「キミとひざまくら」
恋のシャレード番外編
《その5》

 二人で食べるには多すぎる量ではあったが、おいしかったので、ぺろりと二人で平らげた。
「で?お前のして欲しい事って何?・・・先に言っておくけど、ああいう事とかは『なし』だからな。」
「ああいう事?」
「キスとか・・。」
 ヒカルは小さい声でぼそぼそとつぶやいた。
「なんだって?」
 アキラは聞こえなくて、ヒカルの顔に耳を寄せてくる。その至近距離に、ヒカルはドキッとした。いろいろあんな事やこんな事を想像した後のせいだろうか。さらりと流れるアキラの黒髪がヒカルの頬に軽く触れただけで、びくっと反応してしまう。
「進藤?」
 アキラはヒカルの普段とは違う反応を見逃さない。まん丸に目を見開いて、頬どころか顔、耳までも赤く染め、アキラをじっと見て驚いたような照れたような不思議な表情をしている。アキラはそんなドギマギしたヒカルの顔を見て、ズキューンとハートを射抜かれた。本当に頭の中では「ズキューン」と音がした。アキラには聞こえた。
『お・・押し倒してしまいたい・・。』
 今、アキラはヒカルの身体に覆い被さるには絶好の場所にいる。

「進藤!」
「うわぁ!」
 逃げようとするヒカルを太い幹に押しつけて、両手でヒカルを閉じこめる柵を作った。青い空と葉の作る影、そしてアキラの顔しかヒカルの目には入らない。
『や、やべぇ!』
 ヒカルはぎゅっと目を閉じた。
『オレ、こんなところで塔矢にあんな事やこんな事されちゃうのかよー。うわーん。お母さん、佐為ごめんなさい。』
 ヒカルは泣きたい気持ちになった。だが、押しのけて逃げようと思えば逃げられるのに、なぜだかじっとアキラの出方を待っていた。
 いつまでたっても降りてこないアキラの影に、ヒカルが薄目を開けて様子をうかがうと、アキラは観音様のごとく悟りをひらいたさわやかな笑顔を浮かべてヒカルを見ていた。いつもこういう状況になると、ぎらぎらした眼差しで、ヒカルの隙を見てはいろんなところを触ろうとするアキラだったのが、今は葉ずれの間から差す光のように優しく包み込むような笑顔で自分を見ている。思いもかけないアキラの顔にヒカルの胸はドキドキと高鳴った。
「進藤。なんて顔してるんだ。」
「塔矢・・。」
「そのままでいて。」
 アキラはそう言って、ヒカルの動きを奪っていた腕を降ろして、そのままヒカルの投げ出した足の腿に頭をのせた。
「!」
「一度、こうやってキミの顔を見上げて見たかったんだ。」
 アキラは手を伸ばしてヒカルの頬を軽く撫でた。
「・・これがお前のお願い?」
「うん。」
 そういってアキラは幸せそうに笑った。ヒカルはほっと胸をなで下ろす。
「これくらいだったら・・いいけど・・。変なところ触ったらぶっとばすからな。」
「うん。わかった。」
 アキラはいやに素直に手は胸の上で組んで目を閉じた。
 木の枝や葉でちぎられた光のかけらがアキラとヒカルをチラチラとくすぐっている。ヒカルはこんな休日も悪くないなぁと思った。ゆっくりとした充実した時間が流れているように感じた。
 しかし、アキラがそれで終わるわけがなかった。しばらくはじっとおとなしくしていたが、すぐに自然に手がワキワキと意識に反して動き出し、ヒカルの太股をいやらしくなでたくてしょうがなくなった。ヒカルの太股は程良く肉が付いていて、ふわふわして、思った通りとっても気持ちよかった。その感触をもっと・・もっと味わいたい。
 アキラの頭に、
「変なところ触ったらぶっとばすからな。」
というヒカルの言葉がリフレインする。ヒカルの太股めがけて行こうとする右手を必死に左手で押さえるが、右手は活きのいい魚のようにもがく。
『ぶっとばされるのはいやだが・・でも太股には触りたい・・。後頭部だけで感じているのはもったいない!!手でゆっくり撫でて、その感触をもっと・・。』
 アキラは中年スケベオヤジのような事を考えまくっていた。半面、欲望の先走りをしそうな手を押さえるのに必死だ。アキラの唯一の良心は左手に宿っているのだろうか。
 しかし、左手の防御は右手だけを押さえるのに必死で、他のところはお留守になっていた。アキラはこてりとさりげなく横を向く。そして、ヒカルのやわらかい腿に頬をすり寄せた。
「!」
 ヒカルが気付いたと思うと、アキラは超高速首振り人形と化して、まるでモーターで動いているように頭を激しく左右に振り、ヒカルの太股を顔全体で味わおうとする。
「塔矢!」
 ヒカルはアキラの頭を止めようと手を伸ばしたが、おかっぱが傘のように開いて、ヒカルの手をはねとばす。それほどまでに高速にアキラの顔は動いている。人間業ではない。
「塔矢!ちょっといてーかもだけど!」
 ヒカルは、はあーーっと拳に息を吹きかけて、アキラの頭にたいして垂直に振り下ろした。
  ガツン
 鈍い音がして、首振り人形は停止した。
「よし。」
 ヒカルは手応えを十分感じたが、自分の拳も痛かったので、
「ふう。」
と、一仕事終えたように手をひらひらと風に当てる。
「進藤!」
「うわぁ、びっくりした。急に復活すんなよ。」
「これはどういう了見だ!」
「どういうって・・お前が約束破ったんだろ。さわんなって言ったのに!」
「ボク達は運命の恋人同士、太股を堪能して何が悪い!」
「あ、開き直りやがったな!それに運命の恋人同士じゃねー!」
「なんだと!ふざけるな!」 「ふざけてるのはお前だろ!」
「恋人同士でないなら、なんでキミはボクにあんな事やこんな事を許したんだ。キミはボクの腕の中で・・。」
 アキラがムキになって語り出したので、ヒカルは慌てる。
「うわぁ、こんなところでそういうこと言うなよ!」
 その前に男同士で公園でひざまくらしてやっているのはどうかとも思うが、ヒカルはその辺りは気にしていないようだ。
「キミが恋人ではないなんて言うからだろう!」
「だから、そういうこと大声で言うなって言ってんだろ!」
「何度もキスした仲じゃないか!それにあの時だってキミはあそこまで許して・・。」
「わぁっ!わぁぁぁぁ!!」
 ヒカルがあんまり慌てるので、アキラは途中から楽しくなってきて、べらべらと今までのヒカルとの愛のライブラリーを語り出した。
「その後キミはボクの首の後ろに腕をまわして・・。」
「だから、細かく言うなよ!お前良く覚えてんな!」
「覚えているに決まっている。毎日頭の中であの時のことは反すうしているからね。」
「忘れろー!」
「キミだって忘れていないだろ?あの熱い一夜を。」
「忘れた!綺麗さっぱり忘れた!あんな痛かったことなんかとっくの昔に忘れた!」
「ふうん。キミもボクとのあの時のこと、思い出したりしているのかな。進藤。それはすまなかった。期待にこたえて今、もう一度しようじゃないか。そのうち慣れるらしいよ。」
「ぜってぇ慣れねぇ!」
 痴話げんかは犬も食わない。  そんなのどかな午後だった。(のどかか?)

--おしまい--



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