冬の雨

Memories Off Fan Fiction Story ── featuring "Kaoru Otowa".
Written by Jimmy

「たぁだいまぁ〜っ」

 玄関に転がり込むと同時に、私は明らかにろれつの回ってない調子で叫んだ。
 少し置いて、奥からお母さんが姿を見せる。
 けれど私の姿を見た途端、呆れたように一つため息をついた。

「あなたねぇ……。女の子がそんなに酔っ払って」

「あによぉ、『お帰りなさい』ぐらいは言ってくれてもいいじゃない? だいたい、酔っ払うのにおとこもおんなも関係ないれしょ〜?」

「女の子の場合、いろいろと危ないでしょう? 全くもう、この娘は……」

「だぁいじょ〜ぶ。信君に送ってもらっちゃったからぁ」

「あら、そうなの? それなら上がってもらえば良かったのに」

「ああ、いいのいいの。まだ信君は、みなもちゃんも送らなくちゃらめらったしぃ」

「そっか。ま、何はともあれ、早く上がんなさいな。いつまでも玄関で管を巻いてちゃ、ご近所に迷惑でしょ」

「はぁいはい。言われなくても上がりますよぉだ」

 ふらふらしながらも何とか靴を脱いだ私は、それを放っぽり出したまま家の奥に向かう。
 後からはお母さんの二度目のため息が聞こえてきたけれど、それを無視してリビングのドアを開けた。
 そのままカーペットの上に、ごろん、と寝転がると、「う〜ん」と伸びをする。

「ハァ……。育て方、間違えたかしら……?」

 三度目のため息と共に聞こえてきたそのセリフに、リビングの入り口に目を向ける。
 そこには、私のバッグと結婚式の引き出物を手に下げたお母さんが立っていた。
 ……そういやそんなものも持ってたっけ、私。

「あはは〜。ごめんごめん、荷物のこと、すっかり忘れてた」

「荷物のことじゃなくて。帰る早々、そんな所で大の字になって寝っ転がってることを言ってるの」

「え〜っ、いいじゃん別にぃ。だって気持ちいいんだもん、こうしてると〜」

「……そんなんだから、いい歳して彼氏の一人もできないのよ」

 せっかくいい気分に浸ってた私に、お母さんはボソリと呟く。

「う、うっさいわね、放っといてよっ」

「おお怖い怖い」

 いつもよりも1オクターブは高かったに違いない私の文句にも全く堪えた様子もなく、お母さんは笑いながらキッチンへと消えていった。

「ほんとにもう……」

 私のは彼氏が出来ないんじゃなくて、作らないだけなんだからね。
 これでも結構モテるんだから、私。
 それじゃ何で作らないの? なんてツッコまれるのは目に見えてたから、お母さんには聞こえないように小声で反論する。

「ほらほら、ブツクサ言ってないで早く起きなさいな。ドレスが皺になっちゃうわよ」

 ……少しは聞こえてたみたい。ほんとに地獄耳なんだから。

「あーもう、判ったわよぉ。……それじゃぁっと」

 んしょ、なんて掛け声とともに、ゆっくりと起き上がる。
 なんとかソファに腰を下した私に、キッチンから戻ってきたお母さんが水の入ったコップを手渡してくれた。
 ありがと、とお礼を言ってから、それを一気に飲み干す。

「……おいし〜っ」

「それにしても、あなたがそんなに酔っ払うなんて珍しいわねぇ」

「あははっ、二次会、盛り上がってたから。みんなみょ〜にハイテンションでさぁ」

「ふ〜ん?」

 わざと明るい調子でそう言った私に返って来たのは、どこか納得してないような、そんな感じの生返事。
 心を見透かされたような気がして少し居心地の悪くなった私は、早々にこの場を退散することにした。

「さて。それじゃあ私、シャワー浴びてくるねぇ」

 そう言って立ち上がった私に、不意にお母さんが声を掛ける。

「ね、かおる」

「うん?」

 振り返った私の目に映ったのは、さっきまでとは打って変わって、どこか気遣うような表情で私を見つめるお母さん。
 そしてお母さんは、ゆっくりと口を開いた。

「……好きだったの? 三上君のこと」

 その問いに、一瞬、言葉に詰まる。だけど。

「……違うよ」

 そう言って私は、にっこりと笑った。

「そっか。……ごめんなさい、変な事言って」

 申し訳なさそうに笑うお母さんに、“気にしないで”って感じで手を振ると、私はリビングを出た。
 多少ふらつきながらも、何とかバスルームに辿り着く。
 ドレスや下着をあちこちに脱ぎ散らかしながら、あれだけお酒を飲んでもまだ「後でお母さんに叱られるかな」なんて冷静に考えることの出来る私が、少し可笑しかった。
 まったく、お酒に強いってのも良し悪しだ。たとえろれつが回っていなくても、多少ふらふらしていても、意識だけははっきりしている。
 酔いたい時に酔えないのは、正直な話、辛いこともある。たとえば、今日みたいに。


 シャワーのコックを思いっきり捻ると、勢いよく水が降り注いだ。
 ───そう、お湯ではなく、水。
 そろそろ秋が駆け足で過ぎて行こうとしている、この時期。
 頭から水を被ってる私は、なんだか馬鹿みたいだった。
 それでも、アルコールの入った頭には、その水の冷たさが心地よくて。
 でもやっぱり、体の方は一気に冷えてしまい、私は寒さのあまり震えてしまった。
 ……その震えが寒さだけから来るものなのかは、私自身判らなかったけど。

『……好きだったの? 三上君のこと』

 ……ううん。違うよ、お母さん。
 ふと甦ったお母さんの言葉に、心の内でかぶりを振る。
 智也のことはね、好きだったんじゃなくて───

「好きなんだよ、今でも」

 そっと呟いてみたその言葉は、でもシャワーの音にかき消され自分の耳にすら届かなかった。
 それがなんだか可笑しくて。
 そしてとても、情けなくて。
 冬の雨を思わせる冷たいシャワーに打たれながら、私は少しだけ、泣いた。




Memories Off
Fan Fiction Story "fuyu no ame"

the end

2001.10.20

後書きに代えて


まずは一言、お祝いの言葉から。
八神さん、10000HITおめでとうございます!(^^)/
常連の一人として、心からお祝い申し上げます。

……そして、ごめんなさい。
当初は小夜美のSSをお贈りする予定だったのですが、どうにも10000HITに間に合いそうになかったので……。
少し前に半分程書いてそのままになっていた、かおるの短編SSを急遽完成させてお贈りすることにしました。(^^;
15000HITの暁には、今度こそ小夜美SSをお贈りしますから、今回はこれで許してくださいね。(←自分で自分の首を絞める奴。(^^;)

それでは、また。
今後とも『八神家書斎』が益々発展される事を祈って。



                           2001年10月20日 じみぃ

トップページへ戻る