暗室の暗い灯りの下で、轍はその記事を繰り返し読んだ。
内容はすべて見出しに集約されている。滝沢財閥の総帥が倒れた。一人娘はまだ独身で、正式な後継者は決められていない。お家騒動が起こる可能性もあった。
そして、記事の最後にはその一人娘の写真が載っている。
滝沢玉恵さん(24)
そのキャプションに、轍はつい笑ってしまった。
「……そっか、もう玉恵も24か……。そうだよな、俺が23だもんな」
3年前の旭川での別れが、胸によみがえる。
あのとき、玉恵を連れて逃げなかったのは本当に正しかったのか。今でもそんなことを考えるときがある。結局、玉恵を犠牲にして俺は生活を守ったんじゃないのか、と。
しかし――。
「結婚、してなかったんだ……」
その事実が、かすかな救いのような気がした。
玉恵は、俺のために自分を犠牲にしたんじゃない。俺に約束したとおり、自分の力で自由を勝ち取ろうとしてきたのだ。それなのに、俺がいつまでもぐずぐず考えていてどうする?
髪を軽くかきむしると、轍は雑誌を丸めてごみ箱に放り投げた。
……だが、すぐに拾った。
もう一度広げて、玉恵の写真を見つめる。
「……がんばれ、よ」
それは玉恵に云ったのか、自分自身に向けた言葉だったのか――。
結局、轍はその雑誌を持って帰ることにした。