Happy, Happy Valentine

 小夜美はいつもわたしのことを、マイペース過ぎるって云うけど、小夜美自身だって、ぜんっぜん人のこと云えないと思う。むしろ突発的な行動に巻き込まれているのは、いつもわたしのほうじゃないかしら?
 今日だって、大学でいきなり捕まって、「チョコの作り方教えてっ!」だもんなあ。
 気持ちはわかるけど、どうせならもっと早く準備すれば? 今日、十三日だよ?
 ……それに、そもそも。

「ねえ、小夜美」

「んー? なぁに、静流」

 いかにも生返事、という声が返ってきた。
 振り向くと、小夜美はわたしの本棚から取り出してきたお菓子の本を片っ端からめくっている。トッピングのいいサンプルを探してるらしい。

「……うーん……これかなあ……でもやっぱイマイチ……えーと、こっちは……」

 ほんと、見ていて飽きないぐらい、表情がよく変わる。
 黙ってれば、むしろわたしより年上に見える顔立ちをしてると思うんだけど。あまりにストレートに感情を表すから、時々、すごく子供っぽく見える。
 それが、わたしにとってこの親友のいちばん好きなところで……いちばん、羨ましいところだ。

「んー、なに、静流? 人を呼んどいて、無言で見つめないでよ」

 本を下ろして、小夜美はわたしをいぶかしげに見返した。わたしは苦笑しつつ首を振る。

「あ、うん、ごめんごめん」

「ま、あんまり綺麗だから、同性でも見とれちゃうってのはわかるけどねー」

「はいはい。なんたってビューリホー女子大生だもんね」

「……なんか引っかかる云い方だけど……ま、いいや。で、なんなの?」

「うん。なんで突然、わたしにチョコの作り方なんて習いに来たの? 小夜美、料理得意だし、チョコぐらい作れるでしょ」

「うーん、まあ、それはそうなんだけど」

 そう云うと、小夜美は少し頬を紅くして、上目遣いにわたしを見た。照れたように、頭をかいている。

「やっぱ、お菓子じゃ静流には叶わないから。どうせあげるなら、そこらで売ってるのとは、ひと味もふた味も違うもの、作ってあげたいじゃない」

「なるほど……。いいわね、相変わらずラブラブで」

「そっ……そんなんじゃないけどっ」

 耳まで紅くなって、小夜美は本で顔を隠した。
 ……ほんと。羨ましい。

「あ、これこれっ。これ、いいな。これにしよう!」

 慌てて小夜美が本を開いて差し出してくる。照れ隠しで適当に選んだにしては、いい感じだった。この子、センスはいいんだ、ほんとに。

「わかった。じゃ、始めようか」

「うん! ……あ、静流も作ってね」

「……え? どうして?」

「上手にできたほう、持っていくから」

 満面の笑顔で、しゃあしゃあとこんなことを云ってくれる。
 わたしは一つ技でもかけてやろうかと思ったけど、純な恋心ゆえ……と精一杯好意的に解釈して、肩をすくめるだけですませてあげた。

     *

「よーし、完成っ」

「うん、上出来じゃない」

 数時間後。わたしたちは完成したチョコを前に、歓声を上げた。
 結局、わたしも一緒に作っていた。小夜美の腕なら、わたしが手伝うこともほとんどないし、なんと云ってもお菓子は作っているだけで楽しい。……あとで自分で平らげるのは、ちょっとわびしいかもしれないけど。

「じゃあ、わたし、後片づけしてるから。小夜美、ラッピングしちゃいなよ」

「ほんと? ありがと。ごめんね」

「どういたしまして」

 云いながら、わたしは洗い物を始めた。
 チョコを作っている間も、今、ラッピングをしているときも、小夜美はほんとに幸せそうに笑っていた。
 ……わたしは、彼女のいちばんつらかった時期を知っている。あの小夜美が、笑うことをすっかり忘れてしまっていた、あの頃のことを。
 だから、今こうして笑顔の小夜美を見られるのは、本当に嬉しい。よかった、と心から思える。
 だけど。もうちょっと気を遣ってくれてもいいわよね。
 わたしはついつい苦笑してしまった。
 お菓子作りは本当にそれだけで楽しいけれど、誰かのために作るなら、きっともっと楽しい。
 愛するひとのために作るなら……それは何より……。
 頭を軽く振って、つい浮かんだそんな考えを振り払った。もうそれは、考えないと決めたことだ。

「静流」

「え?」

 呼びかけられ、わたしは洗い物の手を止めて振り返った。
 すると、小夜美が満面の笑顔で、綺麗にラッピングした包みを差し出していた。

「はい、これ。静流の分」

「……え?」

 つい受け取ってしまったあと、茫然とその包みを見つめた。
 どういう……つもりなんだろう?
 顔を上げたわたしの視線は、少し咎めるような色があったかも知れない。
 小夜美は変わらず微笑んでいた。けれど、その瞳には、少し悲しげな翳りがあった。

「渡してあげなよ」

「小夜美……」

「好きだって気持ち、ずっとしまっておくんだって静流が決めたのなら、あたしは何も云わない。でもさ、言葉にできないなら、せめて何か形にしてあげようよ。じゃないと……つらいだけの恋になっちゃうよ」

「……」

「そんなの……悲しすぎるよ……」

 彼女の笑顔が崩れて、だんだん、涙が浮かんでくる。
 だから、わたしに無理矢理チョコを作らせて。
 だから、こんな前日になって。
 だから。だから、わたしは、この親友が、大好きなんだと思う――。

「うん。……わかった。ありがと、小夜美」

 わたしも涙目になってしまったけれど、精一杯の笑顔で頷いて見せた。
 それに対して、小夜美は。

「……うんっ」

 やっぱり、子供のように、笑ってくれた。
 小夜美から渡された包みを、そっと胸に抱いてみる。
 なんと云って渡そう。……やっぱり、「妹にいつも優しくしてくれるお礼」とでも云うしかないかな。
 だけど、それでも。わたしの想いを彼が受け取って、そして、おいしいと云ってくれたなら。
 それはきっと、とても幸せな聖バレンタイン――。


end


2002.2.14

あとがき

萌えだけで書くのはやはり難しいので(^^ゞ、今回はちょっと趣向を変えてみました。
静流ねーさんメインになっちゃったので、2nd SSに入れるべきかもしれないですが……まあ、これまでのシリーズと同じ流れを汲んでいますから。
さて、どこまでイベントネタで続けられるでしょうか(^^ゞ。
ご感想などいただければ、幸いですm(__)m。

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