「おい、彩花」
「…………」
「彩花ってば、あーやちゃーん?」
「…………」
「いーかげん、機嫌直そうぜ、彩花?」
たいしたことじゃないんだし、と付け足した智也に私はこめかみが引きつるのを感じた。堪忍袋の尾が切れるって言うのは、きっとこういう状態に違いない。
「智也に言われたくないわよ!!」
「やぁっと返事したな」
振り返って怒鳴った私に、智也が悪戯っ子の笑顔を向ける。
く、悔しい……。また、智也のペースにはまってしまった。
唯笑ちゃんと落ち合うまでの通学路、私は無言を通そうと決意していたのに。
「俺も悪気はなかったんだ、許してやれ。第一、事故みたいなもんじゃないか」
全然反省してない顔をして、智也はかってなことを言っている。
「カーテン閉めてなかった彩花にも、原因はあると思うぞ」
そうかもしれないけど。でも。
私は今朝の出来事を思い出して、顔が赤くなるのを感じた。
智也を起こしに行く前、天気がすごくよかったから、空気を入れ替えたのがまずかったのかもしれない。いつものように制服に着替えようと、パジャマを脱いでブラジャーのホックを止めたところで、背中からそよぐ風に気がついた。
(カーテンそういえば閉めたっけ?)
慌てて振り返った私の視界に映ったのは、寝癖もそのままに大あくびした状態で固まっている智也の姿だった。
その直後響き渡った悲鳴で、ご近所から苦情が来るとお母さんに叱られたのはまた別の話だ。
それは、私もうっかりしてたけど。
どうして今朝に限って自力で起きたりするのよ!
そのくせ、智也は何事もなかったような顔をして一緒に登校しているのだ。
……そりゃ幼なじみだし、小さい頃はお風呂にだって一緒に入ったし。智也にとってはたいしたことないのかもしれないけど。
「……女の子にとっては、一大事なんだから」
考えていたら怒るよりもなんだか悲しくなってきて、私は俯いた。
智也にしてみれば、私のことなんてそもそも女の子と認識していないのかもしれない。だから、全然動揺していないんだ。
「悪かったって、思ってるよ」
不意に、真面目な声が聞こえた。
顔を上げると、横を向いて頬をかいている智也がいた。
「その……ごめんな」
不器用な謝罪の言葉。
智也の頬は、ちょっとだけ赤くなっているように見える。
もしかして……智也も、動揺してたのかな? ただ意地っ張りな智也のことだから、無理していつものように振舞ってたのかな?
そう思ったら、頑なになっていた気持ちがするするとほどけた。
「……もう、いいよ」
「いいのか?」
「確かに事故みたいなものだし。それに、相手が智也だもんね」
「どーいう意味だよ?」
私は今朝はじめて、智也に笑いかけた。
もし智也がちょっとでも私のこと女の子だと思っているなら、うん、嬉しいかもしれない。
「さーて、急がないと唯笑ちゃん待ってるよ!」
「おい、彩花!」
智也の声を聞きながら、私は歩道を走り出していた。
Memories Off EX "pure"
『あんなに一緒だったのに』
彩花編「幼なじみの距離」