも逃げたいところだけど、ま、弁当食ってからでもいいか。弁当食って、力が付いたところで全力疾走で逃げてやる!』
と考えて、とりあえずお弁当をいただくことにする。
 さっきの生暖かかった碁笥には、碁石の入っていた部分を持ち上げると、その下に炊き込みご飯が詰まっていた。その炊き込みご飯も具だくさんで非常にうまい。
「お前んちの母さん、料理うめーな。」
 ヒカルはがつがつと食べた。アキラはそのヒカルの食いっぷりを満足げに長めながら、
「そう?気に入った?まぁキミも我が家の一員になれば毎日食べられるよ?」
「あ?塔矢一門に入れって事?」
 ヒカルがエビフライを口にくわえたまま、不思議そうにアキラに聞いた。
「それダメだよ。だってそんなの森下先生が聞いたら卒倒するぜ。それにオレ、塔矢一門に入っても別にいい事ねぇし。」
「そういう意味じゃないよ。」
 アキラはヒカルの手をそっととり、両手で握りしめた。
「照れなくてもいいよ。進藤。もう隣三件の買収は終えたし。」
「なんのことだ?」
 ヒカルは怪訝そうに眉をひそめた。アキラのいっている意味がよくわからない。
「家は今ある家と並んでもおかしくないように、伝統的な日本家屋にするから、漆喰なんかの関係で半年以上かかるらしいが、まぁ、その間愛を深めておくのもいいだろう。急ぎすぎるのもなんだしね。」
「?。お前んち、家増築するのか??」
「まだキミのご両親にもご挨拶に行ってないし、こういう事はきちんとしないと。」
「なんでお前んちが家建てるのに、うちの親に挨拶に行くんだよ。」
 ヒカルはますますわからない。賢明な読者の皆様ならもうアキラのいっている意味がわかるだろう。そう、アキラは・・というか塔矢家は、家の隣三件分を立ち退いてもらい、土地を購入したのだ。そこに塔矢アキラと進藤ヒカルの新婚生活を送る新居を建てるために!なんとも用意周到である。つまり、ヒカルはもういつでも塔矢家にお嫁に来ていい状況にある。というか、塔矢家はもらう気満々である。
「まぁまぁ、進藤。照れるな照れるな。」
 アキラはヒカルがお嫁にくるのを恥ずかしがってはぐらかしていると勘違いして、余計にニコニコになった。
『ふふふっ。進藤。照れ隠しするキミもかわいいよ。今すぐにでもキミを我が家の一員として迎え入れたいところだけど、事は性急にしすぎると良くないからね。何事にも順序があるし。誰もにボクらの幸せを祝ってもらいたいじゃないか。結婚式の式場もそろそろ押さえなくては・・。もちろん、ボクが面倒なことは全部やるから、キミは普通にしていてくれていいんだよ。進藤。』
 どうやら、ヒカルが知らないうちにいろいろなことが勝手に決められていくようである。
「さぁ、食べ終わったら、ボクのお・願・い聞いてもらおうかな。」
「ぐっ。」
 ヒカルは美味満載の弁当のせいで、すっかり忘れていたアキラの「して欲しいこと」を思いだして、ご飯を喉に詰まらせそうになった。だが、
『こんだけうまい弁当食わせてくれたんだから・・まぁ多少のことならいうこと聞いてやってもいいけど・・。まぁ、聞いてから逃げるかどうか考えよ。』
と、弁当の味の魅惑にすっかり取りこまれていた。塔矢母の作るお弁当だ。何か変なクスリとか入っていそうだが、ヒカルは気付かなかった。いや、入っていないのかもしれないが。

--5へ続く--
(5は10月下旬更新予定)


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