バイクを止めて、キーを抜く。

「お疲れさん」

 いつものように相棒に一声かけて、轍はアパートの階段を上った。
 部屋の鍵を開けようとして、ふと気づいた。部屋に電気がついている。
 そっとノブを持って回すと、開いた。
 まさか、空き巣が?と警戒しながら静かにドアを開けると――。
 底抜けに明るい声が、出迎えてくれた。

「にゃは。おっかえりー」
「……え……?」

 栗色の長い髪を三つ編にした、太陽のような笑顔。
 夢にまで見たその姿を前に、轍は……石になっていた。

「待ちくたびれちゃったよー。ねー、ご飯食べた?」
「……いや、まだ……」
「よかったぁ。私も食べずに待ってたんだ。久々にキャンプ料理でもしよっか」
「……た……」
「……ん?」

 玄関から上がるどころか、靴も脱ごうとしない轍の様子に、さすがに彼女も気づいた。眉をひそめて、轍の顔を覗き込む。

「どうしたの? 具合でも悪いの?」
「……た……たま……?」
「にゃー」

 猫の鳴き真似をしてみせる彼女。そのあまりのばかばかしさに、轍の呪縛が解けた。

「玉恵!」
「夜中に大声出しちゃ……、あ……!」

 不意に抱きしめられ、玉恵も言葉を失った。
 轍の腕に、強く強く、力が込められる。
 玉恵も手を上げて轍の首を抱き、その髪を撫でた。

「……玉恵……玉恵……玉恵……」
「うん……いるよ、私、ここにいる……」
「……玉恵……」

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