デル・ヘンケルさん・作
吐き出した息は白くなり、夜の闇へと溶けていった。
いつもよりも夜が暗く感じるのはどうしてだろうか。
温もりをなくした缶から、少しでも熱を奪おうと両手で握っていた。
見上げれば、空には星たちが主張するように輝く。
その光でさえ、私には届きそうに無い。
たった一日会っていないだけなのに、どうしてこんなに不安に感じてしまうのだろうか。
それこそ、明日になればまた会えるのにも関わらず。
小さくため息をつくと、人気の無くなった公園をゆっくりと歩き回ってみた。
傷だらけになった像を型どった滑り台。
一番上の場所も、今では私の身長とさして変わらない。
昔、私にも確かに幼い時代はあった。
あまりに、記憶に乏しいが。
時に忘れてしまいたくなるそれは、自制できなくなることもある。
だから、
私には、彼が必要だ。
依存なんて軽い言葉では済まされない。
彼なくしては生きていけないほどに・・・・・。
会いたい。
会って、その両腕で私を抱きしめてほしい。
温もりを失わないように、私という人間がここにいる証明を施すように。
儚い願いを夢見た私とは違う。望めば願いはそこにある。
恐れることも、戸惑う事もない。だって、彼は永遠であって絶対だから。
逃げない。もちろん、逃がさないけれど。
「なーにやってんだよ。こんな夜中に」
かけられた言葉に私は驚くこともなく、気づかれないように微笑を浮かべた。
心の底から安堵するように、息をはいたことさえ分からないように。
「今夜は星が綺麗ですから」
嘘はない。ほら、星がこんなにも輝いてる。
貴方が星に光を与えたから。私には分かる。貴方は全てに光を与える人だから。
「智也さんこそ、どうしたんですか?」
「詩音に会いたくなって」
「こんな夜中に?」
「詩音の声は、お前がどこにいても俺には絶対に聞こえるから」
そんな馬鹿な事、あるはずない。
振り向いて質問の真意を尋ねようとした。
けれど、できなかった。
智也の顔が、どこか哀愁を漂わせ、不安そうに私を見つめていたから。
「よかった。泣いてるのかと思ってたから」
「どうして、そう思ったんですか?」
「だって、泣きそうな声で俺の事呼んでた。だから本当に心配して・・・・」
「まぁ、何もなかったならそれでいいや」
照れ笑いを浮かべる彼の姿を眺めていた。
冗談ではない。智也は確かに私の声が聞こえたんだ。
――どこにいても俺には絶対に聞こえるから。
「残念です」
「は?」
意味を理解できない智也は呆けた顔で私の顔を見つめる。
「智也には私の声が聞こえるのに、私には智也の声が聞こえません」
「智也が一人で悲しんでいたとしても、私には届かないでしょう」
「残念です。どうして、貴方には私の声が聞こえるんですか?」
澄んだ空気に私の声がよく透った。
無意味に響くこともなく、ただ、気がつけば声は聞こえていたかのように。
「・・・・・分からない」
「そんなメカニズム、馬鹿な俺には全然わからない」
「でも、詩音が不安な時や、悲しい時の声はどうしてか感じるんだ」
「んな事、他のやつに話したらただのノロケにしか聞こえないんだろうけど」
自嘲気味に呟いた智也。
「詩音は俺の声なんか聞かなくていいよ」
「っつーか、聞いてほしくない」
「男ってやつはさ、何でも自分一人でやりたがる性分だから」
「それでは、智也が苦しいと感じる時には、智也はどうするんですか?」
「その時は、こうする」
近づいてきた彼の両腕が私を優しく包みこむ。
冷えた私の体を、徐々に徐々に温めていく。
その心地よさに浸りながら、私は智也の言葉を聞いていた。
「苦しい事なんかいちいち話さなくてもこうやって詩音を抱きしめてるだけで全部忘れるから」
「これでいいんだよ」
「・・・・・・・・・随分、簡単なんですね」
「ああ。単純だよ」
コツンと私の額に自分の額をあてる。
互いの顔がすぐに近くにあって、どこかこそばゆく感じて私は小さく笑った。
それに合わせるように、智也も小さく笑って私の唇にキスを落とした。
啄ばむように何度も何度もキスを交わすと、智也は満足そうにまた小さく笑った。
「ほら、もう忘れた」
「?」
「いいや。何でもない」
意味深な智也に言及しようとしたが、やんわりとかわされてしまった。
「さて、と。星屑のシャワーを浴びながら帰るとしようか」
「智也がそんな事言うと、不自然ですよ?」
「どーせ俺には文才は無いよ。」
苦笑して、私の髪をゆっくりと撫でる。
手馴れたその動作に、流れた時間を感じさせる。
智也の動作一つ一つに私は感慨を覚えずにはいられない。
比例して、心臓の高鳴りもまた止む事はない。
これから先も、続いていけばいい。
そんな事を、考えていた。
月明かりが照らすのは、
私の歩く道なのか、
智也が歩く道なのか。
それとも・・・・・・・・・・。
繋がれた二人の手は、家に着くまで離れる事はなかった。