人を待つのは、嫌いだった。
誰かを待ってひとり立っていると、どうしてもあの雨の日を思い出してしまう。二度と来ない人を待ち続けた、あの雨の日を。
だから、人を待つのは嫌いだった。
だけど――。
「はあ……おっせえなあ」
携帯電話のディスプレイを眺めながら、三上智也は大きくため息をついた。
ディスプレイには、「しばらくお待ちください」と表示されている。
智也は、近所にある神社の鳥居の側に立っていた。
時刻は、深夜。ちょうど0時を回った頃合い。
にも関わらず、辺りには多くの人が行き交っていた。
その理由は、今日が元旦だということだ。地元の小さな神社なので、参拝客でごった返すということはないが、それでも初詣の客足は途絶えることはなかった。
そして、そんなときは電話やメールの使用量が多くて、携帯電話はすぐ繋がりにくくなる。そのせいで、さっきから智也は待ち人と連絡を取ることもできず、もう三〇分近くその場所に佇んでいた。
「……ったく、風邪引いたらどうしてくれるんだ。俺が受験生だってこと、どんどん忘れていってないかー?」
ぶつぶつと呟きながら、吐く息が白い。智也はポケットに手を突っ込んで、夜空を見上げた。
暗い空には、冷たい冬の星々が瞬いている。雪が降っていないのが幸いだったが、星の冴え冴えとした輝きが、代わりに寒さを強調しているかのようだった。
そうして星を数えていた智也の表情に、ふと陰りが差した。
もし、彼女が来なかったら。
こうやってまた俺がバカみたいに突っ立ってる間に、彼女もまた、俺の手の届かないところに行ってしまったら――。
その想像が智也の胸に錐で刺したような痛みをもたらした、そのとき。
「お待たせっ」
明るいかけ声とともに、思いっきり智也の背中が叩かれた。
「ど、どわっ!?」
「どーしたのよ、ぼんやり夜空なんか見上げちゃって。似合わないよ? あ、もしかして、淋しかったのかな、少年?」
「バカ野郎、散々待たせておいて……」
智也の胸に浮かんだ不安など吹き飛ばしてしまう、相変わらず軽快な台詞。その声の主である年上の恋人、霧島小夜美を、智也もいつもどおり怒鳴り返そうとして振り返り――。
絶句、した。
「ごめんごめん、やっぱり慣れないからさ、着付けに時間かかっちゃった。早く歩けないし、これだと」
そう云って、照れたように笑う小夜美は、振り袖姿だった。赤を基調にした、艶やかな柄だ。小夜美の普段の服装はシックなものが多いだけに、よりいっそう、華やいで見えた。
「途中で何度も電話したんだけどね、繋がらなくて。……って、どうしたの、智也?」
言葉もなく、じっと見つめている智也に、小夜美は小首を傾げて見せた。
見とれていた、と自分で気づいた智也は、赤面したのを隠すため、乱暴に面をそらした。
「こんなときに携帯使えないの、わかりきってるだろ。もっと考えろよ」
「……ごめん、先に連絡しておけばよかったね。驚かせたいなって思って」
智也のぶっきらぼうな口調はいつものことだったが、このときは小夜美も遅刻したのを気にしていたせいか、暗い表情になってうつむいてしまった。
他愛のない口げんかに慣れて、俺は小夜美の明るさに甘えているのかも知れない――、小夜美のそんな表情を見て、智也はふと自分を省みた。
小夜美は、淋しげに呟いた。
「こんなの、着てこなければよかった?」
「……バカ」
云いながら、智也は小夜美の手を取った。面を上げた小夜美の瞳を、じっと見つめる。
「嬉しいよ。……その、似合ってる」
最後のほうは、顔を赤くして口ごもるような調子になってしまった。
綺麗だよ、と本当は云いたかったのだが。
自分の不器用さに、智也は内心、舌打ちした。
しかしそれでも、小夜美は喜んで、花のような笑顔を浮かべた。
「えへへ……ありがと」
「……さ、早く行こうぜ」
「うん」
手を繋いだまま、二人は歩き出した。
短い参道を歩き、本殿の前までやってくる。そこでふと小夜美が顔を上げ、智也に話しかけた。
「ねえ、智也」
「ん?」
「今年もよろしくね」
子供のような笑顔。
ずっとそばにいることを、ただ当たり前のように信じて。
だけど、それがどんなに貴重なことであるか、誰より知っていて。
だから。
「こちらこそ」
智也は微笑んで、頷き返した。
人を待つのは、嫌いだった。
だけど、今は。
失うことだけを恐れるのではなく、この笑顔とともにありたいと、ただ素直にそう考えることができる。
だから。
この笑顔をいつも、待ち続けている。
あとがき
謹賀新年m(__)m。
イベントは大切にしなきゃね、ということで書き続けていたこのシリーズ(シリーズだったのか(^^ゞ)ですが、これで一段落かな?
……と思ったら、まだバレンタインとか、卒業式とか色々ありますね。ネタがあれば、頑張りますー。
萌えだけで書くのって、結構難しい(^^ゞ。
ご感想などいただければ、幸いですm(__)m。