「ええっと……確か、この辺りに……」

 教授から、資料用に必要なデータを揃えるよう頼まれたわたしは、戸棚からいくつかのファイルや、ディスクを取り出していた。

「あ……」

 そこで、しばらく見ることのなかった、思考ルーチンのデータサンプリング――あの、澄空学園のみんなに手伝ってもらってまとめた、レポートを見つけた。一緒に、彼らのハチャメチャな思考や好みがデータ化されて収められている、何枚にも渡るテラバイトディスクも保管されている。

「あの時は本当に、大変だったなぁ……」

 しみじみと思い出してしまいながら、わたしの口元は、ほころんでいた。
 将来的にロボットへの搭載を目指した、自立型AIの開発・研究――それがこの研究室で、主に取り扱っているテーマだった。わたしはそこで、助手兼事務員のような仕事を、させてもらっている。
 そこでは様々な年代の男女から、思考の方向性を、アンケートなどによってサンプリングさせてもらって、研究に役立てていた。人間の思考っていうのは、普段意識していないけれど、実際にはものすごく複雑で、無数のバリエーションが存在するから。
 それをAI――人工知能に、プログラミングと自己学習によって、再現させようとしているんだから、基礎となる判例は、いくつあっても足りないくらい。だからわたしもお手伝いして、できるだけ広い範囲から、データを収集させてもらっていた。
 その過程で、十代の学生を対象としたデータサンプリングについて、小夜美に相談したのは、彼女が澄空学園高校の購買部でアルバイトをしていたから。正確には、お母さんのお手伝いかな。正規のルートで頼むと色々と大変だし、できるだけ生の感情が反映されたサンプリングが欲しくて、つい個人的にお願いしてしまったんだけど……。

(小夜美の紹介してくれた子たちが、揃ってあんな個性的だとは、思わなかった)

 三上くん、今坂さん、双海さん、音羽さん、伊吹さん、稲穂クン――今でも交流があるけれど、あの頃はホントもう、みんな元気で、わたしは振り回されっぱなしで……。

「ふふ……」

 面白かった。
 なんて思い出しながら、資料を取り出していたら、別のケースにファイルを引っかけてしまって。

「あ――」

 カランカラン、と音を立てて、落ちたケースが床の上で踊った。

「いけない、ええっと……」

 手に抱えていた資料を、ひとまずわかりやすい場所へ置くと、わたしは――今ではすっかり慣れてしまった動作で、杖と右脚が邪魔にならないようにうまく動くと、かがんでそのケースを手に取った。
 半透明のケースの中には、一枚のテラバイトディスクが納められている。やっぱり、わたしの時と同じように、誰かがサンプリングしてきたデータが記録されているみたいだった。澄空学園のみんなのものと同じように、ラベルに被験者らしき名前が書かれていたから。
 わたしは、何気なく、ローマ字で表記されていた、その名前を読んでみた。

「H――A・ya・ka。あやか、さん」

 女の子の、名前だった。




Memories Off EX
『あんなに一緒だったのに』

夢眠編「強制終了」