フォーカシングはほんとに素晴らしい心理技法だと思います。慣れてくれば自分で自分を癒したり、スッキリさせたりできるようになります。ちょっとしたコツが必要ですが、とても単純でそんなに難しい技法ではありません。
基本のやり方は「自分の心や身体の内を、親友を見守るようなつもりで優しく見守る」というものです。そんなふうにして見守っていると、おもしろいことに、心の内側にあるものの方が自らを解放するために動き出すのです。
ある30代後半の男性が自律訓練法という心理技法を学びに当相談室に来談していていました。私と話し合っていて夢の話題となり、そういえば前々から何か閉じ込められているような、息き詰まるような嫌な感じの、繰り返し見る夢があると言いました。
その彼が次の面接に来た時に「実は自宅で自律訓練法をやっていたら、前回先生に話した夢の嫌な感じとそっくりになったのです。これは夢と似ているなぁ、と注目していたらすっかり忘れていた高校時代の辛かった思い出が蘇りました」と話されました。
その思い出した話をひとしきりした後に、あの時は思った以上に辛かったのですねぇ。と言い、肩や首をグリグリ動かたりしながら、なんだか肩が軽くなりました。とサッパリもしたようでした。
この男性は自律訓練法という自己暗示の一種をマスターしたくて来談されたのであってフォーカシングのことは知りません。それなのに自然にフォーカシングと同じことをして、自分の内に押し込めて未だ処理しきれてなかったものを整理したわけです。
自宅での自律訓練法がうまくいったために、彼の持っている自然治癒力が、心の中にあった重いものを整理しようとする動きだしたようです。そして彼は、その解放しようとする動きによって起こってきた、嫌な感じをとてもじょうずに見守り受け止めたられたわけです。
フォーカシングという心理技法は、その創始者であるジェンドリンがカウンセリングで面接を重ねる中で、良くなっていく人と良くなっていけない人の違いを研究している中から生まれました。その研究で発見されたのが、実は、良くなっていく人は先に述べた彼とほとんど同じに、とても適切な距離感で自分の内面に向き合っていることだったのです。
ジェンドリンはフォーカシングのやり方を紹介した本の中で「そのクライアントが良くなるかどうかは心理面接を初めて二回目くらいで(フォーカシング的なやり方をしているかいないかで)もう予測がつく」とまで言っています。
私はそれは極端すぎるのでは、と反対意見です。でも心の治療に長けた精神科医である神田橋條治先生は「どんな心理技法を使う治療者でもフォーカシングをマスターすることによって日本における、まずい心理治療の7割は良くなっていくだろう」と述べています。
確かにフォーカシング的に自分に向き合うことは心理療法の肝といえます。よくあるのですが、何とかしようとして、頭では充分考えてわかっているのにそうできないし、いくら考えても堂々巡りで実際は変われない、ということがありますね。
この問題は実は心の悩みで苦しんでいる人の全てに当てはまるのです。そしてそこをとてもいい具合に乗り越えていくやり方がフォーカシングにまとめられているのです。
自分に向き合う時、先に紹介した男性のように、常に過去のトラウマが出てくるわけではありません。でも、時には具体的な感じでなくて、わけのわからな感じがしても、落ち着いてじっくりそれに心の眼を向けるようなやり方が、急がば回れとなってかえって役立ったりします。
私は心理面接で、このフォーカシングの技法をそのまま用いたり、また催眠療法の中で用いたりします。そんな時、クライアントが今まで知らぬ間に抑圧したり放置していたような、心の深層に潜んでいた自分の一部に出会う場面にはいつも感動します。そんな時はクライアントも思わず涙を流します。
統合失調症の治療では世界でも有数の治療者であった中井久夫氏は、その著書のどこかで「人は自分と折り合う程度に他人と折り合うことができる」と書かれていました。
それはフォーカシングにも言えるのです。フォーカシングで自分を見る時、良い部分も悪い部分も、強い部分も弱い部分も、よくわからない部分も、それをそのままに認めていく作業を行っていくと、次第にありのままの自分を愛することができてくるのです。
するとおもしろいことにいつの間にか、他人にたいしても同じように愛することにができるようになってしまうのです。フォーカシングは一挙両得なのです。
自分自身をここは良いところだから大切にする、ここは悪いところだからダメというのではありません。もちろん良くないところを誤魔化すというのでもありません。それはそれとして、自分の中の否定したくなる嫌な部分そのものや、そこを嫌だなと思う気持ちの方も含めて「そうだね、そうだね」と認めて見守るようにするのです。その態度の実践が育っていくことで人として心の器が大きくなります。
フォーカシングは一人でやると慣れないうちはなかなか集中が持続しません。最初はだれかカウンセラーでなくても、フォーカシングに付き合ってくれる人が、そばにじっと居てくれるだけで、フォーカスが持続するようになって不思議にうまくいきます。もちろん慣れてくれば自分一人で充分できるようになります。
心理相談室には時々「催眠療法で過去の嫌な思い出や記憶を消せないか」という極端に思える問い合わせがあります。でもそれは受け止めかねる嫌な記憶や思い出が今でも蘇って苦しくて仕方がないので、その記憶を消すことで楽になりたい、という苦しんでいる時には自然な思いつきです。
深い催眠状態に入ると一時的には記憶を消すことはできます。でもいくら深い催眠といってもずっと永久に消すことはできません。
それよりもっと良い方法があります。記憶の方をどうにかするのではなくて、その記憶が蘇った時に、それを受け止めかねて苦しんでいる部分の方に眼を向けるのです。そこに寄り添いそこをサポートしていくのです。このやり方は今までの催眠療法の技法にはありませんでした。
でも、あまりにも辛すぎたり、それに圧倒されて見守るどころでない場合もありますね。そんな時にもフォーカシングでは、その自分を悩ます受け止めかねる嫌な部分と間の取り方を調整することができます。
また嫌な記憶や苦しんでいる部分をイメージ法を使って心の中の収まりの良い所に置くと、なぜか不思議に落ち着く。というようなクリアリングスペースというおもしろい技法もあります。
フォーカシングについては当相談室のもう一つのホムペの方により詳しい説明があります。『フォーカシング|カウンセリング催眠療法フォーカシングの横浜心身健康センター』『フォーカシングで盲点となりがちな自我意識の変化過程|カウンセリング催眠療法フォーカシングの横浜心身健康センター』