『HAPINESS』





「パパ、早くこっちこっち!!」

「そんなに急がなくても。時間はまだまだあるって。」

「ヤダー!時間は過ぎていくの!」

同年代の少年少女に比べて少しばかり知識が高いと思うのは決して親ばかの類ではない。

それもそうだ。あれだけの本を読めば、詰め込めば幅も広がるだろうさ。

母親譲りの見事なまでの銀髪を腰までなびかせて駆けていく我が娘。

「どうしたんですか?智子、待ってますよ?」

クスクスと笑いながら先を促す我が妻に少しばかりの文句を言いたいところだが、敢えて言葉を飲み込んだ。

「詩音も、だろ?お父さんは運転で疲れてしまいました。」

朝っぱらから渋滞に巻き込まれるなんて勘弁願いたいもんだ。

いつもの休日ならわざわざこんな気だるい思いをすることもなかったはず。

昼すぎまでぐっすりと眠って昼から親子三人でデパートへ出かけるのが常だった。

しかし今回に限ってはこのマンモス遊園地に連れて行ってと娘にせがまれたため、

従来の予定は遠くへ姿を消し、どこかで見たようなマスコット人形が俺に手招きをする事になった。

今日開園だけあって周りは人、人、人の海。

津波に例えようものなら一体だれだけの人間が宙を舞うのだろうか。

それはそれで見てみたかったりするのだが・・・。無駄な現実逃避もそろそろネタが尽きてきた。

「毎回同じパターンでは流石に飽きるでしょう?いい機会だと思いますけれど。」

「時期ってもんがあるだろ。わざわざこんな開園日にこなくても。」

「智子には話題が欲しいんですよ。一番に行った事が何より重要なんです。」

「そんなもんか。」

「そんなものです。ほら、早く行きましょう。智子も待っていますよ。」

詩音から香る甘いようで涼やかな香りは今も健在。高校の時の記憶に見事にかぶる。

最近では智子も使うもんだから、背後にいるのがどっちなのか識別ができない時がある。

などと考えながら門をくぐり、ピーターパンの格好をしたお兄さんにパンフレットをもらった。

定番だなぁ・・・・・。










「きゃぁぁぁぁぁ!!!」

何重にも重なった声が響き渡る。

呆然と見ている俺はもちろんこの手のものが好きでない。

しかしそれを好奇の眼差しで見つめる智子の目の輝きようといったら他にない。

詩音も顔を綻ばせて見入っている。うーん、親子相伝。

元々子供の遺伝子の99パーセントは母親から譲り受けるらしいからな。

残りの1パーセントが俺じゃあそりゃ嫌いにはなれないわけだ。

並び始めてから既に20分が経過している。

次第に飽きて違うアトラクションに行こうと駄々をこねるかと思いきや、我が娘は粘る。

正直そろそろ困ってきているのだけれど。

「どうかしましたか?」

明らかに最初の微笑とは違う。

知っていてわざと確認する詩音にチョップを見舞うと控えめながら声を上げて笑った。

「知っててどうして止めないんだ。」

「おもしろそうだからです。」

ひょっこりと顔を出した智子が両手を広げて俺にアピール。

腰を下げ、肩車をする。

歓声を上げる智子の姿を見ていると、まぁこんな日もいいかと思えてしまう。

微笑ましい家族の一時を味わってはいたがすぐに冬はやってきたようで、表情が変わらなかったのはどうしてか。

そのままやりすごせればどれだけ楽だったろうか。










「だめでしょう智子。野菜も全部食べなさい。」

「苦いー・・。」

「ちゃんと食べないと、大きくなれませんよ?」

「智子はこれでも大きいほうだもんっ。」

「嘘仰い。学校でも一番背が低いでしょう?我侭言わず、ちゃんと食べなさい。」

子供が生まれてからのしつけは全般が詩音の仕事だったが、どうやら子供が好きなようだ。

優しいながらも時にはちゃんとマナーを教え、智子に行儀作法から何から全てを教えているようだ。

そこまでしなくてもと突っ込むと冷たい視線が飛んでくるからやんない。

智子が嫌がってるようならそれでも押し切るけれど、楽しんでいるようだから何もいえない。

無論紅茶教室は毎日開催されているようだ。

仕事がてらリプトンをよく飲む俺なんだが、間違って持って帰ろうものなら即座に処分されてしまう。

「こんなもの買わなくても、私がもっと美味しい紅茶を淹れて差し上げます。」

智子に叱るような口調で言われると、俺もまだまだ子供なんだなと妙に納得したり。

「智也、それで足りるの?」

「え?何で?」

「少ないんじゃないかと思って。朝も食べなかったでしょう?」

「コーヒー飲んでれば俺はいつでも元気なのさ。」

「いつか胃に穴が開いてしまいますよ?」

頼んでもいないのに詩音はウェイトレスを呼び止めてサンドイッチを注文した。

健康を案じてくれるのは有難いが、本当は昨日の夜のビールが残ってるために食べづらいだけなのだ。

俺はビールを飲むと意識を欠ける事が多く、今回の事も智子にそこを突かれたのだ。

うーん、今更ながらにずる賢いと言うべきか知能犯と褒めるべきか微妙な線だ。

とある日には起きたらシーツにくるまる詩音の顔が目の前にあったりと・・・・

ああ、失礼。この話題は避けるべきだったろうか。

「?」

「い、いや。別に。」

詩音と視線が合ってしまい、思わず視線をずらしてしまう。

不審に思った詩音がじっと見つめてくるが、諦めたらしく、智子との談笑に戻ったようだ。

丁度ウェイトレスさんがそこにサンドイッチを届けてくれたお陰で空気を元に戻す事ができた。










食後もアトラクションを順々に回り、俺も何だかんだ言って随分楽しめた。

智子も満足したようで、うつらうつらしながら目をごしごしこすっている。

「智子、大丈夫?眠い?」

「まだ大丈夫。次はあれ!」

テテテと駆けていく智子を見やりながら、詩音と視線を合わせ、互いに小さく微笑んだ。

「帰りの渋滞も予想して、あれで最後にするか?」

「そうですね。頻繁に来れるところじゃないですから、最後に夕食もしていきましょう。」

「夜には大きな花火が上がるらしいですよ?」

それを見ないのはもったいないかと思い、素直に頷いて肯定を表明。

娘は目をこすりながら俺たちの到着を待っているようだ。

歩幅を狭めつつ、智子の元に向かった。










限界に達したうちのお姫様はついにダウン。

食事中に眠ってしまったようだ。

起こそうとした詩音を俺が止めた。

「起こしちゃ可哀想だろ?」

「でも、このままというわけにも。」

「いいさ。帰りは俺が負ぶっていくよ。」

「それに、久しぶりに恋人気分に浸るのも悪くないだろ?」

朝の仕返しにそう切り返すと、予想通り詩音は顔を赤らめて小さく頷いた。

スースーと寝息を立てながら智子は今日の出来事を夢に見ていることだろう。

夫婦二人で会話をしながら食事を楽しみ、いつもよりも笑いが溢れたのは決して不思議な事じゃない。

「あ、見てください。花火があがりますよ?」

夜空に照らされたライトが文字を作り、花火の開始の合図となっているようだ。

急いで勘定を済ませ、智子を負ぶって外に出た。

季節が季節だけに外は冷え、店を出ると同時に詩音が俺と智子に持ってきた大きめの服を着せてくれた。

「用意がいいなぁ。」

「主婦ですから。」

クスクスと笑い、場所の確保に走る詩音。

俺はいつもどおりゆっくりと歩き、詩音の後を追った。

ひとごみをすりぬけて、一段と広い中央広場へと出ると、そこは夜空を見上げる人ばかりだった。

地雷を埋めても絶対に気づかないんだろうなぁ。

「智也。こっちです。」

右手を振って誘導する詩音についていった先は。人がいくらかマシなこじんまりしたところだった。

「ここは?」

「実は昨日、調べておいたんです。ここからだと花火が一層綺麗に見えるようですよ?」

「みんな知ってそうなもんだけどなぁ。」

「いいじゃないですか。理由を求めるのは止めましょう。」

そっと俺に寄り添って、俺たちは一緒に座った。

はかったかのように丁度花火が打ち上げられ、夜空に幾通りもの色が飛び交った。

大きな爆発音も去る事ながら、漆黒の夜空をバックにしたアートは正に素晴らしいとしか言いようがない。

ただ息を呑んで見つめていた。

どれだけ時間が流れたのかも確認できないままに、首が痛くなっても下げなかった。

「綺麗ですねぇ・・・・・。」

「本当に。」

コツンと頭を寄せてきた詩音の柔らかな髪を撫でながら、俺も頭を寄せる。

背中から伝わる智子の体温に、同じく感じる詩音の体温。

これ以上の至福があろうかと思えた俺は、きっと幸せ者。

「よかったよ。」

「え?」

「詩音と、出会って。結婚して、子供を作って。」

「まさかこんな事になるなんて、あの頃は思ってもみなかった。」

「・・・そうですね。確かに。」

詩音も花火を見ながら過去を反芻しているのだろうか。綺麗な金色の瞳がゆらりと揺れた。

「幸せ、ですよ。今すごく。」

「智也に会えて、よかった。」

「そう。よかったな。」

また互いに微笑んで、周りの人をかぼちゃだと思い込んで長い口付けを交わした。

冷えていた夜だけに、暖かくなるようにと。そう思っていた。

そして唇を離し、赤ら顔の俺たちを祝福するように、最後に今までで一番大きな花火が上がった。

それはまるで夜空に咲き誇る一片の花びらのように漆黒の黒に溶けていく。

最後まで見守った俺たちはしばらく余韻に浸った後、

「帰りましょうか。」

「だな。」

詩音の言葉を皮切りに帰路についた。

暖かいこの温もりが、いつまでも消えないように。

消さないように。

これからも、この三人で生きていけるように。

そう、夜空に願かけをしながら、ゆらりゆらりと歩いて駐車場までの道のりを歩いていた。

星はいつまでも輝いていた。

空を見上げる人々の群れを、遠くから微笑ましく眺めていた。










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『HAPPINESS』 END