Valentine Day's Sky

ディンゴさん・作

 冬空の下、寒さのせいで手足の指先は感覚がほとんどなかった。
 幸い風は無い。降り注ぐ太陽の光は、カイロを持ち合わせていない俺にとって手袋に次いでありがたい恵みだった。
 俺は携帯を見て確かめた。
 向こうが俺の都合に合わせてくれたらしい。待ち合わせは午後三時半にこの公園。
 もう一度携帯を見た。ディスプレイの日付は二月十四日。
 ――バレンタインデー……か……。



「ショーゴ〜。これ」

 教室の机に突っ伏していた俺の隣になゆが座った。
 いつもみたくえらくハイテンションだなと思っていたが、今朝のなゆはいつも以上にテンション高いな、と思った。
 彼女はショルダーバックから何かを取り出し俺に差し出した。
 しばしの沈黙。そして俺は口を開いた。

「今日俺の誕生日じゃねぇぞ?」

「こら〜!!」

 なゆはさも当然のように叫んだ。

「それベタ過ぎッ!! ボケるならもっと手の込んだのにしなよ」

 別にボケたつもりじゃない、とはあえて言わないでおいた。

「携帯の日付。見てみなよ」

 指示通りに携帯を見たとき、俺はその事実に始めて気がついたのだった。

「……そうか! 今日はいわゆるバレンタインデーってヤツか!」

 なゆは苦笑しながら「気づくの遅ッ」と突っ込んだ。

「あ。でもこれ義理だからね」

「分かってるって」

 そして一言だけ「ありがとう」と言うと、俺はそれをカバンにしまった。

「そういえばさ」

 彼女はペンケースなどを取り出しながら言った。

「昨日の『トレビア』見た?」

「それがさぁ……実は見忘れたんだよ」

 俺とした事が、よりにもよってタモルがレギュラー出演している番組を見忘れようとは……今さらながら酷く後悔していた。

「その後の『サンナイ・ロックンロール』はちゃっかり見たんだけどね」

 と苦笑を浮かべる俺。

「そうなんだ」

 俺を意外そうな目で見た後、彼女は続けた。

「それでね。昨日のトレビアで、バレンタインデーの事についてやってたの。そしたら凄いんだよ」

「何が?」

「バレンタインデーにチョコを渡す風習があるのは日本だけなんだって」

 彼女は「でね」と続けた。

「西暦3世紀のローマでのことなんだけど、当時の皇帝クラディウス二世って人は、強い軍隊を作るために、兵士たちの結婚を禁止していたらしいの。何故かって言うと、若者たちが、自分の家族や愛する者たちの元を去りたくないって思うせいで、なかなか戦争に出たがらなかったからなんだって。でも恋愛による結婚禁止に反対したバレンタイン司祭って人は、皇帝の命に背いて、内緒で多くの兵士たちを結婚させていたらしいの」

 彼女はそこまで言うと「バレンタインさんっていい人だよね」と言い、また続けた。

「ところがそれがバレちゃって、拷問の末撲殺されちゃうの。そしてこの殉教の日が、西暦二七〇年の二月十四日だって言われてるの。以来『聖バレンタインデー』は、司祭の死を悼む宗教的行事、ローマカトリック協会の祭日になって、これが十四世紀頃になると、愛の告白をしたり、カードを送ったり、プロポーズの贈り物をする日へと変化してきたんだって」

 朝からまた生々しい話をする人だなと正直偏見してみる傍ら、良くそれを覚えられたなと感心する自分がいた。

「日本だけ……ねぇ」

「なんだか大事にしたいよね。日本だけのバレンタイン」

「そうだよな」



 日本だけのバレンタイン。その言葉がまた脳裏を過ぎった時、彼女が公園に姿を現した。

「ショーゴくんごめ〜ん。待った?」

「大丈夫。俺もさっき着たばかりだから」

「そう? よかった〜」

 と、音緒ちゃんは胸を撫で下ろした。
 彼女と会うのも久しぶりだ。
 久しぶりと言っても五日前に会ったばかりだが、俺たちの場合はそれだけ会わないともう『久しぶり』だった。
 しばらく公園内を歩き回りお互いの近状を話し合った。
 彼女はちょうど次の週から中間テスト期間らしく、最近は勉強の方に余念がないそうだ。
 週末、また映画にでも誘おうとしていたが止めた。

「テスト期間が終わったら映画でも見ようか」

「今週末は?」

「え? だってテスト期間なんでしょ? 来週」

「息抜きも必要だよ」

「とか言っておいて、ホントは勉強すんの嫌なんでしょ。ぶっちゃけ」

「おりょ?」

「『おりょ』じゃないって。誤魔化すなよ〜」

 俺は彼女の額を軽く突っついた。
 彼女は「てへっ」と笑い、ちょっとだけ舌を出した。
 そんな彼女が可愛かった。
 少し歩くのをやめ、俺たちは近くのベンチに腰を下ろした。
 しばらくの沈黙。公園内にいる人は少なく、遠くから聞こえる車の音以外、音らしい音はしなかった。

「でもゴメンね」

「何が?」

 彼女は突然口を開いた。

「待ち合わせ場所。寒かったでしょ?」

「そんな事ないよ」

 仕方がない事だ。
 テンチョーが死んで、カフェはまだ閉鎖中。というより、また開業するかどうかすら分からない。
 俺と彼女が、こうして何気なく待ち合わせ場所として指摘できる所は、もうこの公園ぐらいしかなかったのだから。

「……ショーゴくん?」

「え? ああ。ごめん」

 今はこの事を考えるのはよそう。気が滅入るし、なにより彼女の前だ。
 彼女の様子を確認しようと思い、首を動かそうとした。その時、自分の頬に何か当たった。
 柔らかい……唇?

「音緒ちゃん……?」

「てへっ」

 その笑顔を見ていると、こんな自分がバカらしくなってきた。

「へへ。ありがと」

 そう微笑する。
 すると彼女は、カバンの中から何かを取り出した。
 もっとも、それが何なのかはとうの昔に見当がついている。彼女もそれを渡す為に時間を作ったんだ。

「ハッピーバレンタイン」

 ピンクを基調とした紙袋に包まれ、黄色のリボンで縛ってあるそれは、両手で掴むとちょうど良いくらいの大きさだった。
 俺はそれを受け取る。

「食べてみて良い?」

 彼女は頷いた。
 リボンを解き紙袋を開けると、カップ状の物の中に丸いチョコレートがいくつも入っていた。
 俺はそれを一つ掴み口に運ぶ。
 舌で転がすと、本当の意味で溶け始めた。

「生チョコ?」

「ぴんぽ〜ん!」

「ビター……って言うよりはブラックか」

「またまたぴんぽ〜ん!」

「すっげ〜うまいよ」

「ホント?」

 彼女はそう言うと、「私も一つ良い?」と聞いてきたので、俺は「もちろん」と答えた。
 彼女はそこから一つ取り口に入れた。

「……ちょっと苦すぎたかも……」

 こんなに美味しいのに、彼女はまだ不服そうだった。

「そんな事ないよ」

 俺は続けた。

「味もそうだけど……音緒ちゃんが作ってくれたって所に一番意味があんだから」

 我ながらキザなセリフだなと思った。
 でも彼女は、とても嬉しそうに「ありがとう」と言った。
 二人で食べると、三分もしない内にカップの中は空になった。
 少し物足りなさそうな表情を作ると、彼女はそれを察し「またつくるね」と言い、伸びをして空を見上げた。
 俺も彼女と同じように伸びをして空を見上げた。
 仄かにオレンジ色に染まり始めた空。雲は見当たらない。
 あの空は、彼女の目にはどの様に映っているのだろうか。
 ふと、そんな事を思った。


the end

後書き

皆さんこんにちは〜。ディンゴです。読んでくださった人へ、ありがとうございます。俺の事を知ってる人いたらちょっと嬉しいかも(笑)
それはそうと、まずは10万ヒットおめでとうございます!! BBSとかホント全然参加してないですけど、よくROMってたりします。そんな俺ですが、是非この快挙を祝わせてください!

さて。実はこれが、俺にとって初めて書いた想君のSSだったりします。しかも最近は、メモオフに全然触れてなかったし、なによりSS自体書くの久しぶりなんで、キャラクターの呼び方や言葉使い等に間違いがあるかもしれません。もしあった時のために一言。スミマセン。

って言うか、ショーゴと音緒のSSなのに異様になゆのキャラが濃いような……。いやいや。気のせいだ気のせい(笑)。


次回作(?)の予定はまだ未定です。って言うか、ぶっちゃけ自分のHPで連載している小説が全然進んでないので、そっちの方に重点を置かなくてはならない状況。なので、またSSの方はしばらくお休みです。
ですが、もし書く機会ができ、そして書き終えた時には、勝手ながらまた送りたいなと思ってます。もしよろしければ、楽しみにしててください。
ではでは。俺はこれにて退散させて頂きます。HPの運営、頑張ってください。

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