LOVE -Destiny-

 いつの間にか、ずいぶん暗くなってしまっていた。
 ちょっと気合いを入れすぎたかも知れない――そんなことを考えながら、白河静流は、夜道を走っていた。
 でもその分、会心の出来だと自分でも思う。きっと喜んでくれるに違いない。
 両手に抱えた包みを見て、静流の表情はついほころんでしまう。蓋を開けたときの、妹の笑顔が目に浮かぶようで。
 ――そのとき。

「……え……?」

 静流は、その少し狭い道路を横断しようとしていた。右手が曲がり角になっていて、見通しが悪い。その角の向こうから、眩しい光が猛スピードで迫ってきていた。
 そのことに気づいた瞬間、静流は逃げるより何より、胸の包みをぎゅっと力強く抱いた。たとえ何があっても、それだけは守ろうとするように。
 静流が思わず目を閉じ、衝撃を覚悟した刹那。思いがけず横からの強い力で、静流は路肩に引き寄せられていた。

「……!」

 声もなく息を飲む静流の目の前を、車が走り過ぎる。静流の安否を確かめようともせず、文字どおり車は逃げ去った。

「……大丈夫ですか?」

 静流は遠くなる車のテールランプを茫然と見ていたが、その声にはっと我に返った。
 気がつけば、見知らぬ少年に背後から両肩を抱かれる形になっている。彼が轢かれそうになった静流をとっさに引き寄せて、助けてくれたのだった。今の体勢は、その勢いのまま静流の体を彼が受け止めたからだろう。

「大変……!」

 静流は少年の腕から離れると、慌てて抱えていた包みをほどいた。命の恩人に礼を述べることさえ、意識に上らなかった。
 可愛らしいリボンで結んだ箱が現れる。そのリボンもほどき、箱を開けるのを、少年も不思議そうに見つめていた。

「……ああ、やっぱり……」

 深い落胆のため息が、静流の口からこぼれた。
 少年が覗き込んだ先では、美しくデコレーションされたケーキが、衝撃で無惨につぶれていた。「Happy Birthday」と書かれた文字が、かろうじて読める。
 静流は力無く、その場に座り込んでしまった。なぜか少年もそれに合わせるように、膝をついた。

「ごめんなさい、僕が急に引っ張ったからですね」

「え……」

 そこでようやく、静流は状況を正確に理解した。
 顔を上げると、少年が少し困ったような笑顔を浮かべている。線の細い印象を与える、穏やかな風貌の少年だった。

「と、とんでもありません。ごめんなさい、私の方こそ、助けてもらったのにお礼も云わず……。本当にありがとうございました」

 座り込んだまま、深々と頭を下げる静流。少年は微笑んで、首を振った。

「間に合ってよかったです。……ケーキは、助けられなかったけど」

「……ええ」

 静流は視線をつぶれたケーキに戻し、また深いため息をついた。
 少年はいたわるような視線を、静流に向けている。

「誰か、大切なひとの誕生日だったんですね」

「ええ、妹の……。驚かせてやろうと思って、友達の家で作ってて……。それなのに……」

「……」

 静流の瞳に涙が浮かんでくる。
 少年はその雫を見て、何を思ったか、不意にケーキに手を伸ばした。

「ちょっと失礼します」

「え?」

 少年は指でケーキのクリームをすくい、口に含んだ。
 目を丸くする静流に、少年が微笑みかける。不思議と心に染み入るような笑顔だった。

「うん、おいしい。全然いけますよ」

「……」

「形が崩れてたって、妹さん、きっと喜んでくれると思います。それに」

「それに……?」

「こんな優しいお姉さんに、もしものことがあったら、きっとものすごく悲しみます。無事でよかったって、何よりそれを喜んでくれると思いますよ」

 云いながら、少年は箱の蓋を取って、ケーキにかぶせた。少し照れたように、頬を赤くしている。
 静流はそんな少年を茫然と見つめていたが、不器用にリボンを結び直そうとしているのを見ている内、徐々に笑顔が浮かんできた。

「ありがとう。……うん、そう、そうですよね」

 はにかんだ笑みで、少年が包み直した箱を差し出す。静流はそれを受け取って、立ち上がった。少年も立ち上がり、軽く頭を下げた。

「じゃあ、僕はこれで。気をつけて帰ってくださいね」

「あ、あの、お礼を……」

「ケーキ、ごちそうさまでした。ほんと、おいしかったですよ」

 そう云って、少年は走っていってしまった。
 名前さえわからないその後ろ姿を、静流はいつまでも見送っていた。

     *

 それが運命の出逢いだなんて考えるほど、静流ももう子供ではなかった。
 ただ、彼の優しさが心にしみて。
 自分にも、ひとつぐらいは真実ほんとうがあることを、彼なら認めてくれるような気がして。
 ただ、もう一度、逢えればいい。そう思った。

 そして、その願いは、最も残酷な形で叶えられることになる――。

     *

「ねえねえ、お姉ちゃんに会ってほしい人がいるの」

「なあに? ……あ、もしかして、彼氏?」

「えへへ、健ちゃんっていってね、すっごく優しいんだよ」

「そう……。よかったわね、ほたる」


end


2002.4.17

あとがき

このお話は、当初、『冬物語 Second Season』の中に、静流ねーさんの回想として挿入するつもりで考えたものでした。でも、そうすると構成的にバランスが悪くなりそうだったので、こうして独立した話にしました。
なので、これもまた『冬物語 intermission』みたいなものですね。最近はもう、私にとってメモオフ世界は真冬を中心に回っています。これで果たしていいのだろうか……。
健ちゃん、ちょっとかっこよすぎかもーと思いますが(^^ゞ、彼の美点って「優しいところ」しかないしな。
ご感想などいただければ、幸いですm(__)m。

トップページへ戻る