V'z (ヴィー・ズ)

Elqfainllowtyさん・作

「あーあ・・・・なんか面白いモノ、転がってねーかなぁ・・・・」
 都会色の空気に溜息の白、

 冷え切った外気にジャンバーでとりあえず寒さをしのぎながら、瓦儀 単(か
わらぎ・ひとえ)はそうボヤいた。
 白い輪郭の、割とはっきりしない吐息の隣に、白い輪郭の、割とはっきり分か
る吐息が混ざる。

「ふーっ」
 友人たち三人と、円を書いて座り込んでいる。
 煙草の味は二年前、高校在学中に既に覚えた。
 何となく知り合ったこの面子で、今宵を共に過ごしている。


「スパイス求めすぎなんじゃない?」
「てゆーか。―――疲れずぎ?」
「きゃははは! それあるー!」
「ヒトエ、朝ハヤ過ぎー」
「朝? 昼じゃなくて?」
「あー、そうかも」
「モーニングで、アフタヌーン、モーニングヌーン?」
「・・・・ナニソレ?」
「「「えーっ」」」

・・・・・・

「「「「きゃはははは!」」」」


 夜の駅前、コンビニの前で屯う女達の、夜会。
 排他的な、そして、遂に社会に馴染めなかった世捨て人達の時間。
 単も、高校を卒業してからは、ずっとこんな生活を続けている。
 ぼーっ・・・と、咥えた煙草の煙を追って、メタン雲の浮ぶ黒緑色の空を覗き
込む。


「あ・・・・」
 ぽとっ・・・・


 灰が落ちた、何時の間にか2分近くも咥えたままの煙草を、ひょいと挟み取っ
て、捨てる。
「ヤニが切れた・・・・誰か持ってね?」
「あ?・・・あー、そう言えばアタシも昨日切らしたまんまだ・・・」
「わたし、金食うから最近禁煙中」
「持ってるけど、後一本しかないよ」

 単はくるっと三人の顔を見回して、ふぅ、と息をついた

「・・・・・・役立たず」
 ひょいと、手を上に上げる。

 夜の駅前は、それでも会社帰りのサラリーマンや、夜遊びに勤しむ学生がうろ
ついている。
 無論、ホームレスや、単のような世捨て人も沢山居る訳だが、単達のいる場所
は殆ど同類種がいない所だった。

 さて、駅ビルから出てきた更年期のサラリーマンが、鞄を持って仕事疲れに肩
を落としている。
 その足取りは重く、でもゆっくりと単たちの近くまで歩み寄ってきた。
 恐らく地元までの電車へ乗り換えるのが目的だろう。

「つかれた・・・・・」

 誰にも聞いて欲しくないような、勿論単たちにも分からない程小さな声で、そ
う呟いてその男は徐々に近づいてくる。
 近付いて、瞳で全身を捉えられないくらい接近して。

 単のとなりを横切った瞬間。

「・・・・・・・」

 男は何も気付かずに、駅までの距離を歩いてゆく。
 相変わらず、持った鞄をダルそうに片手に下げながら。

「・・・・・・・」
「・・・・・ヒトエ?」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・煙草、買ってくる」

 皮製の財布をポケットにしまって、単は立ち上がる。
「お見事」
「アタシの分も奢ってよ」

「金利つけてくれるんなら考えるよ、じゃね」
「ケチー」
「じゃねー」

 単は踵を返して歩き出した。
 宵闇はいよいよその寒さを冬のそれへと変えてゆく。

 買った煙草に火を点ける。
 立ち上がった煙は吐息に混ざり、やがて見えなくなってしまった。

 丁度、視界に映る露店には色んな物があった。
 品物はチェーンやリング、ピアス等が殆どだった

 でもその殆どは何らかの形で単自身が見たことのあるものばかり、
 頻繁に出入りしていた露店街はいつしか飽きてしまった。

 刺激を求めて月に一度くらいは訪れるが、変わらないこの場所が、いい加減ウ
ンザリ来ている。
 でも今の単には暇を持て余すだけの時間があった、暇つぶしに目ぼしい物が無
いかチェックして回る。

 でも、相変わらず変わり映えはしていない。


「アホ臭・・・・」

 と、彼女が露店街を出ようとしたか否かの時、彼女は足を止めた。

「・・・・・」

 周りの露店がある程度盛況なのに対し、全く客を寄せ付けない、最端のその店
の前で、単は立ち止まった。
「あんたさぁ・・・・」
 溜息を吐いて彼女は俯いている店主に声を掛ける。

「あん?」
 首を持ち上げて、金髪の青年が客の応答に出た。

「こんなもん、マジで売る気なの?」
「ダメか?」

「買う買わないじゃ無くて、売れねーよコレ」

 と、最後の一品か、それとも最初の一品なのかわからない商品を手にとって見る。
「何処のナイフよ、コレ」

「ギリシア製、ナグレットって言う種の・・・・GIRTSの最後のタイプ」
「ナグレット? あのナグレット?」
「ああ、俺が買ってきたんだから間違いない、高いぜ?」

「・・・・・いくら」
「身体で払うか、100でどうだ?」


「・・・・・・」
 ふと考えて、
「前者で」
 と、答えた。

「分かった、ついて来い」





 誰もいない、夜道。
 路地裏は何時の間にか誰もいない。

 男女が禁断の行為に興じるのは絶好の場所になっている。
 何処か湿っぽく、何処か生ぬるい空気が漂う。
 行き止まり表示の壁には若者の刻印が、どうやって描いたのか、という高みま
で描かれていた。

「ここでいいだろ」
「何処でも構わないけど」

「さっさとしろ、誰もいないとは云え、見つかると何かと都合悪いしな」
「分かってる」

 と、単はジャンバーと上着を脱いだ。
 はぁ、という男の荒々しい吐息が聞こえる。

 面倒臭そうに、単は身に付けている服を次々に取ってゆく。
 実は単にとってこう云う行為は初めてである。

 これからもそんな事はありえない、と、今でもそう思っていた。

 何故なら。




















――――――――――――――――



 暗やみに獣のような叫び声と、共に、月が濁る。
「じゃあね」

 と、単は同じ服を着て、街へと戻って行く。
 街は何も知らない。
 と、同時に、誰も、何も知る術は無かった。


the end

2002.10.23

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