待ち合わせ場所の喫茶店には、約束の10分前に着いた。
 対応に出たウェイトレスに待ち合わせであることを告げると、既に顔見知りである彼女は、冗談まじりに「デートですか?」と笑った。
 そんな彼女に苦笑を返しながら、私はそれなりに席の埋まっている店内を見回した。奥のカウンター席にち合わせの相手が座っているのを確認し、少し驚く。時間にルーズな彼が私より先に来ているのは、かなり珍しいことだった。
 ウェイトレスの彼女に軽く手を振り挨拶すると、彼の座る席に向かう。
 彼はまだ私に気付いていない。ぼんやりと、目の前に置かれたグラスの中身をストローでくるくるとかき混ぜている。私は心の中で一つ、溜息を吐いた。

「それ、楽しい?」

 やや呆れた口調で声を掛けてやると、彼はハッとしたようにこちらを振り仰いだ。物憂げに沈んでいた彼の瞳の色が、一瞬の内に普段の悪戯っぽいそれに置き換わる。

「ああ、楽しいぞ。こうやって氷を溶かして、アイスコーヒーをアメリカンにして飲むのが通の飲み方なんだ」
「へぇ、それは知らなかった。それじゃ今度ウチに来た時には、思いっきり薄いアイスコーヒーを出してあげるわね」

 言いながら、彼の隣に腰を下ろす。
 同時に、さっきのウェイトレスがメニューを持ってきてくれた。ドリンクの欄にさっと一通り目を通して、結局いつものカフェ・ラテを注文する。このお店のカフェ・ラテは私のお気に入りだ。
 いつものやつですね、と笑いながら彼女立ち去ると、再び智也が口を開いた。

「それで、いつお前のウチに招待してくれるんだ?」
「智也に彼女が出来たらね。一緒に招待してあげる」
「……それは彼女居ない暦の長いオレに対する嫌味か?」
「何言ってんの。男友達を一人で部屋に招き入れるなんて、そんな危険な真似は出来っこないでしょ?」

 にっこりと笑いながら言ってやると、智也はいかにも心外だって口振りで「むぅ、オレがお前に手を出すとでも?」などとのたまった。

「うーん、何か最近、智也といると身の危険を感じるのよねぇ。ほら、智也溜まってそうだし」
「溜まってるって……お前なぁ、仮にも千羽谷大の誇るミスキャンパスが、んな下品な事言ってんじゃねーよ。ファンの男共が泣くぜ?」

 呆れたように溜息を吐く智也。
 そう言われても、これが地なんだからしょうが無い。最も、智也以外には流石にこんな冗談は言えないけど。

「何言ってんの、あれは智也が勝手に推薦したんでしょ? 私、自分がエントリーされてるって聞いてホントにびっくりしたんだから。そんな話ぜーんぜん聞いてなかったしぃ」
「お前だって、最後の方じゃノリノリだったくせに」
「あははっ、まーね」

 高校時代から変わらない、相変わらずのバカなやり取り。こんな時間が、私は大好きだ。
 この街に引っ越してきたころから、私の外見は随分と変わった。引っ越す直前に切った髪は、もう肩甲骨の辺りまで伸びているし、大学に入ってからは軽く化粧もするようになった。服装も少しは大人っぽくなったと思う。キレイになったねって言われたりもする。……それじゃ昔はどうだったのよ、と思わないでもないけれど。
 だけど、智也とこんなバカなやり取りをしていると、中身は全然変わってないんだなぁって思う。そしてそれが、何だか嬉しかったりする。

 智也とは普段からよく一緒にいたりするから、恋人同士なんじゃないかと疑われることも多い。
 もちろんそれは間違いで、私達の関係は友人以外の何ものでもない。
 もっとも、ただの友人かと言えばちょっと違うような気がしないでもない。親友、ともちょっと違う。何と言うか、もう少し深い関係なんじゃないかと思う。
 智也を好きなのかと訊かれれば好きだと答えるだろうし、愛してるのかと問われれば……やはり、愛してると答えるだろう。でもそれは、男女間の恋愛感情とは微妙に、だけど確実に違うと断言できる。
 たぶん、今の私達の関係を的確に表す単語は、存在しない。
 ただの友人でも、恋人でもない。不思議な信頼で結ばれた、そんな関係。
 思えば、高校卒業時にはもうこんな感じだったような気がする。

 ……だから、なのだろう。あの時の、今坂さんのコトバ。



『唯笑ね、あっちの大学に行くことにしたんだぁ』

 呼び出された、夜の公園で。

『唯笑には、智ちゃんのそばにいる資格なんかないから』

 今にも零れそうな涙を必至に堪えながら。

『だからね、音羽さん。お願い……』

 それでも……それでも笑顔で、彼女が私にお願いしたこと。





『智ちゃんを……支えてあげてくれる、かな?』





 ──私はあの時、何て答えればよかったのだろう。





Memories Off EX
『あんなに一緒だったのに』

another sight story ─── sight Kaoru-Otowa.