From Forth Street -四番街より-

Elqfainllowtyさん・作

 そろそろジャンバーだけじゃ寒さはしのげない時期になる。
 十二月も半分を過ぎたところで、いよいよこの街にも雪が降り始めてきた。

 と、単の鼻頭に白い雪の粒が降り、直ぐに見えなくなってしまった。
 勿論、彼女はそんな事を気にしてはいない。
 ポケットには昨日手に入れたナグレットが握られている。

 と、言ってもこれを持ってどうする、というわけではない。
 むしろ、一層何も変わらない日々が続いていた。
 あれから変わったことと言えば、日付と、気温と、単の外見だけだった。

「ジャンバーがその意味を無くしつつあるので、上着をコートにしてみたのだ
が、どうか」
 全身を見ながら、自分自身にそう尋ねる。

「ついでにこのコートに金髪は似合わないので、黒に戻してみました」
 追記として、散らしていた髪形も、整髪して、ショートにしてみた。

「流石にロングは寒いので、思い切ってパンツに替えました」
 誰一人そのコトバに反応する者は居ない。



 どうでもいい事か、と思った。
 私一人がどう変わろうと、何も変わらない、いや、変わることはありえない
し、むしろ、変わることを拒んだのは、自分だから。

「遠い日の、痕・・・・か」

 馬鹿馬鹿しい、もう止めよう、自分の事なんてどうでもいいじゃないか。
 今必要な事は、私自身が普遍的な存在になることだ。




 そして、一匹のカメレオンはデパートから逃げるように歩き去った。
 雪の降る、冬の昼下がりの事。

 アーケードは太陽の光を通さない。
 傘に積もった雪はいつしか数センチも厚い層を作り、崩れ落ちた雪が、アー
ケードの傍に雪の山脈を作っている程だった。

 街を歩く人は疎ら。
 そのどれもが、普通の人間ではない事が分かる。
 単には分かる、彼らは人並みの生活をする事が出来ない事を。

 ハイエナのように地面を嗅ぎ回り、日々の食を探し当て、そして何とか命を繋
ぐ彼らの目の色を、彼女は知っている。
 しかし、そんな風景を見つめる彼女の瞳は、色彩を識別してはいなかった。

 視界に映るあらゆる景色は、生彩を欠けている。
 それは冗談ではなく、実際、彼女の目に色彩を区別する機能は備わっていない。
 白黒と砂嵐の混じったような、そんな世界を、8年間ずっと見つづけている。

「朝起きたら、殆ど色がわからなくなってた」
 原因を語る彼女の口は、常にそれ以上の説明を拒んでいる。

 本当の理由があることは分かっている、しかし、その理由はどんな事をしても
単は声に出して打ち明けていない。
 誰一人として、その理由を知るものは、居ない。


 日々の生活が殆ど歩く事だけで終わっていた単は、それでも満足していた。
 単の一年と言う時間を満たすには、この街は十分すぎるほどの奥深さを持って
いる。

 流石に今住んでいる三番街は制覇し、いい加減刺激を求めているが、それも今
日で終わりらしい。
 自然に単の足は、四番街へと向かっている。

 廃ビルがその殆どを埋めている四番街は、暇すぎる世捨て人を受け入れるには
十分な場所だった。





「ダメだな」

 こんな場所、私には似合いすぎる。
 四番街は、本当に廃墟だけしかなく、コンクリートや段差の出来た地面とか、
そんなのばかりだった。
 ここだけ局地的な戦争が起こったのではないか、と云う程の有様だった。

 だからこそ、単には合わない。
 私には合わない。

 死んだ後になんて興味ナイよ。
 私はね。


 死んだ後になんて、何があるって言うのさ?

 思い出しながら彼女は狂ったような微笑を浮かべた。。
 ケケケ、という悪魔のような声を漏らして、でも、それは先天的な悪魔の微笑
ではなくて。

 ルシフェルをご存知だろうか、そう、単は人間で言うそれだった。
 生まれつきがそうではなかったからこそ、今の単は恐るべき憎悪を胸に抱いて
いる。

 しかし、それではいけない。
 人間は斯く在るべき、という心を繋いで、今まで必死にその感情を殺してきた
のだから。


「いま、私は一人だ」

 今まで考えたあらゆる思考を拭い去り、単はそう呟いた。
 頭の中は、割と白い。
 それは今までの考察が、無意味だった事を裏付けていた。


the end

2002.10.25

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