「あの……こんな所に呼び出してゴメンね」

 茜差す、放課後の教室。
 今ここにいるのは、私と彼の二人だけ。

「ううん。……でも、どうしたの?」

「えと……あの……ね?」

 そこまで言って、私は俯いてしまう。
 ここから先を言うのには、かなりの勇気が必要だった。
 でも。
 今、言わなければ、きっと一生言えない。
 そう思ったから私は昨日、あんな手紙を出したんでしょ? 結果がどうあれ、この想いだけは伝えなくちゃって。だったら……。
 覚悟を決めた私は、思い切って顔を上げた。
 緊張した面持ちの彼の瞳を、真っ直ぐ見据える。そして。

「……好き……なの」

「……え?」

 彼の表情が、驚愕の色に染まった。

「あなたが、好き」

「え、あの、だって」

「判ってる。あなたにはあの娘がいるもんね。私の親友でもある、あの娘が。……でも」

 そっと胸に手を当てる。
 いつの間にか育っていた、彼への想い。あふれるようなその想いで、私の胸は一杯だった。

「それでも、好きなの! ……あきらめようと思った。あの娘を裏切ることなんて出来ないって思った。でも……もう気持ちを……抑えられないの。自分でもどうしようもないのよ!」

 静まり返る教室。
 彼は固まったまま、何かに魅入られたように私を見詰めている。
 一歩、足を踏み出す。息が届くほどの距離。私は彼の頬に、そっと手を伸ばした。
 ガタン。
 無意識に後ずさった彼が、背後の机にぶつかる。
 ハッと我に返ったような表情で、彼は慌てたように私から視線を逸らした。

「ゴメン、やっぱり僕は───」

 最後まで言わせず、彼の頬を両手で挟み、ぐいっと強引にこちらを向かせた。
 驚愕に彩られた彼の瞳をじっと見詰めながら、視線に想いを乗せて、囁く。

「お願い、私を受け入れて……」

 彼の喉が、ごくりと鳴った。
 もう、彼の瞳しか見えない。彼もきっと、私の瞳しか見えていない。

「好き……」

 もう一度囁くと、そっと瞳を閉じる。
 そして、そのまま唇を───

Memories Off 2nd Fan Fiction Story ─── featuring "Tomoe Tobise".

この想い、認めるならば

Written by Jimmy

「ダメえええええぇぇぇぇぇぇッ!!」

 不意に響いた絶叫に、私とイナは驚いて飛び退った。
 見ると、顔を真っ赤にしたほわちゃんが、恐ろしい形相でこちらを睨み付けている。
 いつの間に? ……って最初からいたっけか。役に入り込んでたから、マジ存在を忘れてた。
 これは……ヤバイかも。たら〜りと冷や汗が背筋を伝う。

「あの、えーと。……ほわちゃん?」

 ギヌロ。
 恐る恐る呼びかけた私に返って来たのは、人を殺せるんじゃないかと思えるくらい凄まじい、ほわちゃんの視線。
 あまりの凄まじさに、思わず「ひっ」という悲鳴にも似た息が漏れる。
 そんな私にゆっくりと近付きながら、ほわちゃんは地獄の底から響いてくるような声を絞り出した。

「と〜と〜ちゃ〜ん〜?」

「は、はいっ」

 シャキーン、と思わず直立不動になりながら答える。こ……こわひ……。

「練習はキスシーンの直前で止めるんじゃなかったっけ〜?」

「う、うん、そうだよ」

「じゃあ今のは……何?」

「え、いや、だからね? ちゃんと直前で止めるつもりだったんだよ? ほ、ほんとなんだから」

「直前で? 止めるつもりだった? ふぅん」

 ううっ、本当なのにぃ。
 そりゃイナの反応が面白くて、多少は悪ノリしすぎたかなぁとは思うけどさ、本当に止めるつもりだったんだよぉ。
 大体、ほわちゃんが見てるのにそんなことする訳ないってば。

「ね、そんなに怒んないでよ。初めて貰えた主役だからさ、ちょっと練習に身が入り過ぎただけ。ほんとそれだけだから。ね、ね?」

「ほんとぉ? ほたるには、とてもそんな風には見えなかったんだけど」

「あ〜ん、ほんとだってばぁ」

 くすん。ほわちゃんてばホント、イナの事になると人が変るんだから。
 と、その時。

「ほ、ほたる、ほら、飛世さんも冗談だって言ってるでしょ?」

 ほわちゃんの背後から掛かる、イナの声。
 ……バカだぁ。庇ってくれるのは嬉しいケド、今イナが口を出したらやぶ蛇に決ってんのに。

「健ちゃんっ!」

「はひっ!」

 案の定というか何というか。
 イナを振り返ったほわちゃんからは、『ゴゴゴゴゴゴ』なんていう擬音付きで、怒りの波動が伝わってくる。
 おーおーイナもビビッてるビビッてる。なんか返事も『はひっ!』になってるし。

「大体ね、健ちゃんも健ちゃんだよ? でれでれしちゃってさぁ。ほたるが止めなかったら、あのままキスするつもりだったんでしょう?」

「と、とんでもない!」

 ブンブンと音がしそうな勢いで首を振るイナ。

「嘘! 大体健ちゃんはねぇ……」

 でもほわちゃんは聞く耳を持たないって感じで、クドクドとお説教を始めた。うーん、暫くは終わりそうもないかも。

 ふぅ。

 私は一つため息をつくと、右の胸にそっと手をあててみた。どくどくどくどく、と早鐘のような鼓動が感じられる。
 練習の時は何でもないふりをしていたけど、本当は私もかなりどきどきしてる。……当たり前だ。男の子と付き合ったこともない、ましてやキスなんてもっての他である私が、お芝居の練習とはいえあんなことをして、どきどきしない方がおかしいよね。
 半分冗談だったとはいえ、確かにやり過ぎだったかも。
 そう考えて、ふと気付く。
 半分? ……半分、かぁ。
 ってことは、後の半分は……。

「もう認めるしかないかなぁ?」

 あーあ、なんて心の内で苦笑しながら、そっと呟いてみる。
 違うだなんて否定してみても、きっとそう。私はイナに───恋してる。
 心の奥底ではきっと気付いてた。だけどずっと気付かないフリをして、自分を誤魔化してた。

『好きになる人を、自分で選べたらいいのにね』

 どこかで聞いたその言葉がふと蘇る。まったくその通りだと、私も思う。
 好きになる人を自分で選べるくらいなら、親友の恋人なんて面倒な立場のひとを好きになんてならない。
 ハァ。
 二度目のため息。
 今度演じる少女の様に、いつかこの想いが溢れてしまう時がくるのだろうか?
 ……そうなのかもしれない。
 でも、そうはならないかもしれない。
 未来のことなんて誰にも判らない。
 だからこそ、今は。
 今はただ、この日常を大切にしたいと思う。

「ほわちゃ〜ん、その辺にしとかないと、イナ死んじゃうよ?」

「え、何、ととちゃん? ……ってああっ、健ちゃん大丈夫!? 誰がこんなことッ」

「って、あんたでしょうが」

 ずびし、とツッコミを入れると、私は声を挙げて笑った。
 どこかくすぐったくて、切なくて。
 そしてとても大切なこの想いを、胸の内にそっと秘めたまま。
 今はそれでいいと、そう思った。


Memories Off 2nd
Fan Fiction Story "If this thought is recognized." is ......

the end

2002.02.04

後書きに代えて

 ってな訳で八神さん、20000HITおめでとうございます〜。(^^)/
 少し遅れましたが、記念としてこのSSをお贈りさせていただきます。
 一応シチュエーションとしては、二回目の出会いの時に演劇へのお誘いにそっけなく答えて巴フラグがOFFになった後、ほたるに普通に紹介してもらい友人になった後の話って事でここは一つ。(^^;
 と、まあそんな苦しい内容の作品で申し訳ないのですが、許してくださいませ。
 それではまた。

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